その5『将軍の温かい手』
部屋に入ると、エルンハルト将軍は部下に命じて温かい飲み物を持ってこさせた。
ベルは執務室の長椅子に腰かけ、将軍は執務机に座った。
……ズズッ
温かいミルクをすする。
体が芯から温まる。
心も。
安心感で満たされた。
将軍が低い声で話し始めた。
「『運命の子』とは全ての魔力を保証する存在。
彼または彼女が存在しなければ、全ての魔法使いの魔力は『無』になる。
だから守らなければならないんだ。」
えっ?
びっくりして
「じゃ『運命の子』が死んだら魔法使いは魔法を使えないんですか?
過去にそういうことはあったんですか?」
将軍は厳粛にうなずいた。
「そうだ。
全員が魔法を使えない時期が過去に何度もあった。
ある日突然魔力が復活すると、魔法使いたちはその日に生まれた赤子を探し出し『運命の子』候補にする。
俺は詳しくないがある規則に則って『運命の子』候補を数人にまで絞るらしい。
現代の候補者は確か5人に絞られているらしいな。」
その中のひとりが…私―――?
だから殺しちゃダメって?
え?
疑問がわき
「でも、F国は『運命の子』を殺してしまえば魔力が無くなるから有利ですよね?
なぜ私を殺さなかったんでしょう?」
「次の『運命の子』を探し出すのが面倒だからだ。
研究では『運命の子』の心身の何らかの状態が魔力の総量に比例すると言われている。
奴らは『運命の子』を捕えて仮死状態にすることで、我が国の魔力を最低値に抑え攻撃を仕掛けるつもりだろう。
『運命の子』を殺しても、次の日に元気な『運命の子』が産まれてしまえばまた一から探し出さなければならない。
それよりも弱らせて手元に置く方が確実という判断だろう。」
仮死状態にされる―――?
それって死ぬのと同じじゃない?!!
しかもその間に国が攻撃されるなんてっ!!!
絶対につかまりたくないっ!!
将軍は心配そうに眉根を寄せ
「君が…候補者だって?
ディアナ王女が家族を使って君を脅すのはそのせいか?」
ベルは首を横に振る。
「違います!
多分、単純に嫌われてるんです。
生年月日が同じだから。
身分が低くて全てにおいて『残念』な私と同じ運命なのが嫌なんだそうです。」
エルンハルトはさらに険しい顔で
「それなら、ディアナ王女が運命の子…という可能性も残ってるんだな。」
ディアナ王女の命令をベルは思い出した。
一瞬ためらったが心を決め
「実は、ディアナ王女に命じられ、あなたを騙して軍事機密を盗むためにここに来たんです!」
言い終えたあと、後悔した。
将軍に怒りの表情を見た気がしたから。
受け入れられたと思ったけど、早かったみたい。
図々しい女だと思われた?
会って早々に極秘命令を作戦対象にベラベラしゃべるなんて。
口の軽い軽薄な人間だと思われた?
だけど、信頼できる味方がほしかった。
将軍に頼りたかった。
公平で誠実で正しい判断ができる人だと思ったから。
ガタンッ
将軍が立ち上がり、コツコツとブーツを鳴らして近づいてきた。
ベルの頭を大きな手でクシャッと撫で
「よし。
じゃ偽の軍事機密を作るぞ。
警備兵・建物の配置図をデタラメに書き写すんだ。
見ても役に立たない代物をディアナに渡すといい。
だがすぐに偽物と見破られないよう細心の注意を払って偽造しよう。」
ベルを見つめ優しく微笑んだ。
頭の上にある大きな温かい手のひら。
子供のころ母さんに抱きしめられた時のように幸せで心が満たされた。
ずっとこうしていたい―――。
居心地のいい
この場所で
この人と―――。
数日後、
「こちらが、エルンハルト将軍から聞き出した情報です」
ベルは何食わぬ顔で偽の報告書を差し出した。
ディアナ王女は疑うことなく受け取った。
「ご苦労さま。
下がっていいわ。」
「……はい」
ベルは深く頭を下げた。
その胸の奥で、心臓が大きく跳ねていた。
――私は今、ディアナ王女を騙している。
受け取った報告書にディアナは眉をひそめた。
「……おかしいわ。」
ディアナは『二つ』の報告書を見比べた。
「報告が食い違ってる。」
そして、ふと顔を上げた。
「まさか…ベルが?」
ディアナの脳裏にあの少女の顔が浮かんだ。
「裏切った…とでもいうの?」
ディアナの青い瞳が、
凍てついた刃物のように、
冷たく光った―――。




