巡る季節 7
「街の半グレとか軍あがりのゴロツキを使ってアンザネイス国内に武器を運ぼうとしていたらしい。ただ手際の悪い連中で、噂が立ち始めてしまいアジトを移動する直前だったそうだ」
あの時捕まえた奴等を尋問して吐かせたのだと、テオドーラが補足してくれた。
「ラスヒビア……」
「そう。あの時、セレンを暗殺しようとしたテロリスト共」
憎々し気にノヴァが言い捨てる名はもちろん私も忘れられるはずがない。だって、あいつらがそんな卑劣な計画などたてなければ、父は死ぬこともなかった……。
「でも、それとセレンがどういう関係が」
そこまで言っておいて、私は口を噤む。
思い出したのは、セレンが言った
『お前の父には、感謝している』
その言葉。
「もしかして、それが原因?」
尋ねた声にあえて誰も頷かないのが、その答えだった。
「あの日からセレンは口には出さないけどシェトー大佐に申し訳ないと思って生きてる」
「でも、それは軍人として当然のことで……。王太子を守って亡くなったのは、父にとっては名誉だったと思う」
セレン本人に言ったのと同じセリフを繰り返すが、きっと物事はそう簡単じゃないと私も気づいてしまう。
「自分のせいで大佐やその部下、多くの軍人を死なせてしまった。その罪の意識に苛まれるあいつに大人は皆が言ったよ。『その犠牲のためにも立派な国王にお成りなさい』って」
「……あ」
そこまでの話を聞いて、私はどうして今までセレンの心の中まで考えられなかったのか自分を恥ずかしく思った。王子様だからって何も感じないはずなんてない。王族だから臣下は自分を助けて当たり前、命を懸けるのは軍人の仕事だから当然。……そんなふうに簡単に割り切れるものじゃない。
「セレンは自分が傷ついても危険な目に遭っても、国や国民を守ることが義務だと思ってる。それが、自分に従ってくれる人々へ唯一できる責任の負い方だ、って」
王太子として、国の象徴として、人々の偶像として。セレンは自分に何かの役目を課している。もしかしたら、そんな重荷を背負うことで立場の重さに辛うじて耐えているのかもしれない。
「そんな奴だからさ、何があっても俺達は味方でいてやろうって思ってるんだ」
そう笑うノヴァの言葉が、話の始めに繋がる答え。
「そっか」
よく分からないまま頷いた私だったが、とことこと近づいてきたルーンがこの片腹をつつく。
「なによ」
私の胸の高さくらいしかない顔を見下ろすと
「……お前も、味方になるんだよ」
ちょっと照れたように言われたそんな一言。
「私、なんかが?」
「なに言ってんだ。あんなすごい魔法使える奴は絶対 敵に回って欲しくないし」
「そうそう。味方の数は多ければ多いほど良いしな」
思いもよらなかった一言に戸惑う私に、テオドーラとノヴァが冗談とも本気とも分からないことを言って笑う。
「それは……」
ここで、素直に頷いてしまっていいのだろうか。仲間扱いしてくれるのはもちろん嬉しい、でも私と彼等では同じ貴族でも住む世界が違いすぎて……。子供ながらにその溝の深さを知っているからこそ、上手く返事ができない。
「なに集まってるんだよ」
その何とも言えない空気を破ったのは、演習場の扉が開いた音と共に聞こえてきた声の主。
「セレン」
噂をしていた当人の登場にちょっとギクリとしたけれど、本人は何も気づいてないらしい。
「早かったな」
「なんの話してたんだ」
平静を装うテオドーラの挨拶をスルーし、何故か私を睨んでくる。
「……えーと」
「いや、それは」
嘘が下手であんまり頭が良いとは言えない私とルーンが右往左往する中、テオドーラがセレンの前に進み出る。
「今度、ココレアの家に遊びに行こうって話してたんだ」
そして場を誤魔化すためとはいえとんでもない発言をしてくれた。
「家?」
「そう。庶民の暮らしを見ておくのも将来のための勉強だろう」
ノヴァがさりげなく失礼なことを言ってくれた気がしたが、まんまとセレンの気は逸れたらしい。
「そうだな。たまには場所を変えるのも悪くないかもな」
何故こいつが乗り気なのかは分からないが、王子に来訪したいと言われてしまえば断る術はない。
「別にいいけど、あんたらの家みたいに立派な所じゃないわよ」
「そんなの分かってるよ」
ルーンの余計な一言に内心むかつくけれど、特に拒む理由もなかった。
「それじゃ、明日は私の家に集合ね」
私は軽い気持ちでその提案を受け入れたのだった。
翌日は母の機嫌があまり良くなかった。
「まったく、家の仕事もせずに毎日どこかに遊び歩いて」
友達が来ることは伝えてあったけれど、この調子ではお茶もおやつも用意してもらえないだろう。仕方なく台所の隅で自分でクッキーを焼いていた頃、高らかに呼び鈴が鳴った。
「だれー?」
竈から手が離せずにいる間に弟が玄関の扉を開けたようだ。
「はじめまして。ココレアさんの友人で……」
「ママー。へんな奴等が来てる」
一応お呼ばれの挨拶をしようとしたノヴァの口上が遮られ、弟が母を呼ぶ声が聞こえてくる。見えないけれど、きっと苦々しい顔をしてるに違いない。
「……まあまあ、随分と素朴な子達ね」
やっと私も台所から玄関へと駆けつけたると、確かに今日の彼等はいつもの上等な衣装ではなく庶民の少年のような出で立ちをしていた。私事で街に出る時は身分がバレないよう仕立ての良い服や馬車は使わないのが、上流階級の常識なのだそうだ。
だから、ここにいるのがやんごとない身分の方々の集まりだと気づかない母は完全にセレン達を馬鹿にしきっていた。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
引き攣りながらも続けて喋るノヴァに、慌てて私は飛び出してゆく。
「い、いらっしゃい。とりあえず私の部屋で待ってて!」
安全のため彼等の正体は事前に口外しないように言われていたのだが、普段から人を見た目で判断するこの家の慣習ではそれが裏目に出てしまった。
「ちょっと、ココレア」
皆を私の部屋へと押し込んでいると、奥から祖母も騒ぎを聞きつけて出てきた。
「こんな小汚い小僧達を呼んで何のつもりだい」
「あ、あの。おばあ様……」
自分の若い頃は王族への不敬は死罪だったといつも話していた祖母。ここにいるのが王子だと知ったら間違いなく卒倒するだろう。
「こいつらが汚した床は全部お前が掃除するんだよ。食材も勝手に使うなんて許さないからね」
「分かっています。クッキーの材料は、もちろん自分のお小遣いから出しているので」
「あと、夕飯と明日の朝食の準備も怠るんじゃないよ。夜までに薪も割っておきな」
私を人差し指で威嚇し、その背中は家族が集まる居間へと消えて行った。
「……家族が失礼なこと言ってごめんね」
クッキーと紅茶を持って自分の部屋に戻ると、4人は物なんてほとんど無い室内を物珍しそうに眺めていた。
「ああ」
「あの、もしかして不敬罪なんてことには……」
恐る恐る聞けば、ノヴァが嫌そうな顔をしながらも首を横に振る。
「そういうのセレンが嫌がるからな。不問でいいだろ?」
そう横目で見るセレンはいつものことながらぶすっとして何も言わないが、それが同意の意味だと最近の私は知っている。
「あ、ありがとう」
本来なら王子に向かってあんな暴言、死罪とまではいかなくても重罪に処されても仕方ない。とりあえず処分を免れたことに胸を撫で下ろす私だったが




