巡る季節 6
途中から自分でも言いたいことが上手く纏まらなくなってしまったけれど、皆はどうやら理解してくれたらしい。それぞれがソファの肘掛に腕を置いて思案顔をしている。
「仕方ねえな」
最初に口を開いたのはセレンだった。
「えっ?」
「お前に、幼年学校で習ったことを教えてやるよ」
言っておいてなんだけど、それは予想しない申し出だった。
「い、いいの?」
「ただし教えるだけだ。さすがに女を入学させるとなると、色々面倒になる」
「もちろん。迷惑はかけない!」
思わず立ち上がってセレンの前で膝をつくと、近づいた私からふいっとその金色の目は逸らされる。
「じゃあ、とりあえず交渉成立ってことで」
その後ろでノヴァとテオドーラが互いに頷き合い何故か苦笑していたが
「まあ、俺らの足を引っ張るなよ」
そんなルーンの上からの一言で、その時から私は彼等の仲間の末席に加わったのだった。
翌日から私の待ち伏せは別の意味を持つものとなった。幼年学校が終わる頃になると、いつものあの原っぱでセレン達の姿を待つ。今日私を見つけた皆は、軽く手をあげて歩み寄ってくれた。
しかし問題はこの先だ。幼年学校で習ったことを私に教えてくれるのはいいが、それをどこで行うべきか。当然魔法や体術ができる広さがあり人目につかない場所が必要だった。王太子や公爵家の子息達が子供とはいえ女子と一緒にいる場面など見られたらどんな醜聞にされるか分かったものじゃない。
普段の彼等は、セレンの住処である王宮の敷地の奥にある演習場で復習や自主練習をしているという。そこなら確かに誰かから見られる心配はないが、私の身分では立ち入れるかどうか怪しい。じゃあどうするんだ、他に良い場所があるのか? ユーヴィリー家が所有してる演習場はどうか? それだと人の目につくのは時間の問題だ。
そんな言い合いをセレン、ノヴァ、テオドーラ、私でやんやとしている中、突如としてルーンが言った。
「知ってる? 王宮の3つ目の城壁って、一か所だけ崩れて通り抜けられるようになってるんだよ」
「は?」
「城壁から内緒で王宮内に忍び込めるんだ」
胸を張る彼に詳しく聞けば、以前庭園でボール遊びをしていた際に偶然見つけた穴らしい。入口出口ともに高い草が生い茂って普通なら見つけることは困難だし、そもそも第3の城壁まで来れる者は普通は正々堂々正門から入ってゆく。だから未だ誰も気づいてない秘密の場所なのだという。
「あ、それなら」
次に思い出したようにテオドーラがぽんと右手を左の掌に叩く。
「庭園の中に古い井戸があるの知ってる?」
「井戸?」
「昔の王宮の時、脱出口にもできるよう地下で繋がって造られているんだって。おじいさまから聞いたことがある」
「その情報が本当なら、正式な手続きをしなくても旧王宮の建物までは忍び込めるってことか」
城内の位置関係を頭の中で描いたのだろうノヴァが言いながら渋い顔をする。流れでこうなってしまったが、優等生のこいつが王城侵入なんてとんでもない行動に加担するのには抵抗あるのだろう。
「旧王宮から今の王宮までなら回廊で渡れるぞ」
そして、さらっと話に加わったセレンの声に皆が振り返る。
「そうなの?」
「今は誰も使ってないから崩れかけてるがな。一段低くなってるし、そっからなら人目につかず俺の屋敷まで来られる」
唯一途中にある史書室のじじいが昼寝の時間を狙え。と付け加えた。
「そこを越えると堀の役目も兼ねた大きな池があるんだけど、1日1回水の入れ替えのため水位が下がる。その予定はお前が来るタイミングにあわせるよう頼んでおく」
ここまでくれば仕方ないと思ったのか、眉間に皺を寄せながらノヴァが言ってくれる。
「その池を越えると庭と温室があって。その奥が、俺個人の屋敷だ」
セレンがあっさり告げるから、それはまるで簡単なことのように思えた。
「私、やってみる」
きっと不可能なんてない、絶対に上手くいく。だって、この世に怖いものなんて無いもの。
……その時の私は心からそれを信じられて、そして満面の笑みで笑っていた。
その日から、私の王宮侵入が始まった。彼等の考えてくれたルートは正確で、史書係のおじいさんの昼寝の時間さえ外さなければ小さな子供が衛兵から隠れることは難しくない。
「今日は早かったな」
王宮に侵入するようになってから1ヵ月半。すっかりその犯行に手慣れた私は、今日もセレンのお屋敷と並行した雑木林の中を通り抜け演習場の手前と辿り着いていた。
「ノヴァ」
声をかけてきた彼と出会ったのは演習場まであと10歩という所。何故かひと際大きなブナの木の上に乗っかった彼が、頭上から私を見下ろしていた。
「ちょっとは格好つくだろ?」
そう言いながら太い木の枝にぶら下げたのは“演習場”と書かれた木の看板。
「すごい、ノヴァが作ったの?」
「案外こういうの得意なんだ」
地面に飛び降りた口調は軽く、最近ようやく私に気を許してくれたのかたまに自分のことも話してくれるようになった。
「他の皆は?」
「テオとルーンはもういるよ。セレンだけ国事のことで呼び出されてるから後から来る」
そんな会話をしながら既に開いていた演習場の扉をくぐると、確かにテオドーラとルーンが地べたに座り訓練用の武器の手入れをしている。
「セレンも大変ね。王子様とはいえ、まだ子供なのに」
「あいつは19歳で王座を継ぐことが決まってるから」
話の続きで何気なく言ったのに、そんなノヴァの返答が返ってきて私は首を傾げた。
「どうして決まってるの?」
「アンザネイスの国王は御年70歳になられたら自動的に後継者に後を譲る決まりなんだよ」
「それが、セレンが19歳の時ってこと」
そう説明されれば なるほどと納得はしたけれど実感は沸かなかった。セレンは今11歳。8年後なんてとんでもなく遠い遠い未来のことに思えたから。
「だからさ、俺達は今のセレンには自由でいて欲しいと思ってる」
そんな独り言みたいな声に、演習場の壁に立てかけてあった木製の剣に手をのばしていた私はノヴァの方をゆっくり振り返る。
「それって、国王になったらもう自由はなくなるってこと?」
その隣にテオドーラやルーンもちょっと神妙な顔で集まる。
「そりゃそうだよ。王様になったら自由に出歩くことも、人に会うことも、自分の意見を好きに言うことだって出来ない」
答えてくれたのは大人ぶったルーンの舌足らずな声。
「普通はもっと大人になってから王座につくものだけど、セレンは国王がお年を召してからの子だからね。そんな時間は与えられない」
テオドーラの口調はいつも通り穏やかだけれど、その目はどことなく寂し気だった。
「そう、なんだ」
「それにさ、あいつは囚われてるから」
未知の世界の話になんと答えて良いか分からぬ私に、横の二人へと視線を向けてからノヴァは言う。その口調がまるで悩みを打ち明けるみたいで、ちょっと私は身構えてしまった。
「囚われる?」
「そう、お前の父上のことで」
「父、上?」
その2人がどう結びつくのかさっぱり分からなくて、きっと頭の上にハテナが浮かんでいたのだろう。そんな私に、少し悩んでからノヴァが口を開く。
「あの倉庫で俺らを襲った不良の奴ら、ラスヒビアからの武器の密輸に絡んでたらしい」
「え……。そう、なの」
突拍子のない話題に、私はやっぱりどう返事をしたらいいか困った。




