【配信8日目】 残り五人! シークレットゲスト、そろそろ出番です 【nemui/月乃ほしな/月杜しおり】
壁の角から、銃身が出た。
僕は足を止め、先に撃った。
こちらへ回り込もうとしていた相手が、反射的に引く。
照準を、頭のあった場所へ残した。
すぐには出てこない。
代わりに、壁の向こうで足音が走った。
小屋へ向かうつもりだ。
僕は壁の切れ目へ進み、向こう側を見た。
低いコンクリートの壁と、ポンプ小屋の間。
遮るもののない数歩を、相手が駆けている。
僕に気づき、身体を横へ流しながら撃ってきた。
頬のそばで、壁が欠ける。
銃声に指を止めず、その動きを追った。
小屋の角へ入る前に、相手が倒れた。
残り九人。
本戦で、四人目だった。
僕は壁の陰へ戻って、弾を込め直した。
耳に入ってくる音を、一つずつ確かめる。
別の足音はない。
ただ、少し離れた場所で、短い射撃が続いていた。
二発。
少し空いて、また二発。
見覚えのある名前が、画面の端に出る。
HATCH。
残り八人。
僕はその通知から目を離し、区画の中へ入った。
中央に、平たい屋根のポンプ小屋。
その手前と奥に、低い壁が何本か並んでいる。しゃがめば隠れられるけれど、壁と壁の間を渡るときには身体が出る。
右手には、さっき外から見た排水路が続いていた。
細い水の流れ。その両脇の、湿ったコンクリート。
小屋の脇を通り、奥の壁の下へ抜けている。
手前は縁が崩れていて、そこからなら下りられそうだった。向こう側にも、上がれる浅い傾斜が見える。
僕はそこまで確かめ、小屋へは入らず、手前の壁へ身を寄せた。
煙幕は、一つ。
まだ使わない。
残り七人になったのは、その直後だった。
ここからは見えない場所で、誰かが倒れた。
次の安全区域は、今いる区画と、その奥のタンクまで。
もう、遠くへ逃げていく余地はない。
銃声が近づく。
nanahoshiの名前が出て、六人。
その数秒後、HATCHの名前が、もう一度出た。
五人。
予選なら、ここで肩から力を抜けた。
今日は、銃を持ち直した。
そのとき、画面の上端に、見慣れない案内が現れた。
*
――大会公式配信。
『残り五名になりました』
しおりが伝えた。
観戦画面は、タンクの土台に身を隠しているnanahoshiの視点へ切り替わる。
しおりは、いつもより少しだけ声を弾ませた。
『それでは、お待たせしました。ここで、シークレットゲストの発表です』
〈きた〉
〈誰だ〉
〈まだ残ってるのか〉
『ほしなちゃん、ご紹介をお願いできますか?』
『はいっ!』
ほしなのアバターが、勢いよく揺れた。
『本日のシークレットゲストは――』
ひと呼吸。
『リプライン所属、月乃ほしなです! ほしなでーす!』
画面の参加名の横に、月乃ほしなの立ち絵が加わった。
nanahoshi。
月乃ほしな。
二つの名前が、同じ選手へつながった。
〈お前かーい!〉
〈やっぱりw〉
〈え、ずっとやってたの?〉
〈待って普通に喋ってたじゃん〉
『最初からいました! みんなと一緒に降りて、一緒に走って、一緒に撃ってました!』
『はい。試合の開始から、通常の参加者と同じ条件でプレイしていました』
しおりはそこで、少し丁寧な口調になった。
『ここは、きちんとご説明しますね。ほしなちゃんが見ていたのは、最初から自分のプレイ画面だけです。他の選手の観戦映像は見えていません』
画面の端に、短い補足が表示される。
『私の声も、ほしなちゃんの視点を実況しているときや、位置情報を含まない会話だけ届くようになっています。他の選手の居場所が分かる実況や、そうした視聴者コメントは届きません。このあとも同じです』
〈なるほど〉
〈それでしおりんメインだったのね〉
〈自分の画面の解説してたのかw〉
『そう! だから、車の着地もちゃんと見てたよ!』
『「上手でしたね」って、褒めていましたね』
『上手だったから!』
ほしなは、そこだけは譲らなかった。
〈自己評価正確〉
〈あのよしっ!そういうことか〉
〈M24好きって言ってたの本人じゃん〉
『気づいていたという方も、いらっしゃいますね』
しおりが、安全な話題のコメントだけを拾って伝える。
『ほらー! やっぱり! 名前にもヒント入れたんですよ!』
ほしなの声が、少し得意げになった。
『ほしなの名前を、並べ替えてあります!』
〈なほし→ほしなか〉
〈いやナ多くない?〉
〈ナナホシになってるぞ〉
しおりの返事まで、ほんの少し間があった。
『……ほしなちゃん』
『はい!』
『登録されているのは、ナナホシさんですね』
『そうです!』
『ナが、一つ多いようなんですけど』
『…………え?』
画面の選手が、タンクの陰でぴたりと止まった。
視聴者の前にも、同じ文字列が出ている。
nanahoshi。
『な、な、ほ、し……』
ほしなが、一文字ずつ読んだ。
『あっ。ナ、二回打ってる……!』
〈今気づいたww〉
〈ずっとナナホシ選手って呼ばれてたぞ〉
〈これは本人〉
『これで本人だと分かった方も、いらっしゃるようです』
『しおり先輩、そこはフォローするところです!』
しおりの小さな笑い声に、ほしなの声が重なった。
けれど、ゲームの画面では、もう銃口が動いていた。
タンクの土台から、少しだけ外を覗く。
ポンプ小屋の奥。途切れた壁のそばを、一人の選手が移動している。
ほしなの声が、ふっと落ち着いた。
『……じゃあ、ここからは。ちゃんと、ほしなでいきます』
長い銃身が上がった。
*
〈シークレットゲスト:月乃ほしな 参加名:nanahoshi〉
案内を、僕は二度読んだ。
「……え?」
その一文字しか出てこなかった。
月乃ほしな。
僕が毎晩、配信を見ている人。
さっきまで、コメンテーターをしていた人。
その人が、この試合にいる。
僕は、すぐ前にある壁を見た。
向こうにいる誰かを撃つための銃を持って、ここへ来た。
その誰かに、推しが入っていた。
なんで。
と思ってから、思い直した。
あの人なら、やる。
ゲームの企画で「見てるだけだと手が暇」と言って、急に参加者募集の人数を一人減らしたこともあった。
募集した側が、一枠取っていた。
あのとき僕は、コメント欄で笑っていた。
今回は、撃たれる側だった。
銃声。
遠くから、一発。
nanahoshiが、一人倒した。
残り四人。
僕は、壁の上へ頭を出しかけて、やめた。
見たい。
今の一発を、どんなふうに撃ったのか。
でも、いつもの配信と同じつもりで覗いたら、次に倒れるのは僕だった。
ファンとしての習慣が、こんなところで邪魔になるとは思わなかった。
背中を壁につけ直す。
ヘッドホンから聞こえているのは、ゲームの音だけだ。
彼女が今、何を言っているのかは分からない。
笑っているだろうか。
たぶん、笑っている。
それでも、銃は外さない人だった。
*
『一人!』
ほしなが言った。
M24のボルトが引かれ、空の薬莢が跳ぶ。
スコープの向こうで倒れた選手を、それ以上は見ていなかった。
すぐに土台の陰へ戻り、サブマシンガンへ持ち替える。
『今の一発で、残り四名です』
しおりの声が続く。
『……ほしなちゃん、少し静かになりましたね』
『うん。近い』
砂利を踏む音がした。
右側。
タンクと外壁の狭い間を、誰かが走っている。
ほしなの照準は、足音そのものを追わなかった。
通路の出口で止まった。
相手の銃が出る。
短い連射。
向こうも撃った。
土台の角で、弾が跳ねる。
ほしなは引き切る前に身体を低くし、照準を戻した。
二度目の射撃。
相手が崩れた。
残り三人。
〈はや〉
〈今の返されないのか〉
〈急に声変わるの好き〉
『よし。今の人、寄るの早かった』
『ほしなちゃんの銃声を聞いて、来たんでしょうか』
『たぶん。回復してるところとか、ライフル持ってるところを狙いたかったんだと思います』
話している間にも、弾倉が替わった。
ほしなは倒した相手の荷物へ寄らず、壁に沿って進む。
タンクの外側を避け、ポンプ小屋のある区画へ。
銃を持ったまま、角を一つずつ確かめていく。
『ゲームの説明をしていると、頼もしいですね』
『ずっと頼ってもらって大丈夫ですよ?』
『では、次の集合時間もお願いしますね』
『それはカレンダーに頼ってください』
〈そこは頼れないw〉
〈判断が早い〉
ほしなが笑った。
その笑いが、短く途切れた。
前方の壁で、銃口が光る。
二発。
続けて、また二発。
*
黒いヘルメットに、赤い筋。
ポンプ小屋の奥を覗いた僕は、その色を見て、指に力を入れた。
HATCH。
一次予選の最後に、僕を倒した相手。
たぶん、そうだ。
同じ撃ち方をしていた。
短く、正確に。
必要なときだけ顔を出し、撃ち返される前に隠れる。
奥の壁とタンクの間で、別の銃が鳴った。
ほしなだ。
残っているのは、僕を入れて三人しかいない。
僕はライフルを構え、壁の切れ目から向こうを見た。
HATCHの肩が、一瞬だけ出る。
照準が重なるより早く、隠れた。
追って身を乗り出せば、タンクの方から僕も見える。
僕は引き、小屋の手前側を左へ回った。
向こうの壁へ行くには、小屋の角を一つ越えなければならない。
その位置を取れれば、二人のどちらが動いても、今より見やすくなる。
移動の途中で、また銃声がした。
二発ずつの音が、同じ場所へ続いている。
返ってくる連射は、さっきより近かった。
僕は小屋の角で、足を止めた。
HATCHが、一度だけ長く顔を出した。
タンク側へ撃つ。
その間に、低い壁の端を、人が駆けた。
近い方へ。
HATCHの銃が、そちらへ向き直る。
間に合っていた。
銃口が光ったのは、ほとんど同時だった。
けれど、横へ動く相手を追う途中で、短い射撃が途切れた。
画面の端に、通知が出る。
倒した側に、nanahoshi。
その隣に、HATCH。
残り二人。
僕は、思わず息を吐いた。
予選で負けた相手が、倒れた。
あの正確な射撃を知っている。
だからこそ、今の距離の詰め方が、簡単なものではなかったと分かった。
彼女は、隠れて待っているだけの相手へ突っ込んだわけではない。
撃たせてから動いて、銃の向きを変えさせた。
照準が追いつく、その短い間に撃ち勝った。
「……うま」
いつもの言葉が漏れた。
毎晩、配信の前で何度も言っていた言葉だった。
今日は、そのあとに拍手する余裕がない。
向こうに残っている銃が、次に狙うのは僕だった。
*
『HATCH選手を倒して、残り二名です!』
しおりの声が弾んだ。
ほしなの画面には、少し減った体力が映っていた。
壁の陰へ入り、回復を始める。
『あっぶな。今の人、ちゃんと戻してくるじゃん』
さっきまでより、少し早い息。
それでも、声は楽しそうだった。
〈つっよ〉
〈最後ねむいさんか〉
〈これもう賞品対戦では〉
『残るお相手は、nemui選手です』
『ねむいさん! ロビーのおじいちゃんだ!』
ほしなが、その名前を読み直した。
『ここまで残ってるの、強いなあ』
しおりが、コメントの流れへ目を向ける。
『賞品の対戦のようだという声もありますが、試合後のボイスチャット付き対戦は、別にご用意しています。そちらはご案内のとおり、配信外でのお時間になります』
『はい! 今のは本戦! こっちは普通に、ほしなが勝ちたいので!』
〈賞品が立ちはだかってる〉
〈本人倒さないともらえないの草〉
〈ねむいさんがんばれ〉
回復が終わる。
ほしなが、銃を持ち直した。
『じゃあ、ねむいさん』
その声は、相手には届いていない。
ほしなも、それを分かっていた。
それでも、いつもの対戦を始めるときと同じように言った。
『よろしくお願いします』
*
小屋の角から、僕は低い壁へ戻った。
さっき見えた彼女の位置から、そのまま撃たれない場所へ。
銃には、まだ弾がある。
煙幕も、一つ残っている。
地図を開く。
次の区域は、ポンプ小屋と排水路を挟んだ、さらに小さな円だった。
僕の壁も、向こうの壁も、ずっと隠れていられる場所ではなくなる。
彼女の移動を、一瞬だけ見た。
もう、タンクのそばにはいなかった。
速い。
いつも画面で見ていた動きが、自分の照準の向こうで起きている。
知らない誰かと戦うのとは、少し違った。
勝ったら、何を言おう。
負けたら、どうしよう。
そんなことを考えかけて、止めた。
目の前の壁で、弾が跳ねた。
僕は身体を引いた。
見られていた。
心臓が、一段速くなる。
好きな声を聞いたときとも、名前を呼ばれたときとも違う速さだった。
マウスを持つ手が、勝手に次の位置へ動こうとしている。
その手を止める理由は、なかった。
僕は、ライフルを構え直した。
応援するために見てきた人へ、今度は銃口を向けた。




