獅子身中の虫 1
私の話を聞き終えたレンオは街の夜景を見つめたまま黙っていた。
「これが、私が彼等と出会った顛末です」
深い息を吐き出しながら、ココレアも遠くを見つめたまま呟く。
「……君が、セレン様達と」
恐らく得た情報が多すぎて頭の整理がつかないのだろう。額を右手で押さえた姿にココレアは微笑みかける。
「たまたま彼等の友達にしてもらっただけ。当然ですが、私には何の価値もありはしません」
彼からしてみれば、今までのココレアに対しての扱いや高圧的な態度を咎められるかもと不安になるのは致し方ないだろう。それほど王太子の身分はこの国では絶対的な地位なのだ。
「……そんな方々とお近づきだったのなら、俺みたいな半端な貴族が偉ぶるのはさぞかし可笑しかっただろうな」
しばしココレアの顔を見つめていたレンオが自虐的な笑みを浮かべるから、それにも静かに首を横に振る。
「先ほども申しましたが、私自身はただの貧乏男爵家の娘。それに……もう過去は捨てました」
じっとその白い顔を見下ろす視線。何かを含んだような物言いは引っかかっただろうが、レンオがそれ以上を追及することはなかった。
「これから、君自身はどうするつもりなんだ?」
代わりに尋ねられた言葉に、今度はココレアが眉を顰める番。
「そう、ですね」
17歳にもなって唯一の頼りだった婚約者を失い、相変わらず家では居場所もなく、学校では腫物のような扱いでティアにも睨まれたまま。冷静に自分を振り返ってみると八方塞りにも程があり思わず笑ってしまった。
「けれど、どうにかなりますよ」
夜空の光を浴び、その紫色の瞳が輝く。
「……そうか」
あんな話を聞いた後のせいか、それを見返すレンオもどこか清々しさすら感じた。
「長く話し過ぎてしまいました」
マントを羽織った背中が公園の出入口へと元来た道を踏み出す。
ここを出たらもう別々の帰り道を行く。並んで歩くのはこれが最後だとどちらも分かっている。
「もしも本当に困ったら連絡してきなさい。まあ、俺ももう助けになれることは少ないだろうが」
花壇の横を通り抜けながら言うレンオをココレアは見上げた。
「それは、メイサ様のことで?」
「ああ」
レンオからすれば父からの命で国王が気にかけていた自分と婚約をすることになった。裏を返せば、その女と別れるのは計画を滅茶苦茶にすることになる。下手をすれば実家から絶縁なんて可能性も十分にあるのではないか。
「……大丈夫なのですか?」
自分が心配する立場でないだろうとは思ったが、思わずココレアは尋ねていた。
「まあ、どうにかなりますよ」
夜空を仰ぎあっけらかんと告げた元婚約者の表情は不思議なくらい清々としている。
「……あ、あはは」
自分の言葉を真似たのだと気づいた時、それはまるで自分の知らない人のように思えてついココレアは笑い出していた。
「よく笑えますね」
「え?」
ひとしきり一人で笑ったその姿を見下ろし、いかにも不思議そうにレンオは言う。
「私は散々貴女を馬鹿にしてきた男です。こんな状況になったら嫌味の一つでも言ってやりたくなるのが人間でしょう」
「そう、でしょうか」
「そうですよ。それを、貴女はまるで幼い子供のように……」
そんな会話をしながら進む2人の前に公園の出口が見えてくる。
「いや」
ふと足を止めるレンオ。
「どうしました?」
「そういえば、昔話で聞いたことがある」
薄紅色のマントにつつまれた きょとんとした顔を細められた目が見下ろす。
「“イェハーツに住む人々は、聖なる神の血を引いているから怒りや憎しみの感情が普通の人間よりも少ない”のだと」
そう教えられたココレアの後ろを流れ星が夜の空へと消えていった。




