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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ01】 画面の向こうへもう一度

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【配信5日目】 大会本番! ねむいですが起きてます 【nemui/月乃ほしな/月杜しおり】

『nemui選手。……ねむい? 大丈夫?』


「起きてます」


 マイクは切っていたので、もちろん届かなかった。


 土曜日。本戦開始まで、あと二十分。


 ほしなは参加者一覧を眺めている。僕はその配信を、ゲームと並べて開いていた。


『ちゃんと寝た? まだ寝るには早いよ?』


 七時間寝た。


 朝ご飯も昼ご飯も食べた。顔も洗った。訓練場では、動く的にも昨日より当たった。


 そんなことをすべて無視して、名前が眠がっていた。


 登録した日の僕は、もう少し先のことを考えるべきだったと思う。


 待機ロビーの文字チャットへ、短く打った。


〈起きてます。よろしくお願いします〉


 数秒後、ほしなが笑った。


『起きてた! よかった。こちらこそ、よろしくお願いします!』


 椅子の上で、背中が伸びた。


 返事をしてもらえた。


 普段の配信でコメントを拾われるのとも、少し違う。今、彼女が読んだのは、参加者としての僕の名前だった。


『運営さん、ねむいさん、映せます?』


 そこまでは頼んでいない。


 配信の画面が、待機場所の様子へ切り替わった。


 剃り上げた頭。


 白い髭。


 やたら立派な肩と、事情を聞いてくれそうな眉。


 僕だった。


『あっ、優しそう』


 撃ち合いの大会で、最初にもらった評価がそれだった。


〈つよそう〉

〈おじいちゃん〉

〈眉w〉


『この人、道聞いたら一緒についてきてくれそう』


 分からなくても、一回は地図を開くと思う。


 妙に否定しづらかった。


『ねむいさん、手、振れますかー?』


 振れない。


 射撃と移動と回復の操作は覚えたけれど、挨拶の操作は練習していなかった。


 今から設定を開く余裕もない。


 僕は、その場で一度しゃがんだ。


『あ、お辞儀してくれた!』


 伝わった。


 安心して立ち上がると、すぐ隣の人もしゃがんだ。


 その隣も。


 正面から走ってきた三人まで、僕の周りに並び始めた。


『ちょっと待って、増えた。みんな律儀』


 配信の中で、六人がばらばらの速さで屈伸している。


 僕が立てば、隣が座る。


 隣に合わせて座ったら、正面の人が立つ。


 やめどきが分からない。


〈何これw〉

〈草〉

〈そろわない〉


『はい! そこまで。ほしなが、せーのって言うから揃えるんだよ?』


 推しが仕切ってくれた。


『せーの!』


 僕はしゃがんだ。


 隣は立った。


 正面の一人が、空へ跳んだ。


『何するか言ってなかった!』


 ほしなが一番大きく笑った。


 僕もマウスから手を離して、口元を押さえた。


 誰も合わせられなかったのに、なぜか、さっきより緊張が解けていた。


     *


 待機場所には、いろいろな名前があった。


 短い英字。食べ物。読めないくらい長い言葉。


 この前のHATCHもいる。


 昔の競技で見覚えのある名前も、一つあった。同じ人かどうかは分からない。


 その人の近くを通りかけて、足を止めた。


 画面の向こうが誰でも、今の僕を知る理由はない。


 そもそも、こんな髭は生やしていなかった。


 僕は銃のない手元を見てから、少し離れた場所へ移った。


 まだ、昔の知り合いに連絡する勇気はなかった。


 でも、同じ試合には入れた。


 そのくらいで、今日はいいと思った。


『さて! そろそろ、本戦の準備が整ったそうです!』


 配信へ目を戻す。


 ほしなの隣に、もう一人の立ち絵が並んだ。


 長い黒髪に、小さな花簪。薄藤色の袖が、ふわりと揺れる。


『今日は、しおり先輩にも来てもらってます!』


『月杜しおりです。ほしなちゃんと一緒に、皆さんの試合を見届けますね』


 月曜日にも聞いた、落ち着いた声だった。


『応援だけのつもりだった先輩に、進行もお願いしちゃいました。よろしくお願いします!』


『はい。皆さんの頑張り、ちゃんとお届けします』


 並んだ二人の横には、大会ロゴと九十六人の参加者一覧。


 いつもの部屋の背景とは違う。画面の下では、ゲーム会社とREPLINE(リプライン)のロゴが順番に流れている。


 コメントも、いつもよりずっと速かった。


 しおりが、参加人数から順に案内していく。


『予選を二回勝ち抜いた九十五人と、シークレットゲスト一人。今日は、この九十六人で戦っていただきます』


〈きたー〉

〈楽しみ〉

〈ゲスト誰だろ〉


 ほしなが、コメントに答えた。


『ゲスト? もう入ってるよ。誰かは、もうちょっとだけ秘密です』


 僕はゲームの一覧へ目をやった。


 名前を見ただけでは分からない。


 有名な選手だろうか。同じ事務所でゲームが得意な人かもしれない。


『それでは、優勝賞品のご案内を。ほしなちゃん、お願いします』


『はい!』


 待ってました、と言いたそうな返事だった。


『優勝賞品は、大会が終わったあと、ほしなとのボイスチャット付きの対戦です。ここは配信されません。運営さんの案内で、お部屋に入ってもらいます』


 昨日の夜に練習した言葉が、頭をよぎった。


 いつも、配信を見てます。


 言えるだろうか。


『あの、最初に言っとくけど、普通に撃つからね?』


〈知ってた〉

〈ですよね〉

〈ご褒美です〉


『そう、ご褒美だから! でも、お話もちゃんとする。せっかく二人で遊ぶんだし』


 こちらを向いて、ほしなが笑った。


『いっぱい楽しんで帰ってもらえたら、うれしいです』


 僕は、机の端の水を少し飲んだ。


 対戦したい相手の話を聞いているだけなのに、もう心拍数が上がっていた。


 始まる前から、ずいぶん不利だった。


 開始五分前の案内が出た。


『試合中は、私が全体の実況を担当します。ほしなちゃんは、注目選手がいたらコメントをください』


『りょうかいです!』


〈水飲んでね〉


『飲んだ! お手洗いも行った!』


 余計な報告もあった。


 でも、僕も同じ確認をしたところだったので、笑うだけにした。


『参加者のみんなも、ここで配信は閉じてね。あとでアーカイブ、一緒に楽しみにしとこう』


 カーソルを、配信タブの端へ動かす。


 最後まで見ていたい気持ちが、少しだけ指に残った。


 ほしなが、明るく声を張った。


『それじゃ、みんな! 最後まで、思いっきり――』


 クリックした。


 声が途切れた。


 最後の一言を聞く前に閉じてしまった。


 開き直そうとして、手を止める。


 それも、あとで聞こう。


 スマートフォンも伏せる。音が出ていないことを、もう一度確かめた。


 残ったのは、ゲームの音だけだった。


 ヘッドホンを掛け直す。


 水は、手の届く場所。マウスの周りには、何も置かない。


 右手を開き、閉じる。


 昔の名前を、入力し直す必要はなかった。


 nemui。


 ついさっき、ほしなが呼んでくれた名前で、僕は輸送機に乗った。


     *


 島が見えた。


 輸送機の下には、海沿いの大きな町。少し内陸へ行くと、道路が二本に分かれている。


 僕が選んだのは、その分かれ道の手前にある、小さな整備場だった。


 道路に向かって開いた、平屋の工場。


 その向かいに二階建ての事務所。間の舗装された敷地には、古いトラックが止まっている。


 建物の裏からは、畑へ抜けられる。大きな町へ寄らずに、内陸へ進める場所だった。


 周りを見ながら、落ちていく。


 大きな町には、いくつものパラシュートが開いた。


 こちらへ来るのは、一人。


 僕より、少し低い。


 相手は二階建てへ向かっていた。


 僕は工場へ降りる。


 足が地面へつくより先に、次の操作へ指が動いた。


 中へ入る。床を見る。


 短い銃身のサブマシンガンと、その弾。


 拾って、装填しながら奥へ進む。


 ヘルメット。防具。包帯。


 離れた場所を正確に撃つには心もとない装備だったけれど、近くなら戦える。


 二階建ての窓で、何かが動いた。


 僕は作業台の陰へ伏せた。


 直後、開いた工場の入口を弾が通った。


 工具箱のそばで、火花が散る。


 早い。


 こちらの窓際まで、一度も走ってこなかった。


 僕が武器を拾った頃には、もう出口を見ている。


 予選でも、強い人はいた。


 今日は、その中でもさらに強い人たちが相手だ。


 僕は床を這うのをやめ、壁の陰まで移ってから立った。


 工場の裏口を開ける。


 畑へ続く道まで、細い通路が一本。


 そこへ出かけたとき、向かいの二階で、別の窓が開いた。


 戻った。


 足元のコンクリートが弾けた。


 追いかけてきたのではない。


 僕がこちらへ抜けると考えて、窓を変えた。


「……そっちも、見てるか」


 声が漏れた。


 裏口を閉め、壁へ背を寄せる。


 撃たれたせいで、ここへ閉じ込められたのではなかった。


 出ていく場所を、先に押さえられている。


 二次予選では、僕がそれをやった。


 今日は向こうも、同じことを考えていた。


     *


 ――大会公式配信。


『こちらはnanahoshi選手の視点です。早速、UMPとM24スナイパーライフルを拾いました。』


 しおりの声に合わせて、観戦画面が切り替わった。


 画面には、民家の廊下が映っている。


 床に落ちた弾を拾い、部屋へ入り、窓の手前で止まる。一人称の画面が、迷いなく動いていた。


『武器は揃っていますが、もう少し弾が欲しいところでしょうか。……ありましたね。隣のお部屋にも落ちています』


 そこへ、ほしなの声が重なった。


『あっ、そのライフル! これ、好きなんですよね』


 画面の選手が、床の銃を拾った。


『ほしなちゃんも、よく使っていますね。弾も十分に集まりました』


〈いつもの〉

〈いい装備〉

〈nanahoshiがんばれ〉


『ここでそれ拾えるの、いいなあ。……あ、来た』


 窓の外に、人影が走る。


 ほしなの声が止まった。


『外に一人。道を渡っています』


 しおりが短く伝える。


 銃が上がった。


 窓の正面で足を止めることもなく、銃口が人影を追った。


 向こうが塀へ隠れる直前、サブマシンガンによる連射の最後の一発が届いた。


『よしっ!』


 ほしなの声が跳ねた。


 倒した通知が出てから、咳払いが一つ。


『……いやあ、今のは、いいですねえ』


『塀に入る直前でしたね。nanahoshi選手、一人目の撃破です』


〈うま〉

〈今ので倒すのか〉

〈ほしなうれしそうw〉


『ふふ。ほしなちゃんの応援にも、力が入っていますね』


 しおりはコメントを拾ってから、次の画面へ話をつないだ。


『別の場所でも、撃ち合いが始まっています。整備場の様子を見てみましょう』


 カメラが切り替わる。


 次に映ったのは、小さな整備場だった。


     *


 工場の壁の陰で、僕は手元を確かめていた。


 短い銃。装填済みの三十発と、予備。


 回復は、包帯しかない。


 工場の奥には、まだ見ていない部屋があった。


 もっといい武器があるかもしれない。


 でも、見に戻ったところで、あの窓がなくなるわけではなかった。


 僕は入口の横へ寄った。


 外に、トラックが見える。


 後輪までなら、走って四、五歩。


 荷台は十分に高い。陰へ入れば、二階からでも僕の身体は見えなくなる。


 そこまで行く。


 窓が開いた。


 少しだけ身を出し、上がってくる銃へ向けて撃った。


 当たったかどうかは、分からない。


 ただ、相手は窓の内側へ頭を戻した。


 僕は走った。


 一歩。


 二歩。


 後ろで、またガラスが割れる。


 肩を叩かれたように、画面が赤くなった。


 止まらない。


 トラックの後輪へ滑り込んだ。


 荷台の縁で、弾が跳ねる。


 体力は少し減ったけれど、工場からは出られた。


 二階の窓を、下から見上げる。


 さっきより近い。


 この陰を使えば、道路とは反対側の門へ進める。


 そう思って動きかけたところで、事務所の中に足音がした。


 窓から、人が消える。


 走る音が、低い位置へ移った。


 僕は銃を持ち直した。


 一階の扉が開いた。


 相手は、そのまま飛び出してはこなかった。


 戸口から短く撃つ。


 こちらが荷台の陰へ戻るのを見てから、トラックの前側へ移ってきた。


 僕は後ろ。


 相手は前。


 間には、車一台。


 あっさり門まで逃がしてはくれないらしい。


 右へ、少し動く。


 向こうから、靴音が一つ。


 角を曲がる前に止まると、目の前を弾が通った。


 銃身だけ見えて、すぐに消えた。


 僕が次に顔を出す場所へ、先に撃っている。


 そのまま撃ち合えば、また先に当てられる。


 左へ回るか。


 でも、足音を立てて一周したら、向こうも合わせてくる。


 荷台へ背を寄せ、息を止める。


 静かだった。


 相手も、僕が動くのを待っている。


 画面の下に、タイヤがあった。


 その横から、車体の向こうの地面が見えていた。


 僕はしゃがみ、さらに伏せた。


 視界が、低くなる。


 向こう側の前輪。その少し外に、靴が一つ見えた。


 照準を下げた。


 短く撃つ。


 命中の表示。


 靴が引っ込んだ。


 そこで、立った。


 さっきまで自分が見ていた隙間へ、向こうの弾が返ってくる。


 今度は左。


 後ろの角から身を出した。


 相手が、もう銃を上げていた。


 気づいている。


 僕も撃った。


 短い銃身が跳ねる。


 近い。


 動く相手を、遠くまで追いかけなくていい。


 赤くなった画面の真ん中へ、照準を戻す。


 向こうの銃声が止まった。


 相手が膝を折り、そのまま倒れた。


 僕は、すぐに荷台の陰へ戻った。


 弾を込め直す。


 足音。


 別の銃声。


 聞こえるのは、離れた町の方だけだった。


 そこで初めて、体力を見た。


 半分より、だいぶ少ない。


「……危な」


 気づかれないまま倒せたわけではなかった。


 向こうは下から撃たれたあと、すぐに狙いを戻してきた。


 足へ先に当てた分と、近くまで寄れた分。


 それがなければ、今の撃ち合いも負けていたと思う。


 でも、指は間に合った。


 車体の下へ撃ったあと、そこに残らずに立てた。


 次の角へ出ながら、照準も戻せた。


 練習で何度も遅れたところが、今はつながった。


 僕は包帯を使いながら、画面の端を見た。


 nemui。


 誰かを倒した側に、自分の名前が出ていた。


 さっきは屈伸しかしていなかった人間にも、少しは仕事があったらしい。


     *


 落ちた荷物を確かめるのは、周りをもう一度見てからにした。


 ライフルと、その弾。


 救急用品。


 煙幕が二つ。


 必要なものを拾い、トラックの陰へ戻る。


 回復が終わるまでの数秒が、さっきの撃ち合いより長く感じられた。


 その間に、地図を開く。


 最初の安全区域は内陸側。整備場は、円の外だった。


 すぐに動けば、間に合う。


 銃声の多い町へ寄らず、畑を横切って、林の手前へ。


 さらに先には、小さな住宅地がある。


 行き先を決めてから、地図を閉じた。


 工場の奥の、まだ見ていない部屋が目に入った。


 もう、戻らなかった。


 これ以上ここへ用事を増やしたら、いつまでたっても帰れない。


 そういう仕事は、平日だけで十分だった。


 門を抜け、建物に沿って走る。


 窓を通るたび、銃口を少しずつ向け直した。


 もう誰もいないと決めつけるのは、早い。


 畑の畝へ下りたところで、ようやく、整備場が背中側になった。


 右上に、HATCHが誰かを倒した通知が出た。


 生存者が、八十一人に減る。


 あの人も、まだいる。


 さっき倒した相手も、ちゃんと強かった。


 この先にいる人たちも、二回、五人の中に残ってきた人たちだ。


 そして、その中の一人だけが、ほしなと話せる。


 僕は林の手前で、一度止まった。


 木の陰。奥の斜面。先へ続く道。


 見てから、進む。


 閉じた配信が、今、どこを映しているのかは分からなかった。


 僕の顔も、声も、昔の名前も、あそこにはない。


 あるのは、起きているか心配された名前だけだ。


 さっき、彼女はそれを呼んでくれた。


 もう一度、呼んでもらえるなら。


 今度は、一番最後がよかった。


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