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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ01】 画面の向こうへもう一度

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9/23

【配信9日目】 推しとタイマン。ここだけは負けたくない 【nemui/月乃ほしな/月杜しおり】

 顔を出す前に、撃たれた場所を変えた。


 壁に沿って、左へ。


 さっきまで頭のあったところを、もう一発が叩く。


 重い銃声だった。


 彼女の配信で、何度も聞いた音。


 M24。


 当たった相手が慌てて隠れるところを、いつもは笑って見ていた。


 今日は、僕が慌てている。


 あまり笑えなかった。


 小屋の左側へ、視線を通す。


 奥の壁。その端に、長い銃身が見えた。


 僕はライフルを上げ、短く撃った。


 相手が引く。


 こちらも、すぐに戻る。


 当たっていない。


 ただ、僕のいる場所は見せられた。


 壁の左端から顔を出して、撃って、引いた。


 追ってくるなら、小屋の左側。


 そのまま手前へ寄ってきたところを、右の切れ目から横に撃つ。


 今の壁の並びなら、それができる。


 昔、よく使った形だった。


 真正面で相手より早く撃つより、一度こちらを探してもらう方が楽だった。


 僕は身を低くしたまま、右へ移った。


 切れ目の手前で止まる。


 照準は、小屋の左角。


 少しだけ、身体を出した。


 画面が、赤くなった。


 音より先に、体力が削れたように見えた。


 僕は壁へ戻った。


 右。


 撃ってきたのは、小屋の右側だった。


「……そっち?」


 思わず、声が出る。


 彼女は追ってこなかった。


 僕が姿を見せた方へ近づく代わりに、反対側の壁へ移っていた。


 そして、こっちを見ていた。


 僕が次に、身体を出す場所を。


 戻りながら、ほんの一瞬だけ見えた銃口を思い出す。


 こちらへ向き直ったのではなかった。


 最初から、そこへ向いていた。


 削れた体力を見る。


 もう一度、同じことをしたら死ぬ。


 それは、とても分かりやすかった。


     *


 ――大会公式配信。


『当たった』


 ほしなが、小さく言った。


 スコープが下がる。


 壁の切れ目には、もう誰もいない。


『いま、右から出てきましたね。ほしなちゃんは、そちらを見ていました』


 しおりが伝えた。


『うん。左は、一回見せたから……』


 ほしなの言葉が、そこで少し途切れた。


 照準は、動かなかった。


『……戻るのも、早いな』


〈今の当てるか〉

〈ねむいさん生きてる?〉

〈この距離でM24こわ〉


『ねむいさん、頑張ってという声も多いですね』


 しおりが、応援のコメントを拾った。


『さっきから、うちのリスナーが敵を応援してる!』


 ほしなの声が、いつもの高さへ戻った。


『ほしなちゃんとお話ししたくて、参加された方ですから』


『それは、うれしいんですけど!』


〈ほしなもがんばれ〉

〈いい試合見たい〉

〈賞品ほしい気持ちわかるんだよ〉


『賞品、もうちょっと優しくしてって書いてありますよ』


『賞品にも勝ちたい気持ちがあるんだよ!』


 言いながら、長い銃をしまった。


 手にしたのは、サブマシンガン。


 壁の陰を、少しずつ前へ進む。


『それに、この人――』


 小屋の向こうで、銃が鳴った。


 ほしなが、すぐに足を止めた。


『ほら。まだ、全然やる気だよ』


     *


 壁の右寄りで身体を起こし、僕はもう一度撃った。


 さっきの切れ目へは出ず、壁の上から銃を向ける。


 狙ったのは、ほしなが移動していた、奥の壁の右側。


 角で破片が散る。


 彼女が引いた。


 その間に、僕は小屋へ走った。


 手前の壁から、ポンプ小屋までは数歩ある。


 間を横切るときだけ、身体が出る。


 そこを撃たれたら、終わる。


 床を見る余裕はなかった。


 小屋の角だけを見て、指を押し続けた。


 背中側で、連射が始まった。


 地面で弾が跳ねる。


 小屋の壁へ、滑り込む。


 コンクリートが、視界の半分を塞いだ。


 体力は、減っていない。


 そこでようやく、息を吸えた。


 さっきの一発をもらった場所には、もういなかった。


 小屋の手前側へ、背中を寄せる。


 相手との間に、今度は建物が一つある。


 僕は包帯を使った。


 画面の手が動いている間も、耳だけは休まなかった。


 右から来るか。


 左を回るか。


 少なくとも、壁を通り抜けては来ない。


 それだけで、さっきより考えることが減った。


 二枚目を使い終える頃、向こうで靴音がした。


 右側。


 続きの回復はやめた。


 ライフルを持つ。


 小屋の右角から、少し離れる。


 追いかけてこなかった人が、今度は来る。


 こちらを削って、回復に使う時間まで取ったから。


 やりたいことが、よく分かった。


 分かることと、止められることは、別だった。


 右の角に、銃が見えた。


 撃つ。


 向こうも撃った。


 僕の照準が、少し上へ跳ねる。


 抑える。


 命中。


 画面の赤い縁の向こうで、相手も壁へ引いた。


 僕は撃つのをやめ、左へずれた。


 同じところに、もう一度立たない。


 弾を込め直す。


 向こうも、角からは出てこなかった。


 当てられた。


 ただし、僕も当てた。


 さっきまでのように、一方的に顔を伏せているだけではなかった。


 口の端が、少し上がった。


 好きな人を撃てて喜ぶのは、普段の生活ならかなり問題がある。


 今だけは、許してほしかった。


     *


『いった!』


 ほしなが、壁の陰へ戻った。


 減った体力。


 画面には、小屋の角が大きく映っている。


『今の、ちゃんと当ててくるんだ』


 驚いたような声だった。


 続いて、小さく笑う。


『いいね』


〈楽しそう〉

〈ねむいさんやるな〉

〈今の撃ち返せるのか〉


 ほしなは小屋の側面に沿って、少しだけ後ろへ下がった。


 そこから手前の角へ銃を向けたまま、しゃがむ。


 しおりの声が、ゆっくり重なった。


『二人とも、すぐには出ませんね』


『向こうも当たってる。でも、次に同じところから来るかは分かんない』


 ほしなは、そう言ってから黙った。


 ゲームの音が、よく聞こえるようになった。


 小さな水の音。


 遠くで、区域の境界が近づいてくる音。


 画面の中の銃が、角へ向いたまま揺れている。


〈ドキドキする〉

〈どっちもがんばれ〉


 しおりも、それ以上は言葉を重ねなかった。


 次の区域が閉じ始めるまで、あと四十秒。


     *


 僕は小屋の壁に背を寄せ、三枚目の包帯を巻いていた。


 さっきまで隠れていた低い壁が、少し離れた場所に見える。


 もう、あそこへ戻りたいとは思わなかった。


 同じ切れ目を、同じ銃が見ている。


 そう考えた方がよかった。


 回復の表示が消える。


 満タンには、届いていない。


 さっきの撃ち合いで減った分は、いくらか戻せた。


 地図を、短く開く。


 小さな円が、ポンプ小屋の奥側へ寄っていた。


 ここも、いずれ外になる。


 小屋の左側を通るか。


 右側で、ほしなと撃ち合うか。


 右のさらに外には、排水路がある。


 その入口へ下りるまでの数歩は、今の彼女から見える。


 それなら、見えない数秒を作るしかない。


 手元に残っている煙幕を、選びかけた。


 指が止まる。


 投げてから、どこへ行く。


 煙が出たから安心して走る。


 それを、彼女が待ってくれるだろうか。


 僕は、地図を閉じた。


 さっき、左を見せて、右へ回った。


 ほしなは、僕が見せた場所を追ってこなかった。


 次に身体を出せる場所を、先に見ていた。


 ただ隠れただけなら、その先でも同じことになる。


 彼女は強い。


 反応も、照準も、今の僕よりずっと安定している。


 でも、それだけの人ではなかった。


 銃声が止まっている間に、次の場所を取りにいく。


 相手が隠れたら、その陰の向こうへ銃を向ける。


 配信では、そこを何度も見ていた。


 仕事から帰って、夕飯を食べながら。


 洗濯機が止まっているのを知っていて、あと一戦だけと椅子を離れずに。


 負けて悔しがるところも、勝ったあとに喋りすぎて次の準備を忘れるところも、見てきた。


 ほしなの画面に煙が広がると、僕はその向こうを見ようとしていた。


 彼女は、その間に別の角へ向かっていることが多かった。


『ここ、待つより先に動いちゃおう』


 ヘッドホンから、その声がしたわけではない。


 何度も聞いた言葉を、思い出しただけだった。


 目の前の画面で、残り時間が二十秒を切った。


 僕は、もう一度、小屋の形を見た。


 右側にいる彼女が、そのまま待っていれば、次の円へ入るときにこちらと鉢合わせる。


 僕を待つか。


 先に奥へ進み、出口を押さえるか。


 ほしななら、後者を選びそうだった。


 好きな配信を思い出しただけで、居場所が分かるわけではない。


 今の試合でも、彼女は二度、先へ動いていた。


 だから、その動きに賭ける。


 排水路は、小屋の右を通り、奥の壁の下へ続いている。


 入口も、上がれる場所も、さっき見た。


 彼女が小屋に沿って奥へ回るなら、僕は壁の下を通る。


 向こうが出口を見ようとする、その前に。


 読みが外れたら、水路の出口で撃たれて終わる。


 煙幕も、もう残らない。


 研究会で、こういう攻め方を言い出すたびに、無茶だと笑われた。


 そのくせ、左階段から本当に入ってくれる人がいた。


 見せる役と、入る役。


 あの頃は、二人で一つの形だった。


 今日は、煙に見せる役をやってもらう。


 入るのは、僕だ。


 胸の奥が、熱くなった。


 昔のゲームでは、毎日、勝つために相手の映像を見ていた。


 ほしなの配信は、明日も仕事へ行けるくらいには笑いたくて、見ていた。


 その時間まで、今は手元にあった。


 見ていてよかった。


 そう思ってから、少し笑った。


 見ていた理由を話したら、きっと、いつもの声でお礼を言ってくれる。


 今そのせいで負けたと言ったら、たぶん、もっと大きな声で悔しがる。


 そっちも、聞いてみたかった。


 僕は煙幕を持った。


     *


 ほしなの画面で、小屋の手前から小さな物が飛んだ。


 右の角と、排水路の入口の間。


 地面を跳ね、止まる。


『煙か』


 白いものが、足元から広がった。


 壁の切れ目が隠れる。


 小屋の角も、見えなくなる。


 ほしなは、すぐには撃たなかった。


 照準を煙の端へ置き、短く待つ。


 人影は、出てこない。


『移動するつもりかな』


 言葉は、独り言ほどの大きさだった。


 しおりが、小さく息を吸った。


『次の区域が、閉じ始めます』


 同じ案内が、ゲーム画面にも出る。


 ほしなの視点が、白い煙から外れた。


 小屋の奥。


 次に身を隠せる壁。


 銃を持ったまま、足が動いた。


     *


 最後の煙幕が、向こうの壁を隠した。


 僕は、煙の真ん中へは走らなかった。


 白くなった端を使って、右へ。


 崩れたコンクリートの縁へ、足を下ろす。


 浅い水が、小さく鳴った。


 しゃがむと、水路の縁と、その上の低い壁に視界が遮られた。


 立てば見える。


 低く進めば、向こうからは見えない。


 僕はライフルを持ち直し、水路の奥へ向いた。


 煙幕は、もうない。


 戻るために、使ったのではなかった。


 残り二人。


 今度は僕の方から、距離を詰めた。


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