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王女の命令で堅物将軍を騙すはずが、なぜか手を組んで反撃することになりました  作者: RiePnyoNaro


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その17『午後のお茶会への招待』

将軍と二人で歩いて王宮に帰って以来、ベルは凹(へこ)みそうになると、エルンハルトを思い出して幸せになれた。


「掃除が雑っ!それに遅いっ!」


王女の怒声に、ベルは身がすくんだ。


でも落ち込んだまま雑巾を握りなおしたとき、ふとあの日のぬかるんだ道が脳裏によみがえった。


将軍が王宮まで送ってくれたあの日、雨でぬかるんだ道を歩いていたとき、エルンハルトはいきなりベルの腕を掴んで立ち止まった。


ベルが驚いて立ち止まり、振りむいて将軍を見ると


「水たまりがある。踏まないように気を付けて」


実際、ベルの目の前には大きな水たまりがあった。


ベルはつかまれた腕に、エルンハルトの骨ばった指の力強い感触を感じ、すぐそばに逞しい男性がいることを強く意識した。


それに、ベルの足元まで気遣ってくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。


……あのとき、将軍は私を大切に扱ってくれた。


もう一度、あんなふうに隣を歩けたらいいのに。


そんな思い出に浸り、王宮の廊下をベルが歩いていると、前方の突き当りの曲がり角に、将軍の背中を見つけた。


ドキッとベルの心臓が跳ねる。


予想外の幸運に、頭が真っ白。


急ぎ足にならないよう平静を装い、普通の速さで歩きつつ、何と声を掛けよう?とソワソワしてた。


曲がり角に近づくと、将軍の向こうに侍女の姿が見える。


顔を両手で覆(おお)って肩を震わせ、すすり泣いている。


将軍は優しい声で慰めの言葉を侍女にかけた。


侍女の足元にはトレーと倒れた紅茶ポットとカップが散らばっている。


将軍にぶつかって運んでたトレーを落としたのね?


と状況はすぐ飲み込めた。


「…うっ…うっ…うっ…」


侍女はすすり泣くのをやめない。


その直後、将軍が侍女の頭の上に手を乗せポンポンと撫でながら


「気にするな。失敗は誰にだってある。俺は平気だから、もう泣くのをやめるんだ。」


それを聞いたベルはショックをうけた。


将軍の表情は見えないけど、声が優しいから、きっと優しい顔。


私に見せるような。


そうよね。


将軍は誰にでも優しい人。


失敗した人を許して、認めて、気遣って、放っておかない。


だからたくさんの兵士たちから慕われ信頼されているのだろう。


だから私にも優しくしてくれた。


私だけに、親切なわけじゃない。私が特別な、わけじゃない。


ましてや悪評だらけの私が、将軍の特別になれるはずない。


勘違いしてはいけない。


期待してはいけない。


自分に言い聞かせ、ベルは立ち止まった。


今、声をかければ、将軍はきっとこちらを振り向いてくれる。


いつものように、優しく笑ってくれるかもしれない。


……でも。


その笑顔を見て、また嬉しくなってしまったら?


自分にだけ向けられたものでもないのに、期待してしまったら?


そんなの、つらい。


ベルは唇を引き結び、来た道を引き返した。


会いたい。


でも、今は会いたくない。


自分でも矛盾していると思った。


それでも、これ以上好きになって、あとで傷つくのは嫌だった。


◇


石像事件のあと、エルンハルトは、ふとした拍子にベルのことを思い出すようになった。


あのとき、謎が解けた瞬間の彼女の輝く瞳。


褒められると、照れくさそうに頬を染めた顔。


思い返すたびに、自然と口元が緩む。


また、あんなふうに話せる機会があればいい。


そう思う自分に、エルンハルトはまだ気づいていなかった。


エルンハルトは仕事で王宮に出かける際も、偶然ベルと出会わないかと期待して常に周囲を気にしながら過ごした。


将軍の落ち着かない様子に、大臣や爵位貴族たちは目を丸くしていたが、会議が始まるといつもの聡明怜悧(そうめいれいり)な発言と剛毅果断(ごうきかだん)な態度で、彼らを安心させた。


気になる女性を目の端で、いつも探しているので心ここにあらずだとは、誰も気づかなかった。


エルンハルトは知り合いの王宮関係者を捕まえてベルの近況を尋ねた。


「王女付きの侍女ベル殿ですか?先ほども王宮で働いている姿を見かけました。特に変わった様子はないようです」


「……そうか」


エルンハルトは、ほっと息をついた。


無事なら、それでいい。


王女にひどい扱いを受けていないのなら、それでいいはずだ。


なのに。


なぜ、こんなにも物足りないのだろう。


無事だと分かった途端、今度は、彼女の顔が見たくなった。


ベルの姿をひと目見ることもできない日が一週間も続くと、エルンハルトはジッとしてられなくなった。


だが会って、何を話す?


特別な用事などない。


それなのに、ベルを呼びたい。


ただ、顔を見て、元気そうな声を聞きたい。


……そんな理由で、彼女を招待してもいいのだろうか。


エルンハルトはしばらく考えた末、執事を呼んだ。


思い切って午後のお茶に招待しようと決心し執事に


「次の週末に午後の茶会を開く。

王都で最高級の紅茶と菓子を手配してくれ。」


命じると、執事はうやうやしく


「承知いたしました。

お客様は何名ですか?」


エルンハルトは躊躇(ためら)った。


会いたいのは、ひとりだけ。


「茶と菓子の準備は、私とゲストの二人分でいい。」


執事は目を丸くし、ほほ笑み、訳(わけ)知り顔でうなずいた。


エルンハルトはさっそく『王女付き侍女ベル・ヴァルナ―殿』と書いた招待状を送った。


王女に気付かれないよう招待状の封筒には差出人の名を書かず、便箋の最後にだけ己の署名を添えて。


お茶会の当日までに、エルンハルトは王都で流行の紳士服を仕立て、当日はパリッとした新品の服に身を包み、いつもは無造作な髪型も整え、ひげを剃り、鏡を何度も見て、女性たちが憧れる『美男』を目指した。


執事に確認すると、目を細め


「旦那様はどこからみても『水も滴(したた)るいい男』でいらっしゃいますよ。」


と言われ安心した。


約束の時刻を過ぎても、ベルは現れなかった。


エルンハルトは時計を見た。


……何か、急な仕事でも入ったのだろうか。


もう少し待とう。


そう思って、紅茶を淹れ直した。


それでも、玄関から足音は聞こえない。


夕方になった。


三度目の紅茶は、すっかり冷めていた。


エルンハルトはカップを見つめた。


……来てくれなかったか。


エルンハルトが大きなため息をつくと、執事が


「何か手違いがあって招待状が届かなかったのかもしれません」


心配そうにつぶやいた。


エルンハルトは気づいた。


いや、待て。


そもそも、ベルは自由に外出できる身分ではない。


王女が招待状を見つけたら?


俺との関係を疑われたら?


もし、彼女が俺に会いに来ようとしたせいで、何か罰を受けていたら?


エルンハルトは立ち上がった。


直接、王宮へ行って確かめたい。


彼女が無事だと分かるまで、落ち着いてなどいられない。


自(みずか)ら会いに行って無事を確かめたい。


そう思い、窓の外を眺めると、秋の長雨がまたシトシト降り始めた。


冬になり気温が下がると寒さが骨に染み入る。


戦場で受けた肩の傷が疼(うず)く。


エルンハルトは執事に命じて薬屋の娘が届けてくれた煎じ薬を飲むことにした。


薬を口に含むと、苦みと同時に、三人の娘たちがこの屋敷を訪れた時のことが脳裏によみがえる。


楽しいひとときが懐かしい。


ベルが鮮やかな推理を披露したときの、あの目の輝き。快活な声。もう一度、あの姿を見たい。あの声を聞きたい。


ぶり返した肩の古傷の痛みが、一瞬和らいだ。


だが招待してもベルは来なかった。


その事実を思い出すと、和らいだはずの肩が、また疼き始めたような気がした。


それ以上に、胸にぽっかりと穴が開いてしまったかのように、エルンハルトは寂しかった。




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