その11『祝賀パーティの夜』
ベルは最近ディアナ王女がソワソワしてることに気付いた。
「新しいパーティドレスを仕立てるわよ!
王都で最先端のドレスを仕立てるクチュリエを呼んで頂戴!」
そうして煌びやかなドレスを仕立てた。
ベルが同僚の侍女に理由を聞くと
「知らないの?エルンハルト将軍が国境から帰ってくるのよ!
もうすぐその祝賀パーティが開かれるの!」
ベルも落ち着かなくなった。
もうすぐ将軍に会える!
想像するだけで鼓動が速くなった。
そのパーティの日がやってきた。
王宮の大広間は百人を超える王侯貴族たちを迎え、磨き上げられた床やシャンデリアの灯りがきらめいている。
ベルは朝から何度も鏡を見た。
化粧が濃すぎないか、後ろでお団子にまとめた髪の毛が乱れてないか、服やエプロンが汚れてないか。
念入りにチェックした。
ディアナ王女は、ざっくりと胸元の開いた流行最先端の紫のイブニングドレスに、結い上げた金髪を飾る胡蝶蘭の髪飾り。
宝石のような青い瞳に陶器のような白い肌。
華やかに着飾った貴族たちの中にいても、際立つ美しさだった。
「化粧直して!」
「鏡!」
「飲み物!」
「メモをxxさんに届けて」
など様々な命令をベルに与える。
ベルは忙しく動き回っていた。
王室執事の声が響いた。
「皆さん、五年間、国境警備の任につき、幾たびもの敵国の攻撃から我が国を守り通してくださった、エルンハルト将軍の到着です!
輝かしい偉大な武功をたたえましょう。
盛大な拍手でお迎えください。」
正式な晩餐会用の華麗な服装に身を包んだ、上流階級の人々がざわめき、盛大な拍手が鳴り響いた。
王と王妃は一段高い壇上の豪華な椅子から立ち上がり将軍を迎えた。
その背後には王家の紋章つきのタペストリー。
人垣が分かれ大広間の正面玄関へ続く道ができた。
その間を堂々とした足取りで進む、厳粛かつ華やかな軍服を身に着けた、逞しい男性。
数週間ぶりのエルンハルト将軍の姿だった。
ベルは思わず息を呑んだ。
無精ひげを剃った肌は浅黒く艶めき、漆黒の髪を後ろになでつけむき出しになった形のいい額は、凛々しさを引き立てる。
整った顔立ちの、眉と彫りの深い目元は特に美しい。
深い赤の軍服の、鍛え上げられた胸は、数々の武功を示す勲章で埋め尽くされていた。
軍帽を胸に抱えたまま進み、王様の目の前で立ち止まると、優雅な仕草でお辞儀し礼を述べた。
王様と王妃様への挨拶が済むと、将軍は立ち並ぶ王子・王女様たちのところへやってきて一人ずつ言葉を交わす。
粗野で無骨な将軍から、しなやかで華麗な社交界の若獅子へ。
あまりの変貌ぶりにベルは夢見心地で見とれた。
王女の後ろにいるベルと目が合うと、将軍は自然と顔がほころんだ。
トクン!とベルの心が跳ねた。
王女がいつもより上ずった声で
「エルンハルト将軍、長年の国境警備ご苦労様です」
将軍はそこではじめて王女に気付いたように眉を上げた。
大げさな仕草でお辞儀する。
「これは、ディアナ王女殿下。ご機嫌麗しゅうございます。」
「以後はずっと王都にいらっしゃるの?」
「いいえ。ひと月ほど王都に滞在し、また国境の砦に戻ります」
「あら、じゃあ都に残される恋人はお気の毒ね。寂しいでしょうね?」
将軍はベルに素早く視線を走らせ、王女に戻した。
「いいえ。恋人はおりませんので。」
王女の顔がぱっと明るくなり、ウキウキした弾んだ声で
「そう!でしたら昔のようにダンスの相手をしてくださいな!」
「かしこまりました。昔、王女殿下にダンスを教えていただいたご恩は忘れておりません。」
将軍は礼儀正しく一礼した。
ベルは気持ちが沈んだ。
俯くと地味な侍女服とエプロンが目に入った。
ディアナ王女の最先端の華やかなドレスと比べ、なんてみすぼらしいんだろう―――
将軍と二人で並んで立つ姿は、見目麗しい上流階級のお似合いの男女。
昔からの知り合いなのだろう。二人の間には、私の知らない思い出がいくつもあるに違いない。
王女が将軍をダンスに誘う。
将軍が王女の手を取る姿を想像しただけで、胸の奥がちくりと痛んだ。
……何を考えているの、私は。
王女は美しく、気品があり、誰からも敬われている。将軍の隣に立っても、誰も不思議には思わないだろう。
それに比べて私は、悪い噂ばかりの侍女だ。
二人がお似合いなのは、考えるまでもない。
それなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。
ベルは今すぐ逃げ出したくなった。
「冷え込みますので、羽織るものを取ってきます!」
そう告げて立ち去った。
大広間の人込みをかき分け出口に向かった。
後ろからエルンハルトの大声がする。
「ベル殿!
ベル・ヴァルナー殿!
待ってくれ!
部屋に忘れて行った手袋と髪留めを持ってきた!」
はぁっ??!!
な、何を大声でっ!!
『部屋に忘れた』っって何っっ!!
勘違いされるでしょっ!!
ベルは立ち止まり周囲を見回した。
エルンハルトを通すため人々が道を開ける。
同時にざわめきとヒソヒソ声。
「ベルってあの?」
「そうよ。アルバ侯爵の」
「今度はエルンハルト将軍なの?」
「あの結婚詐欺のアバズレ?」
「嘘でしょ!将軍が騙されるなんて」
「禁書窃盗もそうだって」
「あきれたものね」
「嘆かわしい!社交界の風紀が乱れるわ!」
「迷惑よね。王女様はどういうおつもりかしら?」
陰口がグサグサ刺さる。
でも本当に怖いのは、将軍に聞かれること。
そして軽蔑されること。
全身が震えそうになる。
将軍が近づいてくる。
「ベル殿!」
呼びかけられた瞬間、ベルは逃げ出していた。




