巡る季節 11
「それでも形見には違いないので。これはいただいてもいいでしょうか?」
テオドーラの問いに夫婦は快く頷く。
「もちろん。せめて故郷に持ち帰ってあげてくれ」
男性の人の良さそうな言葉に、私達は精一杯のお辞儀をした。
「ウーラ中尉は孤児院の出で家族もなく、親しい友人もいなかったそうだ」
夕陽が差し始めた墓地でルーンが言った。彼なりに軍の資料から調べてきてくれたらしい。
目の前にあるのは、その中尉が眠る小さな墓石。
「そうか」
ノヴァが近くで摘んできた花を供える。演技が上手いなんていったけれど、中尉の弟のふりをして人を騙させてしまった。そんな彼は実は一番罪悪感を感じているのかもしれない。
「俺達が参ってやればいいだろ」
その横から同じ場所に花を置く手。
「セレン」
「これからも、全員で」
それが当然のように告げる偉そうな声。でも、今はそれがたまらなく頼もしいと何故か思えた。
「それで、どうするの」
全員で冥福の祈りを捧げた後、口火を切ったのはまたしてもテオドーラだった。何とは言わなくても、それが夫婦から受け取った手紙についてだと誰もが分かっている。
「ああ」
ノヴァが懐から取り出し、真っすぐ私へと向けられた封筒。
「……うん」
受取ったそれは水の中をくぐったとは思えないほどきれいだった。きっとウーラ中尉が大切に守ってくれたのだろう。
封筒を開ければ、あの男の人が言っていた通り3枚の何も書いてない便箋があらわれた。
「やっぱり、これは」
「魔法を“込め”れば読めるのだと思う」
それは、真っ白な手紙の話を聞いた時 私達の誰もが予想したこと。
「そんなこと可能なのか?」
隣のルーンは半信半疑といった顔をしているが、実際は私だって確証がある訳じゃない。
「でも、父は高い魔法力を持っていた。インクの出ないペンで文字を書いたとしても、魔法の残像のようなものが残るはず」
「そこに、お前の“込める力”を便箋に使えば」
「文字が読める」
ノヴァの言葉に答えながら、私は両手の指先に魔法を集中する。
「あ」
思わず誰かの口から漏れた声。まさに考えは当たった。
「文字が……」
それはペンの黒い文字とは違う。本当に文字が紙面から金色に輝いて浮かび上がったのだ。
「……『愛するココレアへ』」
懐かしい文字の癖を眺めた私は、その書き出しを口にする。
本当は1人きりの時に読んだって良かったのだろうけど、ここまで一緒に来てくれた皆とその結末を分かち合いたいと思った。
--父さんは栄誉ある任務によりこれから命を落とすことになるだろう。本当ならばお前が大人になったら直接話そうと思っていた話がある。不本意ながら、この手紙にそのことをしたため、部下であるウーラ中尉に託すことにする。--
そこまで読み終え、ふと私は顔を上げる。
「託すってことは、この手紙は父がウーラ中尉に私へ届けるよう頼んだってことよね?」
それなのに、今までそんなものが存在することすらも知らなかった。
「恐らく、手紙を受け取った中尉は一人マデラインの山を脱出するはずだった。君に直接届けるか、誰かに郵便にでも出すよう手配してもらうつもりで」
「けれど、不慮の事故か何かで河に落下しまった」
顎に手を当てて推理を語るノヴァと、その後を継いだテオドーラが言う。
「そしてそのまま命を落としたため、今日まで誰にも知られることがなかった、か」
珍しく会話に参加してきたセレンがまとめた通り、大体はそんな経緯なのだろう。勿論、今となっては真実は誰にも分からないけれど。
「それで、その先は?」
「あ、うん」
ルーンに急かされ、私は再び手紙へと目を落とした。
--話というのは、他でもないお前の母親のことだ。--
それほど暑い季節でもなかったのに、背中を一筋の汗が流れるのを感じた。
「ココレア、大丈夫? 無理なら読まなくてもいいんだよ」
そうテオドーラが言ってくれたけど、静かに首を横に振った私は再び文字へと視線を落とす。
確かに母についてというのは予想外だったし、これからどんな真実が語られるのか不安がない訳ではない。不安だからこそ、皆に一緒にいて欲しいと思った。
--私は軍人となってすぐの頃、イェハーツという島の灯台守としてその地へ派遣されていた。--
「イェハーツって」
「世界で最北にあると言われている小さな島だ」
自分で言っておいて聞き覚えのなかった地名を、ノヴァがすかさず答えてくれた。
「長らく少ない原住民が住むだけの小さな島だったが、数十年前にアンザネイスが支配下に置いた」
続けてセレンがそう解説する。
「あと、イェハーツには伝説があるよね」
そして、思い出したようにテオドーラが呟く。
「伝説?」
「そう。“この世界の神は北から来たとされる、だからイェハーツには神の血を引く人々が住んでいた”っていう」
「そう、なんだ」
初耳だったそんな話に驚きつつ、私は続きの文字をたどった。
--イェハーツに赴任したのは私一人だった。島は歩いて端から端を移動できてしまうような小さな土地で、アンザネイス軍が造った灯台を守るだけの仕事だ。島には以前より不思議な紫色の瞳をした民族が静かに暮らしていたが、訪れた頃には人数が減り絶滅寸前だった。そこで、私は美しい娘に出会った。--
「それが」
--お前の母の名はイェハナという。イェはこの島の言葉で「天」や「空」を指す。イェハナは“天から降りた乙女”という意味だ。--
--イェハナは年老いた両親と暮らしていたが、私が島に住んでしばらくすると彼等も亡くなった。他の島の民達も死に絶え、生き残りは遂にイェハナだけになっていた。島に2人きりの私達が恋に落ちるまで時間はかからず、やがて彼女はお前を身籠った。--
「私の、お母さん」
それはどうも不思議な感覚だった。自分に母親というものは存在しないと思って10年間も生きてきた。それが優しく慈悲深く、自分の命より我が子を大切にするものだと、知識としては知っている。でも、自分にとっては別世界の出来事だったから。
--私の島での任期ももうすぐあける。一緒にアンザネイスに帰り、結婚して子供を育てよう。そう告げた私にイェハナは当然喜んでくれると思っていた。けれど、彼女の返事は違った。--
--やがて、ぽつりぽつりとイェハナはイェハーツや自らの民族について私に語ってくれた。この島はかつて神々が世界に降り立つため、聖なる場所へ改造をされた。島の人間と結ばれる神がおり、イェハーツ……つまり神の島の人々は皆 神の聖なる血をひいている。だから、イェハーツの民はこの島から出ることが出来ないのだと。--
そこで、私は一度息をついた。喋ることに少し疲れたせいもあるけれど、今朝からの色々な出来事でちゃんと頭が回っているか自信がない。
ふと空を見上げれば、空はいよいよ夕闇の到来を告げていた。
--私はその話を信じなかった。世界中によくある伝承の一つ、閉ざされた島の中では、それを真実のように信仰してきたのだろう。だから、そんな心配はしなくていい。世界で最も科学技術の発達したアンザネイスで暮らせば、そんな迷信はすぐに忘れてしまうと、そう彼女を説得した。--
けれど、気力を振り絞ってまた手紙へと向き合い音読を再開する。読まなければならない。これは、父が最後の時でも私を思い、したためてくれた大切な想いなのだから。




