その3『国境を守る堅物将軍』
ベルは今、国境沿いにある砦に向かって馬を走らせていた。
皮製の鎧、ヘルメット、ブーツ、腰に剣、を身に着けた兵士の恰好で。
王女様に命令されエルンハルト将軍に近づく方法を考えた。
国境警備の任を務める彼に直接会いに行こうと思った。
一週間以内と命じられたので、馬に乗る訓練で腿の内側に『鞍ズレ』をつくり、兵士の型を憶えるため剣を振る練習で指にまめを作った。
今でも腕が怠い。
ずっと馬に揺られてお尻が痛い。
ベルは胸騒ぎがした。
無骨で無口で不愛想。
剣の訓練と敵兵を殺すことしか考えてない、残忍な兵士の長。
そんな人から重要な機密情報を入手できるかしら?
色気で篭絡?
アルバ侯爵には通用したけど、あれはあちらが老成し達観してらしたからかも。
全てを受け入れ、未熟な私を許してくれただけかも。
それに引き換え、国境警備兵2000人の兵士を統率する厳格そうなエルンハルト将軍に
同じ手が通用するのかしら?
痩せて背の低い子供のような私に女性的魅力がそれほどあるとは思えない。
ザワザワした気持ちで馬に揺られた。
◇
大きな石の壁が見えた。
国境の砦に到着した。
見張り台には鎧を身につけた兵士たちが国境を警備している。
さっそく王女の書簡を警備兵に見せた。
すぐにエルンハルト将軍と面会する手はずが整う。
「まずは一歩!」
とベルは大きく深呼吸。
泥で汚れた兵士の恰好のまま、案内されて砦の最上階にあるエルンハルト将軍の部屋に通された。
ベルの想像と違って、部屋に散らかってるのは剣や鎧などの兵士の武器・装備ではなく、巻物や書物類、羽ペンやインク壺や紙類などの文書・筆記用具だった。
本棚に並ぶ『xx式兵法』『xxx国境史』『xxxxx攻略記』の背表紙を見るとエルンハルト将軍は武力よりも知略で今の地位を築いたのかもしれないと思えた。
エルンハルト将軍は背を向けていた。
ベルは緊張で全身が震えそうになる両手をギュっと握りしめて押さえこんだ。
将軍は王女の書簡に視線を落としたまま、クルリと振り向いた。
何気ない動作。
窓から入る光を背中に受け、影になった顔の表情は暗くてよく見えない。
「兵士志願の娘……?
王女付きの侍女のベル…でいいのか?」
低く耳の奥に響く声。
「はい!兵士に志願しました!」
付け焼刃の訓練だけど……。
心の中で呟く。
エルンハルト将軍が書簡から目を離し、貫くような視線でベルを見た。
ドキンッ!
緊張で体が硬直する。
嘘がバレたっ?!
鼓動が速くなる。
ベルはふぅっと息を細く吐いて心臓を落ち着かせた。
「ふむ。
何が得意だ?」
「はっ。剣技が得意でありますっ!」
「嘘だな。
指のまめが硬くない。
剣を振る筋肉のついた腕じゃない
何の目的でここに来た?」
鋭いが低い落ち着いた声でエルンハルトが尋ねた。
この人には見抜かれるっ!?
嘘をついても無駄っ!?
心臓バクバクでベルは
「実は王女ディアナさまに命じられました。
あなたの傍に仕えよと。」
将軍はベルから視線をそらさず軽くうなずき
「そのようだな。
書簡にそう書いてある。
だが王女の目的は?」
へっ??!!
そんなことっ??!!
ヤバッ!正直に言う?
悩んだ挙句
「ええ~~~っと~~~~、そのぉ~~~~、申し上げにくいんですが~~~~」
モゴモゴしてると、将軍がため息をつき
「わかった。
ディアナはまだ俺に執着してるんだな。
きっと女性関係を監視するつもりだ。
お前はそのためのスパイだな?」
呆れたように呟いた。
へっ?
そうなの?
ディアナ王女がエルンハルト将軍を狙ってるの?
ビックリしたけどすぐに気を取り直し
「はい。
内緒で監視するつもりでしたが、将軍の書簡の中身を調べろと命じられました。」
9割ぐらいは本当のこと?
なので声が震えずに言えた。
エルンハルト将軍が片頬をゆがめてニヤリと笑い
「ならば王女への報告には
『怪しいところはない』
と書け。
お前は兵士の宿舎で自由にしていろ。
訓練も警備も何もしなくていい。
どうせできないだろうしな。
下がれっ!」
と怒鳴った。
追い払われそうになったベルは焦った。
どうしよう?
傍に置いてもらわなきゃ!!
そのためには役に立つところを見せなきゃっ!!
どうすればいい?!
必死で思考を巡らせる。
その時、入口から慌てたような声で
「エルンハルト将軍っ!!
敵がっ!!
侵入したようです!
突然、砦内部に敵兵が姿を現し味方の兵を攻撃してます!
斥候が密かに侵入し、門扉を開け敵を引き入れたようです!」
ベルはあっ!とひらめいた。
「私が行きます!
戦いますっ!」
腰の剣を引き抜き、掲げようとしたけど重さに引っ張られて、
ガシャン
剣が垂れ床に剣先が当たった。
それでもヨイショ!と持ち上げて掲げ
「行ってきますっ!」
方向も分からず駆け出した。
ベルは得体のしれない衝動に突き動かされていた。
動物すら殺したことも無いのに、人と戦う?
これは夢なの?
この剣で人を刺すの?
嘘でしょっ?!!
興奮で頬が熱い。
動悸が止まらず息が上がる。
剣を持つ手が震える。
だけど足を止められなかった。
殺されるかも?
それでもいい。
このまま言いなりになって人をだまし続けるより。
ここで殺されれば、王女は私の家族を解放する。
もしかして同情して殉職手当?くれたりして。
それなら悔いはない。
重い剣。
手が怠くなる。
砦の中を滅茶苦茶な方向に走り回ってると、すぐに敵兵と思われる、見たことの無い鎧の兵士と、味方の兵士が剣を交えてた。
どうしよう?
と悩んでると、その後ろから
「わぁーーーーーっっ!!!」
と大声を上げて、剣を大きく振りかぶって敵兵が切りかかってきた。
ベルは一応両手で剣を構え
ガキィィィッッッンッッッ!!!
第一攻撃を剣で受け止めた。
衝撃が手から腕に伝わり、ジィィンと痺れた。
それよりも、自分の剣で受け止めた、血濡れた刃がすぐ頭上にあることに恐怖した。
金属と血の匂い。
死がすぐそばにある。
瞼の上に。
睫毛のふれる距離に。
敵兵がもう一度振り上げ、振り下ろした。
ベルは横に避けたつもりだった。
でも遅いっ!
肩が残った!
気付いた瞬間には剣は振り下ろされていた。
ベルの肩に……。
パックリと肉が開き、鮮血が飛び散る…と思ったのに、痛みは無かった。
その前に横から突き出された剣が敵の攻撃を受け止めていた。
将軍の受け止めた剣先が少しベルの肩に触れた。
「エルンハルト将軍……」
ベルの目の前にスッと体を入れ受け止めた剣をガシャンッ!と押し飛ばし返した。
「役立たずは下がってろ」
イラだった低い声。
エルンハルト将軍は初心者に稽古でもつけてるかのように敵兵の攻撃を軽くいなした。
端に追い詰められた敵兵は
「うわぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」
と泣き声交じりで叫び、背中を向けて逃げ出した。
逃げ出した敵兵を味方兵が追いかけた。
エルンハルト将軍はベルに向き直り近づいた。
ベルの肩当てに切れ込みが入ったのを見て
「大丈夫だ。肉に達していない。」
将軍はいたずらした幼子を叱りつけるような表情で
「無茶をするな。
お前が死んだら家族が心配するだろう?」
ベルは俯き
「いいんです。兵士として殉職すれば手当が出るでしょう?
それで家族も暮らせますから。」
エルンハルト将軍は目を見開いた。
信じられないというように首を振り
「なぜだ?
王女の命に逆らえば家族が危険だとでもいうのか?」
ベルはギクッと背筋が冷たくなった。
見抜かれたことに焦った。
ドキドキしつつも
「いいえっ!そんなことはありませんっ!」
否定したがエルンハルト将軍は鋭い眼差しで
「なるほど。家族を人質に取られ王女の間者をしてるんだな。
わかった。
俺の傍にいろ。」
コツン!
ベルのヘルメットを軽くたたいて部屋に向かって歩き出した。
ベルは一瞬何のことかわからず呆気にとられた。
足早に歩くエルンハルト将軍を追いかけ、背中を見つめた。
無造作に肩まで伸びた黒髪。
浅黒い硬そうな肌に細かい傷のある頬。
逞しく盛り上がった筋肉の鎧が覆う、背中。
頸や肩や胸や腕も。
眉や無精ひげが濃くごつごつした骨格の顔なのに、目鼻立ちのつくりは繊細で、整った位置にある。
守ってくれた。
死から救い出してくれた。
トクンッ!と胸が躍った。
私は
大丈夫かもしれない―――。
王女さまの支配から逃れられる……?
絶望的な
未来に
希望の光が射した
瞬間だった―――。




