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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
33/36

巡る季節 10

 「本当に大丈夫だったの?」

ぜいぜいと肩で呼吸をしながら私は木漏れ日の中で前を歩くセレンへと尋ねた。

「平気だって言ってんだろ」

振り返りもせず急な山道を上って行く背中から声がする。

 あの約束から3日後、幼年学校が休みの日に私達は本当にサジェス湾へと向かっていた。でも整備もされていない獣道はハイキングなんてかわいいものではなく本格的な登山といったほうがしっくりくる。私の前方のノヴァとセレンも、後方のテオドーラとルーンも全員がどこかしら泥に汚れ汗だくになっている始末だった。

 「まあ、夜までに戻れば問題ないでしょ」

取りなすように言ったのは背後のテオドーラ。

 セレンは、この地方にある彼の姉の嫁ぎ先へ遊びに行くという理由で王宮を出て来たらしい。私達もさっきお城に寄って挨拶だけさせてもらったが、セレンのお姉さんのネシャム王女も義兄にあたるラディアン公爵とても良い人達で嘘をつくのが少し心苦しかった。

ただ、その領地からサジェス湾までは実際は結構な距離がある。ちょっと散歩でもするような風情で城を抜け出した私達は、こうして山を越えて海までの道程を徒歩で辿らねばならなかった。

 「バレたら死刑とかにならない?」

やっぱり心配でぼやいた私に呆れ顔のノヴァが振り返る。

「また、そんなこと言ってんの?」

「だって、私は皆とは身分が違うもん」

そりゃ王子を連れ回したからといって、友人であり上級貴族の子息である彼等はお説教くらいで済むのかもしれない。でも私にはそんな保証はどこにもない。

「国王陛下は、そんな方じゃない」

私を見下ろしながら言ったノヴァの声は、どことなくセレンにも向けられているようにも思えた。

「そうなの?」

王様にとって何より大切な唯一の王子。3年前には襲撃事件だって起きている。きっと死ぬほど過保護にされていると思っていたのに。

「親父自身が、国を背負う者ほど国民と同じ目線でなければならないって考えだから。俺がある程度自由に出歩いてるのもそのお陰だ」

そんな自分の説明をするセレンの後ろ姿が乱暴に汗をぬぐう。

「じゃあ、セレンが幼年学校に入学したのも他の国民と同じようにするため?」

「は?」

ふと思いついた私にその金色の目が僅かに振り返った。

「ほら、本当はアンザネイスの男の子って全員が幼年学校に行くのが義務でしょ? 最近はそれを守らない貴族が多いんだって聞いたことあるから」

現にうちの母などはどうやって弟を入学から逃れようか今から大騒ぎをしている。

「……ああ、それもあるけど」

ふいっと再び前を向く陽にあたったダークブラウンの髪。

「俺は、せめて自分を守れるくらいには強くなりたい」

まるで自分自身に言うように呟いた時、その彼の正面には青く輝く海が見えてきた。


 「確か、この小屋のはずだ」

上ってきた山を今度は下り、小さな小屋が点在する海岸沿いの集落まで来る頃には太陽は空の真ん中に昇っていた。

ノヴァが持っていた数枚の紙と見比べながら、ある丸太づくりの小屋の前で立ち止まる。

「ここが、ウーラ中尉(仮)を助けた人達の家」

ここに来るまでは気楽だったはずの私の心臓がドクンと高鳴った気がした。

「こんにちわ」

そう声をかけて戸をノックしたテオドーラの声に、ほどなくして返事がした。

「はいはい。……あら、随分と可愛らしいお客さんね」

出てきたのはエプロン姿の初老の女性。子供が5人で突然訪ねて来たにも関わらず、にこにこと私達を迎えてくれた。

「あの。実は、家出した兄を探してまして」

そう嘘の話を切り出したのはノヴァ。当然この一行が王子だの御曹司だのとは明かせないので、数年前に家を出たきり帰って来ない兄を探す少年とその友達。という設定でいくと説明されている。

「まあ、そうなの」

「はい。以前このあたりで兄と似た特徴の青年が目撃されたと聞いて、何か知らないかと話を伺っているんです」

普段のふてぶてしい自信ありげな口調とは違う心細そうな口調。ノヴァは無駄に演技力まであるらしい。

「え、もしかして赤茶色の髪で、背の高い人かい?」

その反応に誰もが心の中で手を握りしめた。聞いていたウーラ中尉の情報と一致している。

「そうです。縮れ毛で首筋にほくろがありました」

「なんだって!」

女性の背後から聞こえた大きな声に、私達は思わずビクっと体を跳ねあがらせた。

「お父さん」

家の奥から出てきたのは、禿げあがった頭と大きな体の男性。

「そりゃ、あの時の青年じゃないか」

赤ら顔が私達を見下ろしている。

「あの、その人は」

「ああ、残念ながら」

私達を彼の本当の家族や知り合いだと思っているのだから、その人の憐れむような視線が逆に痛々しかった。

「……彼は、ここで亡くなったんですか?」

「そうだ。あれは3年前だったか、仕事から帰る途中で川辺に若い男が倒れていたんだ」

「その人は、どんな容体だったんですか?」

「かろうじて息はあったがな、危険な状態だということは見て分かった。だから背負ってこの家まで連れてきた」

そう言いながら男性は自然な動作で私達を家の中へと招いてくれた。

「それで、そこに寝かせてな。出来るだけの手当をして一時は意識も戻りかけたのだが、結局その日の夜に」

小屋の中の一段下がった今は仕事道具が置かれているスペース。そこを見つめると、不思議とウーラ中尉の最後の姿が目の前に浮かんでくるような気がした。

「そう、ですか」

「その時は服もボロボロだし、身元が分かるような物もなくてね。私達で村の共同墓地に埋葬させてもらったわ」

女性が窓の外を指さす方向には、確かに小高い丘の上に墓地が林立している。

「それは、きっと僕の兄だと思います。最後を看取っていただき、本当にありがとうございました」

死者をこんな嘘に利用することに申し訳なさがあるのか、それとも演技か。悲しそうなノヴァの姿に、彼女は少し涙を拭った。

「何もできなかったが、こうして家族に見つけてもらえて良かった」

ノヴァの肩に大きな手をお気ながら男性も優しそうにうんうんと頷く。

「それなら、あの荷物も君に渡したほうがいいんだろうな」

どこか感傷的になっていた私達は、ふいにかけられたそんな言葉に誰もがはっと顔を上げていた。

「え? 荷物?」

「ああ、最後まで彼が大切そうに抱えていた。死の間際、彼がうわごとの様に言ったよ。『これを、届けて欲しい』と」

「それは、誰にですかっ?」

思わず体を近づけたルーンに男性はちょっと驚いたようだったが

「いや、それは聞けなかった。意識が朦朧としていたが、最後までその小袋だけは握りしめていて」

そう言いながら、隣にある戸棚を開ける。

「これだよ」

そして差し出されたのは、確かに革製の小さな袋だった。父が使っていたのと同じものだから、軍の備品で間違いない。

「中身は見ましたか?」

「身元を知る手がかりになればと思って見させてもらったんだが、特にそういったものはなかったよ」

「ちょっと、失礼します」

少し躊躇ったものの、ノヴァが受け取った袋の口を両手で開ける。

「……手紙?」

その中に入っていたのは、水を通さぬ植物の葉にくるまれた一枚の封筒だった。

「けど、おかしいの。便箋が何枚か入っているのに、何も書いてなくてねえ」

妻のほうが不思議そうに言った言葉に、私達は密かに顔を見合わせていた。

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