その16『永遠の帰り道』
ベルが考え込んでると門扉の向こうから聞き覚えのある声で
「お~~い!エルンハルト将軍!
僕だよ!
ハリー・ハルマンだ!
僕の学生が迷惑をかけたお詫びにきたんだ!」
執事がすぐに門扉を開け、
ハリーともう一人、黒いローブ姿の十代の青年を招き入れた。
ベルはそれを見て、
「あっ!」
と叫んだ。
銀鉱石でできた石像、
叫び声と同時のパンという破裂音、
近くに落ちていた魔物の大量の体液、
石像破壊と犯人逃亡がごく短時間で行われたこと。
そして魔術学校で教授を務めるハリーさんが連れてきた学生。
それらの手掛かりが、すべて一つの出来事につながった。
ベルは嬉しくなって思わず声を弾ませ
「そちらの学生さんが石像を壊したんですね?
魔物を退治するときに。」
将軍が眉をあげ感心する。
「そうだ。
よくわかったね。
だが魔法が使える学生が石像を壊す理由は?」
ベルは間髪入れず
「『獅子の石像』が銀鉱石でできてたからです!
『銀』は魔物に対して高い攻撃効果を発揮することで有名です。
学生さんは自分の攻撃魔法だけでは魔物にとどめを刺すことができなかった。
だから、魔法で石像を砕いたんです。
その時、パンッ!と石像が砕ける音がしたと思われます。
人の叫び声は、攻撃魔法の呪文を大声で唱えたときの声だったんですね。
そして学生さんは『銀』の含まれる石の破片を飛ばして魔物にぶつけてとどめを刺したんです!
傷ついた魔物から体液が流れ出し、芝生に落ちたんです。」
エルンハルトは拍手しニコニコ顔で
「見事な推理だ!」
ハリーが申し訳なさそうに頭を掻き
「いや~~~真相はその通り。
ほら、ちゃんと将軍に謝るんだ。」
学生を肘でつつくと、学生は一歩前に出て
「空を飛んで逃げる魔物を追いかけて、無断でこのお屋敷の庭に入りました。
その子の言う通り、攻撃魔法だけでは魔物は退治できず、やむなく銀鉱石の石像を壊してしまいました。
申し訳ありませんでした。」
ペコッと頭を下げた。
ハリーは手に持っていた菓子折りのようなものを将軍に差し出し
「これでひとつ許してやってください。
魔物は彼がちゃんと魔術学校まで運んできました。
将軍が怖くて、石像を壊したことを言い出せなかったそうです。」
ペコペコする。
将軍は笑顔で菓子折りを受け取り
「もちろんだ。
あの魔物を倒すなんて将来有望な学生だな!
こちらの手間も省けたし、謝る必要はない!
ハハハッ!」
快活に笑った。
ベルは上機嫌で笑うエルンハルトを見たのは初めてだったので、思わずジッと観察してしまう。
エルンハルトが笑顔のままベルに視線を向ける。
ベルは思わず眉間にしわを寄せ、プイッと目を逸らした。
私って、不機嫌な様子を将軍にわざと見せてる?
怒ってますよアピールしたって無駄かもしれないのに。
謎を全て解決し、将軍邸から引き上げることになった。
ジョアンナ、コニー、ベルが門扉を開けて出ていこうとすると、エルンハルトが耐えきれず大声を出した。
「ベル!待ってくれ!話があるんだ!」
ベルはビックリして飛び上がりそうになった。
大声の不意打ちは心臓に悪い。
でも三人の中で私だけに話があるって何?
ジョアンナとコニーは顔を見合わせ
「じゃ、ベル、お先に帰るわね!」
「将軍、お邪魔しました~~!」
揶揄うようなニヤケた笑顔で手を振って帰っていった。
将軍と二人きりになったベルは何を話していいかわからず、うつむいてしまった。
う~~~ん。気まずい。
早く何か言って!
何でもいいから、将軍の声が聞きたい。
低くて耳の奥に残るようなその声で、私の名前を呼んでほしい。
親しみを込めて。
そんなことを期待している自分に気づき、
ダメダメッ!
甘い希望を持っちゃ!と打ち消した。
『身分の低い侍女を気に入るはずがない』という言葉を思い出し、自分に釘を刺す。
そうよ。
きっと『軍事情報が偽物だったことが王女にバレた』とか、そういう伝達事項よね。
たわいない事務的なこと。
ベルは無理やり余所行きの笑顔を作り
「なんでしょう?エルンハルト将軍。」
仮面のような不自然な笑顔。
エルンハルトが青ざめた顔で
「ベル、俺は何か君の気に障ることをしたのか?」
ベルは張り付いた笑顔のまま
「『身分の低い侍女』に気をお使いになる必要ありません。」
気に障った言葉を強調するようにゆっくり発音した。
エルンハルトは長いため息をついた。
「ディアナ王女との会話を聞いたんだな。
ならわかりきってるだろう?
君と俺が親しい関係だと知れば、王女の君への要求はさらに過酷になる。
王女から君を守るためについた嘘だと、説明しなくてもわかってくれてると思った。」
言い終えると、ベルの反応をチラチラ窺う。
まるでいたずらが見つかって必死で謝る子供みたいに。
ドクンとベルの胸が鳴った。
王女から私を守るため?親しい関係だと知れば……?
ということは、私たちは『親しい関係』なのね!!
ベルは嬉しくて天にも昇りそうだった。
でも表情には出さず、平静を装い
「じゃ、ええっと、その、ありがとうございます。」
ペコッと頭を下げた。
まるでつまらない贈り物を受け取ったみたいに。
表面上の何気ない態度にひきかえベルの心の中は、喜びが兎のように跳ねまわってちょっとしたお祭り騒ぎだった。
は?
私たちの親しい関係って、具体的にはどういう意味?
うそっ!
特別な関係になれるって期待してもいいの?
それって!
将来を誓い合う的な?つまり、そういう関係?
と聞きたいことが次から次へ頭に浮かんだが、口に出す勇気はなかった。
二人の間に沈黙が流れた。
将軍が焦ったように口を開き
「もしまだ時間があれば、お茶でも飲んでいくかい?」
王女の怒った顔がベルの頭に思い浮かび
「いいえ。
早く帰らないと、王女さまに叱られます。」
「では王宮の近くまで歩いて送ろう。」
「いいんですか?
お忙しくないんですか?」
エルンハルトは笑みを浮かべ
「ああ。
ハルマン君の生徒が魔物を片付けてくれたおかげで、時間ができた。
ゆっくり歩こう。」
ベルとエルンハルトは並んで歩き、様々なことを話した。
石像が銀鉱石からできていたと気づいたことや、魔物の体液の臭いを興味深そうに嗅いでいたこと、ヒントから正解を導いたことなど、そういう、知らなかったベルの一面にエルンハルトはいたく感心した。
ベルの推理を大げさに褒め称え
「銀が魔物に致命的だとよく知ってたね!
そして攻撃魔法では倒しきれなかった魔物に、銀鉱石の破片を使ったという推理は見事だった!」
惚れなおしたよ、
という言葉をエルンハルトは飲み込んだ。
ベルはなぜだか、くすぐったくて、むず痒い。
ん~~~~、きっと褒められることに慣れてないせいね。
何だか胸がいっぱい。
幸せってこういうことなのね!
ベルは、たとえ過大評価でも、褒められて認められたことが嬉しかった。
生まれて初めて自分が誇らしい。
エルンハルトと並んで歩くと、
ベルには、いつもとぜんぜん違う風景に見えた。
まるで初めて見る景色のように、すべてが興味深く、楽しげに輝いている。
木々が風に葉を揺らし、ベルに話しかけているように思えた。
「生きるって楽しいでしょ!もっと楽しんで!」って。
将軍の邸宅から、王宮までの歩いて一時間近くかかる道のりを、二人はさらにゆっくり時間をかけた。
限られたこの瞬間を愛するように惜しむように、大切に過ごした。
この道が永遠に続くことを願って―――。




