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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ01】 画面の向こうへもう一度

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8/25

【配信8日目】 残り五人! シークレットゲスト、そろそろ出番です 【nemui/月乃ほしな/月杜しおり】

 壁の角から、銃身が出た。


 僕は足を止め、先に撃った。


 こちらへ回り込もうとしていた相手が、反射的に引く。


 照準を、頭のあった場所へ残した。


 すぐには出てこない。


 代わりに、壁の向こうで足音が走った。


 小屋へ向かうつもりだ。


 僕は壁の切れ目へ進み、向こう側を見た。


 低いコンクリートの壁と、ポンプ小屋の間。


 遮るもののない数歩を、相手が駆けている。


 僕に気づき、身体を横へ流しながら撃ってきた。


 頬のそばで、壁が欠ける。


 銃声に指を止めず、その動きを追った。


 小屋の角へ入る前に、相手が倒れた。


 残り九人。


 本戦で、四人目だった。


 僕は壁の陰へ戻って、弾を込め直した。


 耳に入ってくる音を、一つずつ確かめる。


 別の足音はない。


 ただ、少し離れた場所で、短い射撃が続いていた。


 二発。


 少し空いて、また二発。


 見覚えのある名前が、画面の端に出る。


 HATCH。


 残り八人。


 僕はその通知から目を離し、区画の中へ入った。


 中央に、平たい屋根のポンプ小屋。


 その手前と奥に、低い壁が何本か並んでいる。しゃがめば隠れられるけれど、壁と壁の間を渡るときには身体が出る。


 右手には、さっき外から見た排水路が続いていた。


 細い水の流れ。その両脇の、湿ったコンクリート。


 小屋の脇を通り、奥の壁の下へ抜けている。


 手前は縁が崩れていて、そこからなら下りられそうだった。向こう側にも、上がれる浅い傾斜が見える。


 僕はそこまで確かめ、小屋へは入らず、手前の壁へ身を寄せた。


 煙幕は、一つ。


 まだ使わない。


 残り七人になったのは、その直後だった。


 ここからは見えない場所で、誰かが倒れた。


 次の安全区域は、今いる区画と、その奥のタンクまで。


 もう、遠くへ逃げていく余地はない。


 銃声が近づく。


 nanahoshiの名前が出て、六人。


 その数秒後、HATCHの名前が、もう一度出た。


 五人。


 予選なら、ここで肩から力を抜けた。


 今日は、銃を持ち直した。


 そのとき、画面の上端に、見慣れない案内が現れた。


     *


 ――大会公式配信。


『残り五名になりました』


 しおりが伝えた。


 観戦画面は、タンクの土台に身を隠しているnanahoshiの視点へ切り替わる。


 しおりは、いつもより少しだけ声を弾ませた。


『それでは、お待たせしました。ここで、シークレットゲストの発表です』


〈きた〉

〈誰だ〉

〈まだ残ってるのか〉


『ほしなちゃん、ご紹介をお願いできますか?』


『はいっ!』


 ほしなのアバターが、勢いよく揺れた。


『本日のシークレットゲストは――』


 ひと呼吸。


『リプライン所属、月乃ほしなです! ほしなでーす!』


 画面の参加名の横に、月乃ほしなの立ち絵が加わった。


 nanahoshi。


 月乃ほしな。


 二つの名前が、同じ選手へつながった。


〈お前かーい!〉

〈やっぱりw〉

〈え、ずっとやってたの?〉

〈待って普通に喋ってたじゃん〉


『最初からいました! みんなと一緒に降りて、一緒に走って、一緒に撃ってました!』


『はい。試合の開始から、通常の参加者と同じ条件でプレイしていました』


 しおりはそこで、少し丁寧な口調になった。


『ここは、きちんとご説明しますね。ほしなちゃんが見ていたのは、最初から自分のプレイ画面だけです。他の選手の観戦映像は見えていません』


 画面の端に、短い補足が表示される。


『私の声も、ほしなちゃんの視点を実況しているときや、位置情報を含まない会話だけ届くようになっています。他の選手の居場所が分かる実況や、そうした視聴者コメントは届きません。このあとも同じです』


〈なるほど〉

〈それでしおりんメインだったのね〉

〈自分の画面の解説してたのかw〉


『そう! だから、車の着地もちゃんと見てたよ!』


『「上手でしたね」って、褒めていましたね』


『上手だったから!』


 ほしなは、そこだけは譲らなかった。


〈自己評価正確〉

〈あのよしっ!そういうことか〉

〈M24好きって言ってたの本人じゃん〉


『気づいていたという方も、いらっしゃいますね』


 しおりが、安全な話題のコメントだけを拾って伝える。


『ほらー! やっぱり! 名前にもヒント入れたんですよ!』


 ほしなの声が、少し得意げになった。


『ほしなの名前を、並べ替えてあります!』


〈なほし→ほしなか〉

〈いやナ多くない?〉

〈ナナホシになってるぞ〉


 しおりの返事まで、ほんの少し間があった。


『……ほしなちゃん』


『はい!』


『登録されているのは、ナナホシさんですね』


『そうです!』


『ナが、一つ多いようなんですけど』


『…………え?』


 画面の選手が、タンクの陰でぴたりと止まった。


 視聴者の前にも、同じ文字列が出ている。


 nanahoshi。


『な、な、ほ、し……』


 ほしなが、一文字ずつ読んだ。


『あっ。ナ、二回打ってる……!』


〈今気づいたww〉

〈ずっとナナホシ選手って呼ばれてたぞ〉

〈これは本人〉


『これで本人だと分かった方も、いらっしゃるようです』


『しおり先輩、そこはフォローするところです!』


 しおりの小さな笑い声に、ほしなの声が重なった。


 けれど、ゲームの画面では、もう銃口が動いていた。


 タンクの土台から、少しだけ外を覗く。


 ポンプ小屋の奥。途切れた壁のそばを、一人の選手が移動している。


 ほしなの声が、ふっと落ち着いた。


『……じゃあ、ここからは。ちゃんと、ほしなでいきます』


 長い銃身が上がった。


     *


〈シークレットゲスト:月乃ほしな 参加名:nanahoshi〉


 案内を、僕は二度読んだ。


「……え?」


 その一文字しか出てこなかった。


 月乃ほしな。


 僕が毎晩、配信を見ている人。


 さっきまで、コメンテーターをしていた人。


 その人が、この試合にいる。


 僕は、すぐ前にある壁を見た。


 向こうにいる誰かを撃つための銃を持って、ここへ来た。


 その誰かに、推しが入っていた。


 なんで。


 と思ってから、思い直した。


 あの人なら、やる。


 ゲームの企画で「見てるだけだと手が暇」と言って、急に参加者募集の人数を一人減らしたこともあった。


 募集した側が、一枠取っていた。


 あのとき僕は、コメント欄で笑っていた。


 今回は、撃たれる側だった。


 銃声。


 遠くから、一発。


 nanahoshiが、一人倒した。


 残り四人。


 僕は、壁の上へ頭を出しかけて、やめた。


 見たい。


 今の一発を、どんなふうに撃ったのか。


 でも、いつもの配信と同じつもりで覗いたら、次に倒れるのは僕だった。


 ファンとしての習慣が、こんなところで邪魔になるとは思わなかった。


 背中を壁につけ直す。


 ヘッドホンから聞こえているのは、ゲームの音だけだ。


 彼女が今、何を言っているのかは分からない。


 笑っているだろうか。


 たぶん、笑っている。


 それでも、銃は外さない人だった。


     *


『一人!』


 ほしなが言った。


 M24のボルトが引かれ、空の薬莢が跳ぶ。


 スコープの向こうで倒れた選手を、それ以上は見ていなかった。


 すぐに土台の陰へ戻り、サブマシンガンへ持ち替える。


『今の一発で、残り四名です』


 しおりの声が続く。


『……ほしなちゃん、少し静かになりましたね』


『うん。近い』


 砂利を踏む音がした。


 右側。


 タンクと外壁の狭い間を、誰かが走っている。


 ほしなの照準は、足音そのものを追わなかった。


 通路の出口で止まった。


 相手の銃が出る。


 短い連射。


 向こうも撃った。


 土台の角で、弾が跳ねる。


 ほしなは引き切る前に身体を低くし、照準を戻した。


 二度目の射撃。


 相手が崩れた。


 残り三人。


〈はや〉

〈今の返されないのか〉

〈急に声変わるの好き〉


『よし。今の人、寄るの早かった』


『ほしなちゃんの銃声を聞いて、来たんでしょうか』


『たぶん。回復してるところとか、ライフル持ってるところを狙いたかったんだと思います』


 話している間にも、弾倉が替わった。


 ほしなは倒した相手の荷物へ寄らず、壁に沿って進む。


 タンクの外側を避け、ポンプ小屋のある区画へ。


 銃を持ったまま、角を一つずつ確かめていく。


『ゲームの説明をしていると、頼もしいですね』


『ずっと頼ってもらって大丈夫ですよ?』


『では、次の集合時間もお願いしますね』


『それはカレンダーに頼ってください』


〈そこは頼れないw〉

〈判断が早い〉


 ほしなが笑った。


 その笑いが、短く途切れた。


 前方の壁で、銃口が光る。


 二発。


 続けて、また二発。


     *


 黒いヘルメットに、赤い筋。


 ポンプ小屋の奥を覗いた僕は、その色を見て、指に力を入れた。


 HATCH。


 一次予選の最後に、僕を倒した相手。


 たぶん、そうだ。


 同じ撃ち方をしていた。


 短く、正確に。


 必要なときだけ顔を出し、撃ち返される前に隠れる。


 奥の壁とタンクの間で、別の銃が鳴った。


 ほしなだ。


 残っているのは、僕を入れて三人しかいない。


 僕はライフルを構え、壁の切れ目から向こうを見た。


 HATCHの肩が、一瞬だけ出る。


 照準が重なるより早く、隠れた。


 追って身を乗り出せば、タンクの方から僕も見える。


 僕は引き、小屋の手前側を左へ回った。


 向こうの壁へ行くには、小屋の角を一つ越えなければならない。


 その位置を取れれば、二人のどちらが動いても、今より見やすくなる。


 移動の途中で、また銃声がした。


 二発ずつの音が、同じ場所へ続いている。


 返ってくる連射は、さっきより近かった。


 僕は小屋の角で、足を止めた。


 HATCHが、一度だけ長く顔を出した。


 タンク側へ撃つ。


 その間に、低い壁の端を、人が駆けた。


 近い方へ。


 HATCHの銃が、そちらへ向き直る。


 間に合っていた。


 銃口が光ったのは、ほとんど同時だった。


 けれど、横へ動く相手を追う途中で、短い射撃が途切れた。


 画面の端に、通知が出る。


 倒した側に、nanahoshi。


 その隣に、HATCH。


 残り二人。


 僕は、思わず息を吐いた。


 予選で負けた相手が、倒れた。


 あの正確な射撃を知っている。


 だからこそ、今の距離の詰め方が、簡単なものではなかったと分かった。


 彼女は、隠れて待っているだけの相手へ突っ込んだわけではない。


 撃たせてから動いて、銃の向きを変えさせた。


 照準が追いつく、その短い間に撃ち勝った。


「……うま」


 いつもの言葉が漏れた。


 毎晩、配信の前で何度も言っていた言葉だった。


 今日は、そのあとに拍手する余裕がない。


 向こうに残っている銃が、次に狙うのは僕だった。


     *


『HATCH選手を倒して、残り二名です!』


 しおりの声が弾んだ。


 ほしなの画面には、少し減った体力が映っていた。


 壁の陰へ入り、回復を始める。


『あっぶな。今の人、ちゃんと戻してくるじゃん』


 さっきまでより、少し早い息。


 それでも、声は楽しそうだった。


〈つっよ〉

〈最後ねむいさんか〉

〈これもう賞品対戦では〉


『残るお相手は、nemui選手です』


『ねむいさん! ロビーのおじいちゃんだ!』


 ほしなが、その名前を読み直した。


『ここまで残ってるの、強いなあ』


 しおりが、コメントの流れへ目を向ける。


『賞品の対戦のようだという声もありますが、試合後のボイスチャット付き対戦は、別にご用意しています。そちらはご案内のとおり、配信外でのお時間になります』


『はい! 今のは本戦! こっちは普通に、ほしなが勝ちたいので!』


〈賞品が立ちはだかってる〉

〈本人倒さないともらえないの草〉

〈ねむいさんがんばれ〉


 回復が終わる。


 ほしなが、銃を持ち直した。


『じゃあ、ねむいさん』


 その声は、相手には届いていない。


 ほしなも、それを分かっていた。


 それでも、いつもの対戦を始めるときと同じように言った。


『よろしくお願いします』


     *


 小屋の角から、僕は低い壁へ戻った。


 さっき見えた彼女の位置から、そのまま撃たれない場所へ。


 銃には、まだ弾がある。


 煙幕も、一つ残っている。


 地図を開く。


 次の区域は、ポンプ小屋と排水路を挟んだ、さらに小さな円だった。


 僕の壁も、向こうの壁も、ずっと隠れていられる場所ではなくなる。


 彼女の移動を、一瞬だけ見た。


 もう、タンクのそばにはいなかった。


 速い。


 いつも画面で見ていた動きが、自分の照準の向こうで起きている。


 知らない誰かと戦うのとは、少し違った。


 勝ったら、何を言おう。


 負けたら、どうしよう。


 そんなことを考えかけて、止めた。


 目の前の壁で、弾が跳ねた。


 僕は身体を引いた。


 見られていた。


 心臓が、一段速くなる。


 好きな声を聞いたときとも、名前を呼ばれたときとも違う速さだった。


 マウスを持つ手が、勝手に次の位置へ動こうとしている。


 その手を止める理由は、なかった。


 僕は、ライフルを構え直した。


 応援するために見てきた人へ、今度は銃口を向けた。


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