【配信7日目】 あれ、なんか昔の感覚が戻ってきた 【nemui/月乃ほしな/月杜しおり】
天井の向こうで、靴が床を擦った。
僕は、銃口を上げなかった。
上にいる人を、天井越しに探しても仕方がない。
見ているのは、廊下の奥。
内階段の下と、その手前の裏口だった。
右の部屋の、戸口から少し引いた位置。ここなら、壁で身体の半分を隠せる。
相手が下りてくるなら、途中で姿が見える。
僕は、そこへ照準を置いていた。
足音が近くなる。
階段の上で、何かが動いた。
銃声。
戸口の縁が、目の前で欠けた。
僕は、壁の内側へ引いた。
追いかけてくる音はない。
向こうも、下りたところを撃たれるのは嫌らしい。
撃ち合う気はある。
ただ、わざわざ僕の待っている場所へ来る気はない。
その判断は、正しかった。
僕は一度、入口の方を見た。
外は明るい。
開けたままの正面の扉から、さっき通った塀が見える。
あの向こうに、住宅が二軒。
そちらまで同時に気にしていたら、手が足りなかった。
僕は壁に沿って戻り、正面の扉を閉めた。
戸が収まる音が、廊下に響く。
これで、誰かが入ってくるなら、もう一度扉を開ける必要がある。
鍵までかかればよかったけれど、そういう親切な設備はなかった。
上で、人が動いた。
僕は右の部屋へ戻る。
さっきより、半歩だけ奥へ。
足音が、頭上を通り過ぎた。
内階段には、まだ誰も見えない。
扉を開く音がした。
そのあとに、硬い響きが二つ。
カン、カン。
耳が、そちらへ向いた。
外の鉄階段。
建物へ入る前に見ていた、二階から下りる道だ。
家の中の、鈍い足音とは違う。
昔のゲームでも、金属の上を走る相手は、よく居場所を教えてくれた。
今も、その音に指が反応する。
ただし、どこまで下りたかは分からない。
途中で止まったのか。
そのまま地面へ下りたのか。
誰もいなくなったと決めつけて、階段を駆け上がる理由はない。
正面の扉は閉めてある。
裏口は、開いている。
僕は照準を、階段の下から、開いた裏口へ少しずらした。
どちらへ来ても、まだ壁の陰へ戻れる。
外を回る足音がした。
そこで、止まった。
僕も、動かなかった。
裏口の向こうに、腕が見えた。
何かが飛び込んできた。
床を跳ねる。
僕は、部屋の奥へ引いた。
マウスを大きく動かし、壁へ顔を向ける。
白い光が、画面の端から押し寄せた。
耳の奥で、細い音が鳴った。
銃声も、足音も、遠くなる。
目くらましの弾だった。
光を直接見なかった分、机の輪郭は残っている。
僕は、マウスを戻した。
戸口。
廊下。
そこへ、銃を持った人が入ってきた。
音は、まだよく聞こえなかった。
けれど、見えた。
照準を合わせたまま、撃つ。
相手の銃が、こちらを向く。
背中側の壁で、破片が散った。
僕は短く息を止め、跳ねた銃口を戻した。
二度目の連射で、向こうの身体が崩れた。
指を離す。
画面の端に、自分の名前が出た。
nemui。
本戦で、二人目。
僕は、その場で弾を込め直した。
細い耳鳴りが、少しずつ弱くなっていく。
頭の中に、今の動きが残っていた。
何が投げ込まれたのか、見分けてから動いたわけではない。
飛んできたら、引く。
次に相手が入ってくる場所へ、銃を戻す。
昔、何度も練習した。
うまくできなかった日は、同じ部屋に戻って、またやった。
考えるより先に、手が覚えていた。
「……できるじゃん」
小さく言ってから、口を閉じた。
褒めるなら、あとにしよう。
耳が戻ったばかりだ。
僕は内階段を見上げ、二階から誰も下りてこないことを確かめた。
裏口の外も見る。
人はいない。
倒れた相手の荷物から、救急パックを一つと、弾を拾った。
新しい銃まで選び直すのはやめた。
裏口へ向かう。
そのとき、背中側で扉が鳴った。
僕は、廊下の真ん中から外れた。
正面の扉が、細く開いている。
外に、人影。
僕は相手の姿を最後まで確かめず、裏口を抜けた。
建物の角へ入る。
さっきまで僕がいた廊下に、銃声が響いた。
歩く速さを上げる。
奥の斜面へ続く、細い道。
そこを曲がるまで、振り返らなかった。
閉めておいてよかった。
今日初めて、扉に仕事をしてもらった気がした。
*
――大会公式配信。
『nemui選手、建物から出ています。いま入ってきた選手とは、入れ違いになりました』
しおりの声とともに、画面が切り替わる。
短いリプレイ。
白い閃光が走る直前、nemuiの視点は部屋の壁へ向いていた。
光が薄れると、照準はすでに戸口へ戻っている。
〈ちゃんと避けてる〉
〈反応はや〉
〈今の、投げ物見えてた?〉
『……もう一度、ゆっくり見てみましょうか』
リプレイが、少し前から流れ直す。
裏口の向こうに、腕が見えた。
何かが飛び込み、床で跳ねる。
それが何なのか分かる前に、nemuiの視点はもう壁へ向いていた。
『投げ込まれたものを、確かめてから動いたわけではないみたいですね』
〈え、見る前に引いてる〉
〈判断はやすぎ〉
〈室内の動き、別ゲーの人っぽい〉
〈ロビーのおじいちゃん何者〉
『それと、途中で正面の扉も閉めていました。後から来た方に気づけたのは、あの扉の音があったからかもしれません』
しおりはリプレイを見終え、静かに頷いた。
『投げた方も、上手に入ってきていました。怖いお部屋でしたね……』
〈物件の感想w〉
〈住みたくない〉
〈玄関も危ない〉
『ええ。内見は、これくらいにしましょう』
画面が本戦の映像へ戻った。
残り三十九人。
次に映ったnanahoshiは、石垣の端で銃を構えていた。
右側の道を一度見てから、左の小屋へ向き直る。
戸口から、人影が出た。
『小屋から一人。nanahoshi選手、気づいています』
『石垣の陰、使えますね』
ほしなが、短く添えた。
サブマシンガンが火を噴く。
一度、石垣の陰へ引く。
相手の弾が角を叩いた直後、別の高さから銃が出た。
今度の射撃で、相手が倒れる。
『nanahoshi選手、ここで一人。撃ち返されたところから、少し位置を変えましたね』
『同じところからもう一回出ると、待たれちゃいますからね』
〈つよ〉
〈落ち着いてるなあ〉
〈解説たすかる〉
nanahoshiは弾を込め直し、小屋の反対側を確かめている。
『ほしなちゃんも、ゲーム中は迷いませんよね』
『ゲーム中は?』
ほしなが、そこだけ聞き返した。
『この前のレッスンでは、先生に「右手を上げて」って言われて、両手を上げていましたから』
『だって、どっちかは右手じゃないですか!』
〈草〉
〈それはそう〉
〈保険かけるなw〉
しおりのアバターが、小さく頷く。
『でも、最後はみんなと揃うまで、残って練習していましたよ』
『そこもセットでお願いします!』
『はい。今度のライブも、楽しみにしていてくださいね』
穏やかな声が、するりと告知につながった。
〈たのしみ〉
〈見に行くよー〉
画面の中では、nanahoshiが石垣を離れ、次の区域へ走り始めていた。
*
細い道は、丘の裏へ続いていた。
僕は木の根元でしゃがみ、地図を開いた。
事務所は、もう区域の端に近い。
あの部屋に居続ける必要はなかった。
今度の行き先は、丘の下。
畑を挟んだ先に、古い設備の集まった区画がある。
地図には、小さな建物と、水路が描かれていた。
その手前まで行けば、次の区域にも近い。
僕は立ち上がり、斜面を下りた。
走れるところでは走る。
先が見えなくなる場所では、止まる。
何でもゆっくりやれば安全、というわけではない。
さっきの建物でも、扉の音を聞いたあと、迷っていたら間に合わなかった。
木立を抜け、畑の縁をたどる。
途中の小屋には入らなかった。
弾も、回復もある。
足りないのは、もっと奥へ進む時間だった。
安全区域が一度狭まり、地図に次の円が出る。
残り二十六人。
そこから数分の間に、銃声はずいぶん近くなった。
遠くの町で鳴っていた音が、今は隣の林や、丘の向こうから聞こえてくる。
人が少なくなったのに、近くにいる人は増えている。
僕は、崩れかけたコンクリートの壁へ身を寄せた。
しゃがめば頭まで隠れるけれど、立てば上から銃を出せる高さだった。
壁は畑の端に沿って延び、その先で途切れている。
切れ目から、設備のある区画へ渡れそうだった。
先へ目を向ける。
短い道路。
向こう側には、丸いタンクと、低い建物。
その手前の、大きな石。
石の脇から、銃が出た。
僕は伏せた。
壁の上を、弾が通る。
間に合わなかった一発が、防具を叩いた。
体力が減る。
相手は、道路の手前を見ていた。
僕が壁の切れ目から出れば、もう一度撃てる。
地図を短く開く。
次の円は、道路の向こう。
ここで待ち続ければ、いずれ出なければいけなくなる。
相手の石も、次の円から少しだけ外れていた。
先に動くか。
先に倒すか。
僕は地図を閉じ、ライフルを構えた。
壁の切れ目へは行かない。
身体を起こし、さっきより手前の位置から、石の脇へ撃った。
相手が引く。
その間に、僕は数歩、壁に沿って移った。
向こうも、同じ場所からは顔を出さなかった。
石の反対側で、銃口が光る。
僕は壁へ戻る。
頭の上で、コンクリートが欠けた。
そう簡単には、譲ってくれない。
僕は、一度だけ口元を緩めた。
嫌な相手だった。
さっき、自分も同じことをしたばかりだけれど。
画面に、区域が狭まる案内が出た。
残り十八人。
石の向こうから、道路へ出る道がある。
その先には、タンクの土台。
相手が先に渡ってそこへ入れば、僕はもっと出にくくなる。
照準を、石そのものから外した。
石とタンクの、間。
僕はそこへ、銃を向けて待った。
相手が身を出す。
こちらへ撃ってから、走った。
壁の上で弾が跳ねる。
僕は頭を引き、銃声が途切れたところで立った。
走る姿が見えた。
撃つ。
最初の弾が、背中側の地面へ抜けた。
遅い。
マウスを動かす。
行き過ぎない。
相手の肩へ、照準が重なった。
命中。
向こうが、走るのをやめた。
振り返りながら、銃を上げる。
僕も、撃ち続けた。
肩を叩かれたように、画面が揺れる。
それでも、今度は照準が外れなかった。
タンクの土台へ届く前に、相手が倒れた。
僕は壁の陰へしゃがんだ。
残り十七人。
撃ち返してくる音は、止まっていた。
自分の呼吸が聞こえる。
追いついた。
二次予選の最後には、追いつかなかった照準が。
指先に、少しだけ力を入れる。
嬉しかった。
でも、今度はそこで止まらなかった。
弾を込め直す。
左の林から、別の銃声。
こちらを狙っているかどうかは、まだ分からない。
僕は手持ちの煙幕を一つ、壁の切れ目と道路の間へ投げた。
白い煙が広がる。
その手前で、もう一度だけ進む先を見た。
タンクの土台。
身体を隠せる、コンクリートの角。
煙が道路を覆ってから、走った。
倒れた人の荷物のそばを、そのまま通り過ぎる。
今は、いらない。
土台の陰へ入った。
背中をコンクリートにつけ、事務所で拾った救急パックを使う。
残っている煙幕は、一つ。
回復が終わるまで、僕は角の向こうを見ていた。
*
タンクの並ぶ場所を抜けたとき、生存者は十一人になっていた。
前方には、低い壁に囲まれた区画がある。
小さなポンプ小屋。
その横を通る、細い排水路。
水路の縁は低く、一部は身を屈めれば壁の向こうへ抜けられそうだった。
僕は出口を一つ見てから、小屋の側へ目を戻した。
まだ、誰かがいるかもしれない。
斜め向こうで、銃声がした。
倒した側の名前に、nanahoshiと出る。
残り十人。
聞いたことのない名前だった。
けれど、ここまで残っている人だ。
強いに決まっている。
僕は壁の手前で止まり、足音を聞いた。
遠くで、誰かが走っている。
近くではない。
壁の反対側を、少しずつ確かめる。
自分の指は、もう次の操作を探していなかった。
行きたい場所を見て、手が動く。
昔は、当たり前だったこと。
その当たり前が、今日はやけに嬉しかった。
残り十人。
五位では、足りない。
僕は音を立てない速さで、壁の角へ進んだ。




