その26『引火の原因』
その後、治療を終えディアナの寝室から出てきたジョアンナと話をしようと、ベルは待ち構えていた。
だが、王太子付きの侍従や侍女、王室専属顧問魔術師たち、イルマー宰相に、名前も知らない貴族たちまで、ジョアンナが出てくるなりわんさかつめかけ、ベルはジョアンナに近づくことさえできなかった。
ベルは肩を落とし、ため息をついた。
当たり前かぁ。
王太子と婚約ってことは未来の王太子妃さま。
ただでさえ聖女さまだったのに、高貴で偉大な、ますます『遠い人』になっちゃったな。
その後、数日間は、治療のためにジョアンナがディアナの寝室を訪れ、それに合わせて王室専属顧問魔術師たちや王太子の配下の貴族や大臣たちがディアナのお見舞いに訪れた。
その間、ベルや他の侍女たちはディアナに食事や薬を交代で運ぶのが役目だった。
ベルが食事を運ぶと、包帯姿が痛々しいディアナは口をとがらせ
「ありがと」
ボソッと呟いた。
パニックになったディアナに腕を掴まれ、火が燃え移ったときは怖かったけど、元通りに治る見込みだと聞いてベルはホッとした。
いつも強気なディアナでも火は怖いわよね、と同情した。
ちょうどそこへ、王太子の配下の大臣がやってきて、ベルの方も見ず花束を押し付けた。
「ディアナ王女さま。ご機嫌麗しゅうございます。」
「ノルベルト卿。お花をわざわざありがとう。」
ノルベルト卿はあたりをキョロキョロ見回し
「聖女ジョアンナさまは?あのお方のおかげで無事回復されるとのことでよかったですなぁ。
彼女は我が国の宝です。
ね、王女もそう思われるでしょう?」
ディアナは顔をこわばらせた。
ベルが花束を花瓶に挿して寝室に戻ると、別の貴族がディアナを訪れていた。
「王太子妃さまはいないんですか?
一目お会いしたかったんですが。
ディアナ王女、実は是非、ジョアンナ様にご紹介いただきたくてまいりました。
次回はいつ来られますか?」
「……知らない。」
ディアナは眉を寄せ、つっけんどんに答えた。
ディアナへの見舞いと見せかけてジョアンナに近づこうという魂胆の客が出入りして、落ち着かない中で、毎日決まった時間に来る見舞客がひとりだけいた。
イルマー宰相だ。
ディアナはイルマーとだけは二人きりで長い時間話し込んでいた。
ベルはお茶を運んで行ったとき、イルマーを見て突然思い出した。
そういえば、ディアナに火が付いたときイルマーは杖を取り出しもせず、手をかざしもせず、人に命令するだけだった。
もしかして、魔法が使えないの?
それで宰相という高い地位まで上り詰めるなんてよっぽど政治力が高い?のね?
そしてディアナと親密。
ドレス引火事件から三日後にはエルンハルトがお見舞いに訪れた。
将軍が寝室に入ると、ディアナ王女は慌てて体を起こして座り直し、手櫛で髪の毛を整えながら
「あら!エルンハルト将軍!
わざわざ来てくれなくても、もう歩けるのよ!
それにこんなに髪も乱れてるし、寝間着姿を見られては恥ずかしいわ!」
頬を染めて目を伏せ、しおらしい様子。
エルンハルトは全く気にするそぶりもなく、花束をベルに渡し
「ベルこれを頼む、ありがとう。
ディアナ王女殿下、それを聞いて安心したよ。
それでね、引火事件の原因を調査することになった。
俺が責任者に任命されたから、侍女のヴァルナー君をしばらく借りるよ。」
ディアナは頬に浮かべた笑みを引きつらせたまま固まった。
「なぜ…ベルなの?」
「彼女は事件の現場にいたし細かいところに気が付くからね。役に立つと思うんだ。」
そこにベルが花束を挿した花瓶を持ってきて置いた。
ディアナはベルと将軍から顔を背け
「好きにすればいいわ。」
その声が少し震えた。
エルンハルトとベルは一緒に寝室を出た。
ベルが
「将軍、もう媚薬の効果は切れましたか?」
エルンハルトは肩をすくめ
「おそらくね。君を見ても何も感じない。」
ベルは頬を膨らませ
「もうっ!じゃなぜ調査を手伝わせるんですかっ?!」
「だから、助手として有能だと思ったからだ。それ以外に深い意味なんてない。」
会話しながら並んで歩き控室をでると、入れ違いに入ってきた王女専属顧問魔術師レオンとすれ違った。
レオンは将軍とベルに意味深な視線を走らせた。
エルンハルトとベルは王宮の大広間に到着し、さっそくドレス引火事件の調査を開始する。
ベルはまずディアナの立っていた位置にあるカーペットを調べようとしたが、すでに別の物に敷き替えられていた。
焦げたカーテンは取り外され、あったはずの燭台もなくなっている。
エルンハルトはハリーから借りた水晶を手にして
「これを見てごらん。
これはハリーがあの事件直後の大広間の様子を記録したものだ。
引火が事故ではなく事件だったときに備え、念のため記録したそうだ。」
ベルが水晶を覗き込むと、そこは大やけどを負ったディアナが運び出された直後の大広間だった。
床のカーペットは焼け焦げ、同じくディアナ王女に最も近いカーテンは全体の7割近くが焼け落ちている。
カーテンのそばの燭台の蝋燭はというと、火は消えているが長さは半分ぐらい残っている。
ベルが
「この燭台の火が燃え移ったんですか?でも倒れてませんね?誰かが起こしたんでしょうか?」
エルンハルトは首を横に振り
「当日ここを通った者たちを尋問したが、燭台に近づいた覚えがある者はいなかった。」
ベルが
「じゃ、燭台が倒れたせいで火が付いたんじゃないんですね?
だって蝋燭が倒れたまま燃え続けたなら、蝋燭の下の方向に蝋が固まるはずですけど、水晶で見ると蝋燭の溶け方に偏りがありません。
ずっとまっすぐ立ったまま燃えていたんです。」
エルンハルトがうなずき
「そうだな。燭台は倒れたわけではない。
じゃどうやってディアナとカーテンに火をつけた?そして誰が?」
ベルが眉をひそめた。
「魔術師……なら簡単ですよね?火炎魔法で。」
エルンハルトも硬い表情のまま
「そのようだな。」
軽くうなずいた。




