表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夏乃さんと魑魅魍魎の謎  作者: 巫 夏希
第四話 人魚帳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/34

第3話 人魚の正体

 夜の神社というものは、昼間とはまったく別の顔を見せる。

 昼間は静寂だった場所が、夜になると妙に音に満ちている。

 風が木々を揺らす音。

 葉と葉が擦れ合う音。

 遠くから聞こえる波の音。

 そして時折――どこかで鳥が鳴く。


「……やっぱり思うんですが」


 石段を上りながら僕は言った。


「これは駄目なんじゃないでしょうか……」

「何がだ?」


 当の本人が余り気にしていないのが、それはそれでどうなのか――。


「夜中に神社へ忍び込むことです」

「忍び込んでいない」


 夏乃さんは平然としていた。


「境内は開放されている」

「そういう問題ではなくてですね」

「細かいことを気にすると禿げるぞ」

「まだ二十歳です」


 夏乃さんは笑った。

 だが、その目は真剣だった。

 昼間の宮司の反応が気になっているのだろう。

 僕も同じだった。

 あの人は何かを知っている。

 それは間違いない。

 問題は何を知っているかだった。

 僕たちは拝殿の裏へ回った。

 宝物庫がある。

 昼間、人魚の骨を見せてもらった建物だ。


「鍵は?」

「掛かっているな」

「当然です」


 いくらこの国が世界各国の中でも安全な方だからといって、夜中に鍵を閉めないことはしない――多分。

 しかし、夏乃さんは諦めることなく周囲を見回した。

 そして建物の壁に近付く。


「夏乃さん?」

「気になる」

「何がです?」

「古い建物には隠し棚や床下収納があることがある」

「そんな探偵小説みたいな……」

「意外とある」


 本当だろうか。

 僕が半信半疑で見ている――ちょうど、そのときだった。

 夏乃さんの動きが止まる。


「洋平」

「はい」

「これを見ろ」


 指差した先。

 壁板の一枚だけ色が違った。

 いや、正確には新しい。

 ……マジかよ、と思ったが、冷静に分析する。


「交換されていますね」

「ああ」


 比較的新しい木材だった。

 周囲の板は風雨で黒ずんでいる。

 しかしそこだけ明るい。


「壊れて交換したとか」

「かもしれない」


 夏乃さんは壁を軽く叩いた。

 コン、と乾いた音。

 もう一度叩く。

 今度は少し違う。


「空洞だな」


 僕も叩いてみた。

 確かに中が空いているような音だった。

 そして――その瞬間だった。


「誰だ」


 声がした。

 振り返る。

 直後、僕の視界は懐中電灯の光に塗り潰された。

 相手は、予想通りというか何というか、当たり前ではあったけれど――宮司だった。



◇◇◇



 数分後。

 僕たちは社務所にいた。

 当然ながら怒られている。


「夜中に何をしているんですか」


 宮司は呆れた顔だった。


「散歩です」

「神社の裏を?」

「景色が良かったので」

「真っ暗ですよ」


 正論だった。

 僕は黙る。

 一方で夏乃さんは平然としていた。


「……なら、率直に聞こう」

「……何でしょう」

「隠しているものは何だ」


 宮司の顔が変わる。

 やはりだ。

 この人は知っている。


「何の話です」

「相沢さんが死ぬ直前に調べていたものだ」


 沈黙。

 時計の音だけが聞こえる。

 やがて宮司は大きく息を吐いた。


「あなた方はどこまで知っているんですか」

「少しだけだ」


 夏乃さんが答える。


「人魚伝説が改変されていること」

「……」

「そして相沢さんが何かを見つけたこと」


 宮司は目を閉じた。

 長い沈黙。

 やがて諦めたように口を開く。


「本来の伝承は、人魚の話ではありません」

「やはり」


 僕は思わず呟いた。


「では何だったんです?」

「密漁です」


 ノートに書かれていた通りだった。



◇◇◇



「江戸時代の終わり頃」


 宮司は語り始めた。


「この地域では密漁が盛んでした」


 漁業権という概念が曖昧だった時代。

 隣村の漁場へ侵入することもあったらしい。


「しかしある時、大きな争いが起きた」

「死人が出た?」


 夏乃さんが尋ねる。

 宮司は頷く。


「ええ」


 それが古文書にあった事件だろう。


「村人は真実を隠しました」

「なぜです?」

「漁場を失うからです」


 なるほど。

 殺人事件になれば領主の介入がある。

 そうなれば村全体が不利益を受ける。

 ある意味では、至極真っ当な考えかもしれない――行動自体は、褒められるものではないが。


「そこで海神の祟りにした」

「はい」


 宮司は静かに答えた。


「そして年月が経つうちに人魚伝説へ変化した」


 民俗学的には十分あり得る。

 祟りの話。

 禁忌の話。

 豊漁の話。

 それらが混ざり合う。

 そして――現在の伝承になる。


「だが」


 夏乃さんが言った。


「それだけで人は死なない」


 その通りだった。

 問題は現在だ。


「相沢さんは何を見つけたんです?」


 宮司は躊躇った。

 そして。

 観念したように、ぽつりと言った。


「人魚帳です」

「人魚帳?」

「隠語です」


 聞き慣れない言葉だった。


「昔から残されている帳簿です」

「何の?」

「密漁の」


 部屋の空気が変わった。



◇◇◇



 人魚帳。

 それは代々秘密裏に保管されていた記録だった。

 どこの漁場に入ったか。

 誰が関わったか。

 何を獲ったか。

 すべてが記録されている。


「そんなものが残っているんですか」

「残っています」


 宮司は苦々しそうに言った。


「本来は処分されるはずでした」

「ですが残った」

「ええ」

「どこに?」


 宮司は答えなかった。

 しかし。

 その沈黙が答えだった。


「神社ですか」


 僕が言う。

 宮司は目を伏せた。

 図星だった。


「相沢さんは見たんですね」

「……はい」

「そして死んだ」

「事故だと思いたい」


 宮司の声は小さかった。

 だが。

 自分でも信じていないのだろう。


「相沢さんは誰かに話した?」


 夏乃さんが尋ねる。


「話していたようです」

「誰に」

「漁業組合の人間です」


 その瞬間。

 僕は嫌な予感を覚えた。

 もし。

 帳簿に現代の人間の名前が載っていたら――、


「まだ続いているんですか」


 宮司は答えなかった。

 しかし。

 その沈黙は肯定だった。



◇◇◇



 神社を出た頃には深夜になっていた。

 月が海を照らしている。

 僕たちは港へ向かって歩いていた。


「洋平」

「はい」

「面白くなってきたな」

「僕はあまり面白くないです」

「どうして」

「殺人事件だからですよ」


 夏乃さんは少し笑った。

 そして真顔になる。


「相沢さんは帳簿を見つけた」

「はい」

「その後で死んだ」

「はい」

「さらに百年前にも似た事件がある」


 僕は頷く。

 偶然とは思えなくなってきた。

 そのときだった。

 港の方から音が聞こえた。

 ガシャン、何かが倒れる音だ。

 僕たちは顔を見合わせる。

 そして走った。

 船小屋の前に着くまで、それ程時間は掛からなかった。

 誰もいない。

 だが――壁に新しい文字が書かれていた。

 赤い塗料で。

 それは、まるで血文字のように。


『帳簿を見るな』


 僕は思わず息を呑んだ。

 昨日の「人魚は見ている」と同じ筆跡だった。


「脅迫ですね」

「ああ」


 夏乃さんは壁を見つめる。

 その目が細くなる。


「誰かが怯えている」

「怯えている?」

「秘密を暴かれることにな」


 そのとき、背後で足音がした。

 振り返る――それと同時に、黒い人影が走り去っていく。


「待て!」


 夏乃さんが叫ぶ。

 人影は港の倉庫群へ飛び込んだ。

 そして――姿を消した。

 僕たちは追いかけた。

 だが見失ってしまった。


「……見失ったか。確実に今回の事件に関わっている奴だとは思ったが」

「夏乃さん」


 確かに、人影は居なくなった。

 しかし、地面に一枚の紙が落ちていた。


「……これって」

「慌てていたからな。もしかしたら、落としたのかもしれないな?」


 夏乃さんが拾い上げる。

 月明かりに照らされた紙には。

 古い帳簿の一部らしい文字が見えた。

 そしてそこには。

 最近の日付が記されていた。


「……つまり」


 人魚帳は。

 今も書き続けられているのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ