その14『薬屋での出会い』
将軍の邸宅から戻り、魂が抜けたようなベルを、ディアナは満足そうにこき使った。
「薬屋でこれを買ってきて」
ベルはうなずいた。
ズンと体が重い。
足を引きずるようにしてトボトボ歩く。
街の薬屋にやっとたどり着いた。
棚には乾燥させた草花やキノコがぎっしり並び、天井からは昆虫や小さなトカゲが糸で吊るされていた。
壁際にはラベルの貼られた小瓶が所狭しと並んでいる。
中身は赤や緑の粉末、琥珀色の液体などさまざま。
ハーブのような芳しい匂いと樟脳のような鼻を衝く匂いが、お互い一歩も譲らず充満してた。
見慣れない薬の材料に囲まれて、ベルの沈んでた気分が少し上向きになり店内をキョロキョロ見回した。
ベルがあたりを見回すと先客が目に入った。
上品な身なりの令嬢が小瓶を手に取り、ラベルを一つ一つ確かめながら独り言を呟いていた。
ベルはカウンター越しに店の娘に
「xxx草と○○〇薬をください」
「はい。少々お待ちくださいね」
同時に先客の令嬢が小瓶を手に取り
「ね、これってxx病の治療薬に使えるかしら?」
店の娘が令嬢に
「xx病に?
さぁ?
試した人はいないんじゃないかしら?
でもジョアンナさんほどの治療師なら使いこなせそうですね。」
ジョアンナ嬢は考え込む。
「う~~~~ん。
どうだろう?
体内から病原を除去するのに使えると思うんだけどな~~~」
ベルは二人の会話を邪魔しないよう黙り込んでた。
店の娘がベルに気付いて申し訳なさそうに
「あ、ごめんなさい。
ご注文は…xxx草と○○〇薬ですね。
奥からとってきますのでお待ちください。」
奥へ引っ込んだ。
ベルは手持無沙汰になる。
ズラッと並ぶ小瓶を手に取ってみた。
ラベルを読んでみるけどサッパリわからない。
ジョアンナ嬢が
「ね、その薬は媚薬を合成するときに使うのよ!
興味ある?」
「え?そうなんですか?
私全然知らなくて。」
「フフフッ……!
欲しいときは言ってくれれば作ってあげる!
初回はお試しで無料よ!」
「あ、ありがとう、ございます。」
ジョアンナ嬢がベルをジッと見つめ首をかしげた。
「あなた…どこかで見たことがある。
あっ!エルンハルト将軍の祝賀パーティね?
将軍が大声で呼び止めてた人でしょ?
あの有名なベルさんよね?」
ギクッとした。
陰口も聞かれた…よね?きっと。
怖れと恥ずかしさで身がすくんだ。
ベルが黙っていると、ジョアンナ嬢は戸惑ったように
「あ、陰口を気にしてる?
私ああいうのって全部嘘だと思ってるから!」
「……え?」
「だって~~言いたい人が言いたいように言ってるだけで、事実とは全然違うでしょ?
私なんて『聖女』とか言われてるけど、あれも困りものなのよ」
「困りもの?」
「聖女なんだから、誰でも無料で治療してくれるはずだとか、絶対に治してくれるはずだとか……。勝手に期待されて、失敗したらがっかりされるのよ」
「…でも、病気を治してもらったら私も感謝すると思う。
『聖女さま、ありがとうございます!』って」
「う~~~ん。
感謝してもらえるのは嬉しいわ。でもね、私だって何でも治せるわけじゃないのよ?」
ジョアンナは小さく肩をすくめた。
ベルは素直に羨ましかった。
周囲の人々に賞賛され愛されてるジョアンナのことが。
「羨ましいです。ジョアンナさんが。」
ベルが呟くと
「えぇ~~~!だって~~~!失敗できないのよ!プレッシャーが凄いのよぉ~~!」
困ったように微笑むジョアンナは美しかった。
プラチナブロンドのサラサラの長い髪に、エメラルド色のつぶらな瞳。
回復魔法も薬も使いこなし、皆に必要とされる人。
こんなに完璧な人でも周囲の期待に苦しんでる。
ベルには、少し意外だった。
ちょうどそのとき
「お待たせしました」
店の娘がベルの注文した薬を持ってきた。
ベルが受け取ると、娘がジョアンナに話しかける。
「これからエルンハルト将軍の家に薬を届けるの!」
ドキンッ!ベルの胸が躍った。
「私がお届けにあがるの!
フフフッ!いいでしょ?
憧れの将軍の家に!!
将軍の美しい姿を思う存分、目に焼き付けるわ!!」
ジョアンナが目を細め疑わしそうに
「え~~~無理よ!
多分執事が出てきて薬を受け取って終わり、よ!」
「いやっ!そんなのっ!
将軍にひと目お会いしたいの!
すると将軍はぜったい私に一目ぼれするわ!
でゆくゆくは『運命の人だ!俺と結婚してくれ!』って言ってくれるのよっ!」
ベルはエルンハルトの笑顔を思い出した。
その瞬間、悲しみに襲われた。
――私はコニーのように、遠くから憧れることすらできない。
ジョアンナが楽し気に
「コニーさんは将軍の恋人になりたいの?
生真面目で堅物の『戦にしか興味がない軍人』で、優しくも面白くもなさそうだけど?」
優しい笑顔。
温かい手のひら。
エルンハルトを思い出すと、ベルは胸が苦しくなった。
その場から逃げ出そうと
「お薬ありがとう!また来ますね!」
そう告げて店を出ようとするとジョアンナが
「あっ!そうだ!
コニーさんは薬を届けに将軍のお宅へ行くんでしょ?
ベルさん、私たちも行きましょう!
ベルさんは将軍とお知り合いなのよね?」
驚いてベルは振り返った。
「…え?」
「ベルさんと行けば将軍が会ってくれるかも!」
楽しそうに提案する。
店の娘・コニーも興奮して黄色い声で
「きゃっ!そうなんだっ!じゃ決定っ!!
ね、ベルさん?いいでしょ?」
首をかしげ、ねだるような仕草。
ベルはため息をついた。
頼みを断れない自分を恨みつつ
「あの…会ってくれる保証はないですけど、それでもいいなら」
二人はウンウンウンウン!!と首がちぎれるほど頷いた。




