【配信9日目】 推しとタイマン。ここだけは負けたくない 【nemui/月乃ほしな/月杜しおり】
顔を出す前に、撃たれた場所を変えた。
壁に沿って、左へ。
さっきまで頭のあったところを、もう一発が叩く。
重い銃声だった。
彼女の配信で、何度も聞いた音。
M24。
当たった相手が慌てて隠れるところを、いつもは笑って見ていた。
今日は、僕が慌てている。
あまり笑えなかった。
小屋の左側へ、視線を通す。
奥の壁。その端に、長い銃身が見えた。
僕はライフルを上げ、短く撃った。
相手が引く。
こちらも、すぐに戻る。
当たっていない。
ただ、僕のいる場所は見せられた。
壁の左端から顔を出して、撃って、引いた。
追ってくるなら、小屋の左側。
そのまま手前へ寄ってきたところを、右の切れ目から横に撃つ。
今の壁の並びなら、それができる。
昔、よく使った形だった。
真正面で相手より早く撃つより、一度こちらを探してもらう方が楽だった。
僕は身を低くしたまま、右へ移った。
切れ目の手前で止まる。
照準は、小屋の左角。
少しだけ、身体を出した。
画面が、赤くなった。
音より先に、体力が削れたように見えた。
僕は壁へ戻った。
右。
撃ってきたのは、小屋の右側だった。
「……そっち?」
思わず、声が出る。
彼女は追ってこなかった。
僕が姿を見せた方へ近づく代わりに、反対側の壁へ移っていた。
そして、こっちを見ていた。
僕が次に、身体を出す場所を。
戻りながら、ほんの一瞬だけ見えた銃口を思い出す。
こちらへ向き直ったのではなかった。
最初から、そこへ向いていた。
削れた体力を見る。
もう一度、同じことをしたら死ぬ。
それは、とても分かりやすかった。
*
――大会公式配信。
『当たった』
ほしなが、小さく言った。
スコープが下がる。
壁の切れ目には、もう誰もいない。
『いま、右から出てきましたね。ほしなちゃんは、そちらを見ていました』
しおりが伝えた。
『うん。左は、一回見せたから……』
ほしなの言葉が、そこで少し途切れた。
照準は、動かなかった。
『……戻るのも、早いな』
〈今の当てるか〉
〈ねむいさん生きてる?〉
〈この距離でM24こわ〉
『ねむいさん、頑張ってという声も多いですね』
しおりが、応援のコメントを拾った。
『さっきから、うちのリスナーが敵を応援してる!』
ほしなの声が、いつもの高さへ戻った。
『ほしなちゃんとお話ししたくて、参加された方ですから』
『それは、うれしいんですけど!』
〈ほしなもがんばれ〉
〈いい試合見たい〉
〈賞品ほしい気持ちわかるんだよ〉
『賞品、もうちょっと優しくしてって書いてありますよ』
『賞品にも勝ちたい気持ちがあるんだよ!』
言いながら、長い銃をしまった。
手にしたのは、サブマシンガン。
壁の陰を、少しずつ前へ進む。
『それに、この人――』
小屋の向こうで、銃が鳴った。
ほしなが、すぐに足を止めた。
『ほら。まだ、全然やる気だよ』
*
壁の右寄りで身体を起こし、僕はもう一度撃った。
さっきの切れ目へは出ず、壁の上から銃を向ける。
狙ったのは、ほしなが移動していた、奥の壁の右側。
角で破片が散る。
彼女が引いた。
その間に、僕は小屋へ走った。
手前の壁から、ポンプ小屋までは数歩ある。
間を横切るときだけ、身体が出る。
そこを撃たれたら、終わる。
床を見る余裕はなかった。
小屋の角だけを見て、指を押し続けた。
背中側で、連射が始まった。
地面で弾が跳ねる。
小屋の壁へ、滑り込む。
コンクリートが、視界の半分を塞いだ。
体力は、減っていない。
そこでようやく、息を吸えた。
さっきの一発をもらった場所には、もういなかった。
小屋の手前側へ、背中を寄せる。
相手との間に、今度は建物が一つある。
僕は包帯を使った。
画面の手が動いている間も、耳だけは休まなかった。
右から来るか。
左を回るか。
少なくとも、壁を通り抜けては来ない。
それだけで、さっきより考えることが減った。
二枚目を使い終える頃、向こうで靴音がした。
右側。
続きの回復はやめた。
ライフルを持つ。
小屋の右角から、少し離れる。
追いかけてこなかった人が、今度は来る。
こちらを削って、回復に使う時間まで取ったから。
やりたいことが、よく分かった。
分かることと、止められることは、別だった。
右の角に、銃が見えた。
撃つ。
向こうも撃った。
僕の照準が、少し上へ跳ねる。
抑える。
命中。
画面の赤い縁の向こうで、相手も壁へ引いた。
僕は撃つのをやめ、左へずれた。
同じところに、もう一度立たない。
弾を込め直す。
向こうも、角からは出てこなかった。
当てられた。
ただし、僕も当てた。
さっきまでのように、一方的に顔を伏せているだけではなかった。
口の端が、少し上がった。
好きな人を撃てて喜ぶのは、普段の生活ならかなり問題がある。
今だけは、許してほしかった。
*
『いった!』
ほしなが、壁の陰へ戻った。
減った体力。
画面には、小屋の角が大きく映っている。
『今の、ちゃんと当ててくるんだ』
驚いたような声だった。
続いて、小さく笑う。
『いいね』
〈楽しそう〉
〈ねむいさんやるな〉
〈今の撃ち返せるのか〉
ほしなは小屋の側面に沿って、少しだけ後ろへ下がった。
そこから手前の角へ銃を向けたまま、しゃがむ。
しおりの声が、ゆっくり重なった。
『二人とも、すぐには出ませんね』
『向こうも当たってる。でも、次に同じところから来るかは分かんない』
ほしなは、そう言ってから黙った。
ゲームの音が、よく聞こえるようになった。
小さな水の音。
遠くで、区域の境界が近づいてくる音。
画面の中の銃が、角へ向いたまま揺れている。
〈ドキドキする〉
〈どっちもがんばれ〉
しおりも、それ以上は言葉を重ねなかった。
次の区域が閉じ始めるまで、あと四十秒。
*
僕は小屋の壁に背を寄せ、三枚目の包帯を巻いていた。
さっきまで隠れていた低い壁が、少し離れた場所に見える。
もう、あそこへ戻りたいとは思わなかった。
同じ切れ目を、同じ銃が見ている。
そう考えた方がよかった。
回復の表示が消える。
満タンには、届いていない。
さっきの撃ち合いで減った分は、いくらか戻せた。
地図を、短く開く。
小さな円が、ポンプ小屋の奥側へ寄っていた。
ここも、いずれ外になる。
小屋の左側を通るか。
右側で、ほしなと撃ち合うか。
右のさらに外には、排水路がある。
その入口へ下りるまでの数歩は、今の彼女から見える。
それなら、見えない数秒を作るしかない。
手元に残っている煙幕を、選びかけた。
指が止まる。
投げてから、どこへ行く。
煙が出たから安心して走る。
それを、彼女が待ってくれるだろうか。
僕は、地図を閉じた。
さっき、左を見せて、右へ回った。
ほしなは、僕が見せた場所を追ってこなかった。
次に身体を出せる場所を、先に見ていた。
ただ隠れただけなら、その先でも同じことになる。
彼女は強い。
反応も、照準も、今の僕よりずっと安定している。
でも、それだけの人ではなかった。
銃声が止まっている間に、次の場所を取りにいく。
相手が隠れたら、その陰の向こうへ銃を向ける。
配信では、そこを何度も見ていた。
仕事から帰って、夕飯を食べながら。
洗濯機が止まっているのを知っていて、あと一戦だけと椅子を離れずに。
負けて悔しがるところも、勝ったあとに喋りすぎて次の準備を忘れるところも、見てきた。
ほしなの画面に煙が広がると、僕はその向こうを見ようとしていた。
彼女は、その間に別の角へ向かっていることが多かった。
『ここ、待つより先に動いちゃおう』
ヘッドホンから、その声がしたわけではない。
何度も聞いた言葉を、思い出しただけだった。
目の前の画面で、残り時間が二十秒を切った。
僕は、もう一度、小屋の形を見た。
右側にいる彼女が、そのまま待っていれば、次の円へ入るときにこちらと鉢合わせる。
僕を待つか。
先に奥へ進み、出口を押さえるか。
ほしななら、後者を選びそうだった。
好きな配信を思い出しただけで、居場所が分かるわけではない。
今の試合でも、彼女は二度、先へ動いていた。
だから、その動きに賭ける。
排水路は、小屋の右を通り、奥の壁の下へ続いている。
入口も、上がれる場所も、さっき見た。
彼女が小屋に沿って奥へ回るなら、僕は壁の下を通る。
向こうが出口を見ようとする、その前に。
読みが外れたら、水路の出口で撃たれて終わる。
煙幕も、もう残らない。
研究会で、こういう攻め方を言い出すたびに、無茶だと笑われた。
そのくせ、左階段から本当に入ってくれる人がいた。
見せる役と、入る役。
あの頃は、二人で一つの形だった。
今日は、煙に見せる役をやってもらう。
入るのは、僕だ。
胸の奥が、熱くなった。
昔のゲームでは、毎日、勝つために相手の映像を見ていた。
ほしなの配信は、明日も仕事へ行けるくらいには笑いたくて、見ていた。
その時間まで、今は手元にあった。
見ていてよかった。
そう思ってから、少し笑った。
見ていた理由を話したら、きっと、いつもの声でお礼を言ってくれる。
今そのせいで負けたと言ったら、たぶん、もっと大きな声で悔しがる。
そっちも、聞いてみたかった。
僕は煙幕を持った。
*
ほしなの画面で、小屋の手前から小さな物が飛んだ。
右の角と、排水路の入口の間。
地面を跳ね、止まる。
『煙か』
白いものが、足元から広がった。
壁の切れ目が隠れる。
小屋の角も、見えなくなる。
ほしなは、すぐには撃たなかった。
照準を煙の端へ置き、短く待つ。
人影は、出てこない。
『移動するつもりかな』
言葉は、独り言ほどの大きさだった。
しおりが、小さく息を吸った。
『次の区域が、閉じ始めます』
同じ案内が、ゲーム画面にも出る。
ほしなの視点が、白い煙から外れた。
小屋の奥。
次に身を隠せる壁。
銃を持ったまま、足が動いた。
*
最後の煙幕が、向こうの壁を隠した。
僕は、煙の真ん中へは走らなかった。
白くなった端を使って、右へ。
崩れたコンクリートの縁へ、足を下ろす。
浅い水が、小さく鳴った。
しゃがむと、水路の縁と、その上の低い壁に視界が遮られた。
立てば見える。
低く進めば、向こうからは見えない。
僕はライフルを持ち直し、水路の奥へ向いた。
煙幕は、もうない。
戻るために、使ったのではなかった。
残り二人。
今度は僕の方から、距離を詰めた。




