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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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巡る季節 12

--やがて、お前が生まれた。名前はイェハナがつけた。ココレア……アンザネイスでもよくある名前だけれど、イェハーツではココ(愛)レア(希望)を意味するという。--

--お前が生まれてしばらくしたある日、隣に寝ていたイェハナがいないことに私は気づいた。ココレアをベッドに残し周囲を探し回っていると、早朝の海で腰まで海水に浸かった彼女の後ろ姿があった。当然慌ててその名を呼ぶ私を光の中で紫色の瞳が微笑みながら振り返った。--

--『私はこの島から出ることは出来ないけれど、貴方が祖国へ帰ることを止められない。でも私は寂しがりやだから、この島に一人残って貴方や娘と離れたら きっと悲しくて死んでしまう。なので、自分から姿を消して、一生貴方達を見守ることにしましょう』。そう言いながらイェハナは海の中を進んで行った。そして、突然光の中へと消えてしまったのだ。--

墓地の前で、私以外の誰も何も発することはなかった。

--恐らく、イェハナが消えた地点が“島の外”との境界だったのだと気づいたのは、もっと後になってからだ。その時の私はとにかく私は錯乱した。目の前で愛する人がいなくなってしまったのだ、3日3晩食べることも寝ることも忘れて妻を探した。そして4日目に泣き叫ぶココレアの声を聞いて、ようやくイェハナはもう戻って来ないことを悟ったのだ。--

--故郷に帰り、私は幼馴染であった今の妻と結婚した。色んな人からお前の母について尋ねられたが、当然あんな出来事は信用してもらえないだろう。だから誰にも語らず、お前にも大人になってから話そうと決めていたのだ。--

--色々と考えてみたが、やはりイェハナは神の末裔だったのではないかと思う。そして、お前はその血を強く受け継いでいる。常識はずれの魔法力もそのせいだろう。イェハナは、生前『この子にはきっと天から与えられた役目がある』と話していた。女のお前に魔法を教えることにしたのはそんな理由からだ。--

--ココレア。父はここで死ぬが、お前はどうか強く生きて欲しい。これから辛いことや理不尽なことがきっと多くあるだろう。けれど、お前だけが私とイェハナが生きた証だ。そのことを忘れず、たまには私達のことを思い出してくれ。お前が笑顔でいてくれることだけを祈って。 追記。お前の花嫁姿が見れなかったことが唯一の心残りだ。--

最後のほうは急いでいたのか、走り書きになる文字を読み終えた私の頬には自然に涙がつたっていた。

「……すまない」

けれど、そんな余韻に浸る間もなく聞こえてきたのは意外な低い声。

「え?」

顔を上げれば、斜め前ではセレンが俯いて夕陽の下に立っていた。

「なに言って……」

彼が謝る姿なんて想像したこともなかった。だから思わず零してしまった言葉だったが、はっとその唇を辛うじてつぐむ。

「……セレンのせいじゃない」

この手紙を読み、私は父を素晴らしい人だったと再認識できた。最後まで私のことを思い心配し、母との美しい思い出もこの胸に刻むことが出来た。

でも、それはセレンにとっては刃になってしまう。シェトー大佐のことを知れば知るほど、自分が彼を死なせてしまったのだと自分を責めるのだ。

「……ねえ、セレン」

なんて声をかけていいかは、正直ちょっと悩んだ。もちろん私は彼を恨んでなんていないし、父が亡くなった原因だなんて思ってもいない。でも、いくらそう言葉を尽くしたって、この頑固者は聞き入れてなんてくれないだろう。

「ありがとう」

だから、私はいま一番正直な気持ちを口にした。

「…………」

ちょっと驚いたような顔がこちらを振り向く。

「私を仲間にしてくれて、ありがとう。いつも気にしてくれて、ありがとう。今日ここに一緒に来てくれて、ありがとう」

けれど嘘やお世辞なんかじゃない。普段は恥ずかしくて言えないけど、いつだって最後に私の願いを叶えてくれるのはセレンだ。

「だから、……これからもよろしく」

その前に近づいて、自然と右手を差し出す。

「貴方がいたから、この手紙と出会えた。……セレンがいてくれて、本当に良かった」

真っ赤に染まった空の下、俯いたその顔が静かに私へと向き直る。

「……仕方ねえな」

ぶっきらぼうで、不愛想で、偉そうな王子様。

そんな彼が、私は大好きだった。


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