巡る季節 9
「ちょっと、話がある」
それから更に少し時間が流れ、春だった季節は夏の終わりを迎えていた。
いつものように演習場で魔法と剣術の稽古を終えた私に、ノヴァが低い声をかける。
「え、なに?」
「最初に謝らなくちゃいけないんだけど」
そんな私達の周りに汗を拭きながらセレンとテオドーラ、ルーンも集まってきた。
「実は調べさせてもらってたんだ。お前の母親のこと」
私に対して初めて申し訳なさそうな顔をみせたノヴァに、思わず体の動きが止まる。
「どういうこと?」
意味が分からず夕陽の逆光を受けた姿を見つめると、彼はベストの懐から折りたたまれた大き目の紙をそっと取り出した。
「お前の家で話を聞いて以来、内密に調査させていた」
「あ、ああ……」
私自身すっかり忘れていたが、それが出会った頃 家に来てもらった時のことだと思い当たる。あの時、初めて自分は家族の中で血が繋がっていない人間なのだと語ったのだった。
「そう」
でも嫌な気分はない。ノヴァが興味本位や嫌がらせでそんな行動をする人ではないと、今ならちゃんと分かるから。
「余計なことかもしれないけど、お前の将来に有利になる可能性もあると思ってさ」
「そっか」
母の名前や出自だけでも分かれば私が世間から母親の素性も分からぬ子とそしられることはなくなる。もしちょっとでも名の知れた家の出なら儲けもの。そんな風に考えたんだろう。
「ありがと」
まだ額にかいた汗を拭きながら私は微笑んだ。
「うん。それで、別のところからだけどちょっと気になる情報があった」
向こうも気持ちを分かってくれたようで、ノヴァは紙を広げながら話を続ける。
「なになに、母上の出身でも分かった?」
会話に入ってきたテオドーラが手元を覗き込む。セレンやルーンも当然のように輪に加わっていた。
「いや、そこまでは辿れなかった。それに、今回ひっかかったのはシェトー大佐のほうなんだ」
「父上の?」
私は首を傾げる。父上はお母さんと違い出自にも人生にも謎なんて一つもない、むしろ隠し事が下手で子供の私にでも嘘がバレてしまうような人だった。
「実は、大佐が亡くなった、あの戦いの時のこと」
少し躊躇ってノヴァが言う。ほんの僅か、私とセレンの表情が強張った気がした。
「それは、ラスヒビアの連中がセレンを襲撃しようとした、あのマデラインの戦闘のことだよね?」
念を押すよう確認するテオドーラに頷き、ノヴァは私のほうを見る。
「大佐は最後は追いつめられながらも独りで数人の敵を相手に戦い戦死した。そのことは?」
「大体のことは、聞いてる」
「その時、部下の1人が供をしていたらしいんだ」
「え?」
それは確かに初耳だ。あの戦いの生存者は1人だけで、その人は戦いの後 何度も家を訪ねて来てくれた。当日の父の姿についても教えてらったけれどそんな話は一切なかった。
「その生存者はシェトー大佐とは別行動をした班にいたから、亡くなった場面は見ていなくて当然なんだ」
「なら、どうして父の最後のことを?」
思わず声が上ずる私の前に紙が差し出される。
「これは……、当日の記録?」
そこに記された文字列に目を通したルーンが眉をしかめる。
「そう。あの事件の記録は極秘扱いだから正規の資料じゃないけど。生存者が知人に語ったり、当時の記録や伝聞から集めた情報から組み立てたものだ」
「本当だ、すごい」
目の前の紙片には、あの戦闘のあった日の時間の経過や人員配置、各班の動きなどが詳細に記されている。
「最初の班分けでシェトー大佐と共に山を越える行動をした部下は8人。最終的にはこのルートが最も苛烈な戦闘の舞台となる。大佐がその後どんな指示を出したか正確なことは分からないが、途中で更に班を分け、段々と部下の数は段々減っていった」
あくまで情報からの推測だけど、と言いながらノヴァの手が紙上の当日の流れをなぞってゆく。
「そして、そうやって計算してゆくと1人が最後まで大佐と共にいたことになる。他の部下は離脱したり途中の交戦で死亡が確認できるからだ」
「その部下の名前は?」
セレンの問いに細い指が紙の一点を指した。
「アヴィン・ウーラ中尉。シェトー家と同じように代々軍人の家系の男爵家の次男、当時は23歳だった」
「貴族かあ」
テオドーラが顎に指をあてる。
「その、ウーラ中尉の死亡は確認されてるの?」
続けて尋ねると、ノヴァは首を横に振った。
「つまり、行方不明」
そんな呟きに、一堂の間には静寂が訪れる。
あの戦いにおける犠牲者は、21名が死亡、2名が行方不明、生存者は1名。とはいえ、行方不明者は実際には死亡と同義語というのが共通の認識だ。
「でも、もしウーラ中尉に関する情報があれば」
「シェトー大佐の最後について、何か分かるかもしれない」
セレンとテオドーラが声をあわせるように、その可能性は私の心を震わせた。
「もしかして」
そして、ノヴァは曖昧な情報だけで人に話をしないことも私は知っている。彼が何かを伝えるのは、いつだって確かなものを得た後になってから。
「先日、別件でサジェス湾にいたうちの調査員がある噂を聞いたんだ」
けれど、そんな突然明後日の方向に飛んだ話題に私達は混乱した。
「サジェス湾て、全然関係ない場所じゃん」
ルーンが言うように、サジェス湾はアンザネイス王国の西側に位置し流れてきた川が海へと繋がる場所。今まで話ていたマデライン山脈や首都からは反対方向になる。
「そこで3年前、地元の漁師が行き倒れた若い男を助け家に連れ帰ったという」
けれどノヴァが淡々と説明を続けるから私達は黙って声に耳を傾けた。賢い彼のことだから、きっと考えがある。
「服装からして男は軍人のようだったが、詳しいことは聞けないまま手当の甲斐なくすぐに亡くなってしまった。それがあの戦闘の数日後だそうだ」
「その男が、ウーラ中尉だって言いたいのか?」
低く尋ねたセレンにノヴァは肯定も否定もしない。
「けど、マデラインとは場所が離れすぎてるよ」
「それに、軍服を返却してない不良が行き倒れるなんて珍しくもないし」
テオドーラとルーンに反論され、ノヴァは懐からもう一つの紙を取り出す。見れば、それはアンザネイス国内の地図だった。
「実は、マデラインから流れる川は途中で大きな川と合流してサジェス湾へ辿り着くんだ」
教えられた言葉に、誰もが短い驚きの声をあげる。
「そう、なの」
「マデラインから流れる川は分岐が多く地元の者でも正確なことは分かってなかったが、最近の地学調査でそれが明らかになった」
「……それ、なら」
「何らかの事情でマデラインで川に落ちたウーラ中尉が流れに運ばれ奇跡的にサジェス湾まで辿り着いた。そんな可能性も0ではないと思う」
言い切ったノヴァの前髪を夜に近づく涼しい風が揺らしている。秋がもうすぐだ。
「どうする?」
黙りこくり紙を見つめていた私に、もう答えは分かっていると言わんばかりにテオドーラが聞いてきた。
「父上の手がかりになるなら、どんな小さな手がかりでも知りたい。サジェス湾に行ってみようと思う」
そう言い切ったが、慌てて両手を体の前に出す。
「でも、これは私の問題だから1人で行く。皆は気にしないで」
そうわざわざ付け足したのに、男子4人は互いに顔を見合わせた後おかしそうに笑い出した。
「なによ」
「ここまで乗りかかった舟だ。僕らもつきあうよ」
「お前だけじゃ心配だしな」
ノヴァとルーンが笑いとばすが、彼等なら間違いなくそう言ってくれると思ったのだ。
「本当にいいの?」
「まあ俺らはいいけど、お前は大丈夫なのか?」
私の声に頷きながらノヴァが顔を向けたのは、腕を組みながらむすっとした顔をしているセレンへ。
確かに街中へ遊びに出るのとは訳が違う。王太子殿下がそんな遠い場所まで外出が許されるものなのだろうか。
「当たり前だろ」
しかし、こちらの心配をよそにセレンは相変わらず偉そうな態度でちょっとだけ笑った。
「皆でハイキングだ」




