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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
31/36

巡る季節 8

「そんなことより、さ」

何故かルーンが気まずそうな上目遣いでこちらを見ていた。

「ん? どうかした?」

ほっとしたため笑顔でクッキーのお皿を並べる私に4人は互いを見あっている。

「ココレアは、大丈夫なの?」

やがて遠慮がちにそんなことを聞いてきたのはテオドーラ。

「何が?」

内緒で借りてきたティーセットを準備する手を止めて聞けば、不機嫌そうにセレンが言う。

「なんでお前は、家族からのけ者にされてんだってこと」

カップを触る手が止まる。

「あー、ああ」

一瞬俯いてしまったけれど、首を傾げて皆の顔を見た。怒ったようなルーン、心配してくれるテオドーラ、冷静なノヴァ、相変わらず何を考えてるか分からないセレン。

「やっぱり、おかしいのかな」

「はあ?」

頬をかきながら逆に聞いた私に、4つの声が重なった。

「……私、この家で一人だけ家族と血が繋がってないんだよね」

再びカップを並べながら言うと、微かに動揺の空気が伝う。

「だから他の弟妹より厳しくされたり怒られるのかな、って。でも長女だからそれは普通のことかもしれないし、私が気にしすぎなのかもって思ったりもして」

「いや……」

「ほら、他の家はどんな感じか分かんないじゃん。だから、あんまり考えないようにしてたんだけど」

「いやいや、ちょっと待て」

纏まらない気持ちをぐだぐだ喋る私をノヴァが黙らせる。

「あ。ご、ごめん」

「一つ整理させてくれ」

「うん」

「お前、家族と血が繋がってないって?」

立ち上がって真剣に聞かれるからちょっと気圧されてしまう。

「うん、私は父の連れ子だから」

「連れ子?」

「ええとね。父は今の母と結婚する前、レナーディア島に3年間任務で派遣されてんだって。それで帰ってきた時には、赤ん坊の私を連れてた……みたい」

「あのシェトー大佐が?」

「その後で今の母と一緒になって、妹や弟が生まれて。おばあ様は母の親だから、父上が死んじゃった今は私だけ他人ってわけ」

なるべく簡潔に説明したつもりだったが、理解してもらえただろうか。

「お前の、本当の母親は?」

セレンの問いに私は小さく首を振る。

「それが、父がそれについては何も話さなかったらしくて」

「話さない?」

私自身は直接尋ねたことはなかったけれど、もちろん周囲は私の母について色々と問い質した。男が赤子だけを連れて戻ってきたらそれは当然の反応だろう。

「お母さんの名前も、知り合った場所も、どんな人だったかも。決して言わなかったそうなの」

父が亡くなった後、こんなお荷物を背負いこむことになった今の母が色々と探し回ったけど結局なにも分からなかったらしい。

「きっと商売女にでも遊ばれたんだろうって皆んなは笑ってた。その頃はまだ父も若かったし」

実際、軍人が赴任先で女性といいかんじになってしまうことは多いという。慣れない孤独な土地で手練れの女に優しくされたら世間知らずな男なんて簡単に騙される。

「……それで、家の中でココレアだけが召使いのような扱いをされてると」

淹れたばかりの紅茶を優雅に飲みながらテオドーラが言うから私は手首を振った。

「召使いなんて大袈裟。私これでも家事は得意なんだよ」

ふと思いつき、部屋の隅にある暖炉へと近づいた。

「それに」

残っていた薪へとそっと手をかざすと、途端に小さな火が点る。

「え」

「魔法を注いでおけば簡単に火を起こせるの」

あっという間に広がった炎に、4人は呆気にとられた顔をしていた。

「はあ?」

「なんだそれ」

そう気味悪そうな顔で言われてしまったが、私にも原理はよく分からない。

「父は“込める力”って言ってた。ランタンや井戸の滑車とかでも同じことができるから、人より楽してるの」

要はそれを伝えたかったのだが、男子達は同様に訝し気な表情のままだ。

「もう、そんな化け物を見るみたいな目しないでよ」

「それは、訓練すればできるようになるの?」

恐る恐るテオドーラが私に聞く。

「父が言うには私だけみたい。多分、魔法力が規格外に大きいから可能なんだろうって」

「そっかあ。それが応用できれば国内のエネルギー問題も解決できるのになあ」

ぶつぶつ呟くて彼は何か難しいことでも考えているようだ。

「まあ、話は逸れたけど。私は大丈夫だから心配しないで……って痛っ!」

火を消しながら笑顔をみせると、突然背後からドンという衝撃を感じる。見れば、小さいルーンが私に体当たりをかましていた。

「ちょっと、なにす……」

「仕方ねえから」

いつもの調子で怒ろうとした私に、いつもと少し違う声がする。

「え?」

「仕方ねえから、俺のヨメにしてやってもいいぞ。大人になったら」

ぶっきらぼうに言われた言葉の意味を少し考え、やっぱり私は首を傾げた。

「それって、ルーンと、私が……結婚するってこと?」

一々指をさして確認してみるが、やっぱりよく分からない。

「ああ、それは良い方法かもな」

なのに、眉を寄せる私と頬を赤くしてそっぽを向いているルーンを眺めたノヴァがそんなことを言う。

「方法?」

「俺らの誰かと結婚すれば、お前を家族や世間から守ってやれる。ってことだよ」

「え、結婚って。そんな……」

子供の私もよくは知らないけれど、話に聞く結婚というやつはもっとロマンチックなものじゃないのか?

「どうせ俺らは好きな人と結婚なんて出来ないし、第5夫人くらいまでは認められるだろうから」

でも、そう説明してくれるテオドーラの頬にはどこか皮肉めいた笑みが浮かぶ。

「お前の1人や2人養うのなんて何でもない」

そう続けるノヴァは、まるでジュースでも奢ってくれるような口調だった。

「いやあ、さすがにそれは悪いよ」

「別にいいじゃん。形式上だけ妻になれいればいいんだから」

そんな言葉に困る私の横でルーンが口を尖らす。

「俺のヨメなら、お前にも母上みたいな綺麗な靴やドレスを買ってやれるし、あんな意地悪ババアも追い払ってやる」

要はそれを言ってくれたかったらしい。

「ありがとう」

ぽんとルーンの頭に右手をのせ、私は微笑む。きっと深く考えなくても、それはとんでもない幸運な話なんだろう。まだ世間の厳しさも人間の悪意も知らない私でもそれくらいは分かる。

「とりあえず、気持ちだけもらっておくわ」

でも、それに甘える訳にはいかない。そうしてしまったらきっとこの関係は終わってしまう。理屈じゃなく、心の奥でそんな気がした。

「それより、幼年学校の授業のことだろ」

そんな私の心を知ってか知らずか、話題を逸らすようにセレンが口を開いた。

「ああ、そうそう。兵法の授業教えてもらえるの楽しみにしてたんだ」

再びテーブルに戻りながら、私5人はまた子供の顔に戻る。

「ああ、そうだな」

「誰かノート持ってきてる?」

ワイワイと始まる賑やかな時間。

ノヴァは厳しいけど頭が良くて頼りになって。テオドーラは優しくて私を気遣ってくれる。ルーンは強情で生意気だけど実は私に懐いてて。

そして、セレンは……。多分、私はその頃からセレンのことを……。

思えば、多分その時代が私にとって一番楽しく、一番幸せな時間だったのだろう。

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