【配信3日目】 一次予選! 五位でいいので通してください 【nemui/月乃ほしな】
人の少ない場所へ降りたかった。
だから、大きな町を避けて、畑の間にある小さな集落を選んだ。
同じことを考えた人が、五人いた。
「……仲がいいな」
僕を含めれば六人だ。この集落だけで、すでに一人あぶれる。
仲よくしている場合ではなかった。
落下しながら、右手の二階建てへ向きを変える。赤い屋根。道路に面した玄関と、裏手の勝手口。隣の家までは、塀に沿って移れそうだった。
一人が、隣の庭へ下りていく。
僕は地面に足がつく前から、玄関へ向かってキーを押していた。
扉を開ける。
床に拳銃。
奥に弾。
拾う。装填する。
二階から足音がした。
「え、そっち?」
窓の外を、一瞬だけ布の端が横切った。
二階のベランダへ降りた人がいたのだ。
玄関から入った僕より、よほど効率がいい。
この家の所有権について話し合いたかったけれど、ゲームにその機能はなかった。
階段の下へは行かず、脇の小部屋へ入った。
短い銃と、弾の箱がある。
手が先に動いた。拳銃を持ち替え、装填する。上ではまだ足音が続いていた。部屋を一つずつ調べているらしい。
かちり、と銃の音がした。
続けて、階段。
僕は入り口の脇へ寄った。
足音が下りてくる。最後の一段で、少し間が空いた。
止まった。
こちらが銃を込めた音も、聞かれている。
どちらも、相手が近くにいることを知っていた。
部屋の入り口を見つめる。
先に覗いた方が撃たれる。
窓へ一度目をやった。外へ出ることはできる。ただ、隣の庭に下りた一人が、まだどこにいるか分からない。
廊下で、靴底が擦れた。
人影が出た。
撃つ。
遅い。
肩を出した相手が引くまでに、当たったのは一発だけだった。
反対に、僕の体力は大きく減っていた。
「っ……」
部屋の奥へ下がる。
向こうは、もう一度来る。
そう思ったところで、廊下から金属の擦れる音がした。
装填。
いまなら、間に合う。
右手が動きかける。
僕は、マウスを握り直した。
音がしただけだ。銃が撃てなくなったところを見たわけではない。
さっきは、間に合わなかった。
相手を追う代わりに、窓枠を越えた。
外へ落ちる短い音。着地した途端、部屋の中へ銃弾が飛び込んだ。
背後で、ガラスが割れる。
窓の下へ身を伏せ、そのまま塀まで移った。
後ろを振り返りたい。今どこにいるのか、見たくなる。
でも、覗けば向こうからも見える。
僕は隣の家の裏口まで走り、扉を閉めた。
床へ座るようにしゃがんで、包帯を使う。
布を巻く音に、自分の息が重なっていた。
まだ、誰も倒していない。
開始から、二分も経っていなかった。
*
隣の家は、空き家ではなかった。
布を巻く音の向こうで、床板が軋んだ。
僕は包帯を止め、台所へ続く入り口に銃を向けた。
細い銃口が見える。
次に、肩。
撃った。
相手がこちらを向くより早く、何発かが当たった。近すぎて照準を覗く暇もない。短い銃を下へ押さえ込みながら、引き金を離さない。
最後に撃ち返された弾が、一発、身体をかすめた。
相手が倒れた。
僕の体力は、さっきより減っていた。
「……お邪魔しました」
言ってから、もう少し邪魔をさせてもらうことにした。
ここを出たら、包帯を巻く場所もない。
別の入り口がないか確かめ、台所の隅へ下がる。
今度こそ回復を終えるまで待った。
画面の端では、次々と誰かが倒されている。
生存者、八十一人。
僕の撃ち合いを待たずに、試合は進んでいた。
ようやく人心地つき、手をコップへ伸ばした。
届かない。
机の、ずいぶん遠いところへ置いてあった。
自分で置いた。倒さないように。
倒す心配のないものは、飲むことも難しかった。
椅子を半分ずらし、肘を伸ばす。画面を見たままどうにか持ち上げて、一口。
お茶が、妙においしかった。
戻す場所は、少しだけ近くした。
安全を重視しすぎた。
ゲームの中でも、それぐらい慎重にできればよかったのだけれど。
奥の部屋で、使い慣れたライフルを見つけた。防具も拾い直す。包帯と回復薬、煙幕を二つ。最後に、手榴弾を一つ。
照準器は、一つだけにした。
地図を開く。
最初の安全区域は、集落の向こうだった。遠くはない。歩いても間に合う。
家から出る前に、次に隠れる塀を確かめた。
塀。その先の納屋。道路を渡れば、木のある斜面。
順番に移ればいい。
玄関を少し開けると、向かいの家の二階を人影が横切った。
さっきの相手だろうか。
窓が開いていた。
体力は減っているかもしれない。こっちに気づいていないかもしれない。
僕は銃を構えた。
一度だけ、覗く。
誰も出てこない。
もう少し待てば――。
そこで、安全区域が縮み始める通知が出た。
「ああ、もう」
いま、何をしていた。
僕は玄関を閉め、裏へ戻った。
塀。納屋。その先の斜面。
さっき決めた順番を、頭の中で言い直す。
勝てそうな相手を見つけるたびに立ち止まっていたら、最後まで誰かの家の前にいることになる。
*
斜面の途中で、撃たれた。
銃声より先に、身体の横を弾が抜けた。
僕は向きを変え、近くの木へ飛び込む。
二発。
少し間を置いて、また二発。
木の皮が跳ねた。
集落を出るのが遅れた。その間に、先へ行った人が上を取っていた。
幹の左側から、ごく短く覗く。
道を挟んだ納屋の屋根に、人がいた。
黒いヘルメットの横に、赤い線。
銃口が、もうこっちを向いていた。
隠れる。
頬の横で、乾いた音が二つ鳴った。
「見てただけなんだけど」
見物料としては、高すぎる。
体力の表示を確かめた。
次に同じ側から顔を出せば、終わるかもしれなかった。
地図の端から、青い区域が近づいてくる。
ここに居続けるわけにもいかない。
木から少し下ったところに、車があった。
道路脇の、小さな四輪駆動車。途中で見たときには、自分の位置を音で知らせたくなくて通り過ぎた。
もう知られている。
僕は車との間へ煙幕を投げた。
白い煙が、草の上で膨らむ。
屋根からの射撃が、少しずれた。
走る。
車体の陰へ回り、乗り込んだ。
前へ。
動かない。
もう一度、前へ。
運転席の背もたれが見えた。
「僕が運転するんだった」
後部座席だった。
誰を待っている。
窓が砕けた。
誰も迎えに来てくれないし、待たせてもくれなかった。
座席を切り替える。ハンドルを握る両手が映る。
アクセル。
エンジンが唸り、車が草を踏み倒して動き出した。
後ろで、また二発。
車体が鳴ったけれど、止まらなかった。
道を外れ、低い丘の陰へ下りる。
そこでようやく、銃声が遠ざかった。
車から降りる前に、周りを見た。
座席を横へ移って、車体を盾にできる側から外へ出る。
次に乗るときは、運転席側から。
今日も一つ、覚えた。
好きな配信者と話すために、まず車の座席を覚えている。
道のりが長い。
*
生存者が二十人を切った頃、僕は資材置き場の外まで来ていた。
次の安全区域は、その奥だった。
手前には道路が一本。渡った先に青い貨物コンテナ。その向こうに、黄色いショベルカーが止まっている。右奥は斜面で、大きな岩がいくつか突き出ていた。
目立つ建物はない。
そのぶん、何かの陰には人がいると思った方がいい。
車を置いてきた方向で、銃声がした。
僕は振り返らなかった。
最後の煙幕を道路へ投げ、広がるまで待つ。
土を踏む音が、舗装路の硬い音に変わる。
白く曇った画面の中で、コンテナの端だけを見て走った。
金属の壁へたどり着く。
反対側から飛んできた弾が、頭上を甲高く叩いた。
しゃがむ。
煙が切れた頃には、道路に戻る道もなくなっていた。
生存者は、十二人。
僕はコンテナの陰に沿って進んだ。
正面のショベルカー。
右奥の岩。
端へ近づくたび、見る場所を一つに絞る。いっぺんに両方見ようとすれば、両方から見られる。
ショベルカーの足元で、何かが動いた。
人だ。
履帯の内側にしゃがんでいる。すぐ撃てそうに見えたけれど、銃を向けるまでに、胴体が車体の裏へ隠れた。
僕は、撃たずに引いた。
右奥で二発、銃声が鳴った。
少しして、もう二発。
さっきの屋根と、似た間隔。
岩の横に、ヘルメットの端が見えた。
黒地に、赤い線。
また会った。
できれば、次に会うのは別の試合がよかった。
画面の数字が九人になり、しばらくして八人になった。
左の方で長い銃声が続く。
七人。
僕はコップに手を伸ばしかけて、やめた。
口の中が乾いている。
でも、もう、手を離せなかった。
次の安全区域が出た。
ショベルカーより、向こう。
僕のいるコンテナは、全部、区域の外だった。
後ろへは戻れない。
右へ回れば、岩から見える。
左を抜けても、ショベルカーからは隠れられない。
「……そうなるか」
五位でいい。
誰かが、あと二人。
そう思った瞬間、遠くで一発鳴った。
六人。
あと、一人。
コンテナへ身体を寄せたまま、待った。
銃声はしなかった。
誰も出てこない。
左上の数字も、動かない。
みんな、同じことを考えている。
自分以外の誰かが、最後の一人になってくれればいい。
縮小まで、二十秒。
僕は持ち物を確かめた。
煙幕はない。
回復薬は一つ。
手榴弾が、一つ。
少し覗くと、ショベルカーの下で銃口が動いた。
こちらを待っている。
その後ろにある運転席の鉄板は、右奥の岩からの弾を遮る位置だった。
あそこまで行けば、隠れられる。
そこへ行くには、待っている相手をどかすしかない。
十五秒。
相手の銃口は、僕が引くと、こちら側へ少しだけ動いた。
コンテナの端から出るところを狙うつもりだ。
分かった。
僕は銃を下げ、手榴弾へ持ち替えた。
狙うのは、相手の足元ではない。
ショベルカーの右側。
片側には爆発物。正面には、僕のいるコンテナ。
逃げるなら、反対の端が近い。
そこへ出る短い間だけ、身体が見える。
投げた。
鈍い金属音がした。
すぐにライフルへ戻す。
右奥の岩は、見ない。
両方には、間に合わない。
僕はコンテナの端へ出た。
ショベルカーの陰で、相手が立つ。
思った方へ、一歩。
照準を置く。
引き金を引いた。
弾が、背中のすぐ後ろを抜けた。
少し足りない。
右手を動かす。
遠くへ動かしすぎるな。
肩。胸。
当たった。
相手が銃を向ける。
僕も、撃つ。
画面が赤くなった。けれど、相手の姿はまだ立っていた。
指を離さない。
爆発音。
車体の横を土煙が持ち上がる。
その手前で、相手が崩れた。
撃破の表示が出た。
生存者、五人。
行ける。
ショベルカーへ走り出した瞬間、右から音がした。
二発。
画面が、傾いた。
*
五位。
大きく出た文字を、僕は見ていた。
右手は、まだマウスを握っている。
左手の指も、前へ走るキーを押したままだった。
「……あっちが先だったか」
岩の相手が撃つまでに、もう少し時間があると思っていた。
ショベルカーの相手を倒して、そのまま車体へ入れば。
あと、ほんの少し。
息を吐くと、喉が乾いていることを思い出した。
コップへ手を伸ばす。
今度は、届いた。
一口飲んで、もう一度画面を見る。
五位。
……五位?
僕はコップを置いた。
参加案内を開く。
各組、上位五名。
もう一度、ゲームを見る。
五位。
「通った」
声が出た。
いま、通ったのか。
さっきまで、負けたところを見直そうとしていた。
そうだ。今日の目的は、最後まで一人で立っていることではなかった。
僕は背もたれに身体を預けた。
胸の奥が、ようやく緩む。
「……怖かった」
五位でいい、なんて言うんじゃなかった。
五位も、十分に大変だった。
観戦画面には、僕を倒した相手が映っていた。
HATCH。
黒いヘルメットに、赤い線。
やっぱり、屋根にいた人だった。
岩から身を出し、すぐ引く。
ほとんど立ち止まらずに、次の場所へ銃を向けていた。
僕が二人を交互に見ていた間も、この人は撃つ場所を決めていたのだろう。
倒しやすい相手を、倒せる瞬間に。
さっきは、それが僕だった。
しばらく見てから、ロビーへ戻った。
白髭の大男が、いつもの困った顔で立っていた。
今日くらいは、ちょっと笑ってくれてもいいのに。
僕の方は、たぶん、笑っていた。
*
通過の通知が届いたのは、試合のあと、少し経ってからだった。
第一八七組、第五位。
nemui。
間違っていなかった。
僕は通知を保存した。
ゲームの結果画面も、保存してあった。
昨日までは参加できているか確かめていたのに、今日は通過できているか確かめている。
ゲームを再開してから、証拠ばかり増える。
明日の二次予選も、十四時から。
一つの部屋に八十人。
全員が、今日どこかで上位五人に入った人だった。
少なくなったはずなのに、ずいぶん多く感じた。
練習しようかと思って、手を止める。
右肩が、少し固まっていた。
今日は、一度休もう。
立ち上がって、窓を開けた。いつもと変わらない午後の音が入ってくる。
遠くを走る車も、隣の部屋の扉も、誰がどこにいるか考える必要のない音だった。
*
その夜、ほしなの配信画面には、金色の歯が映っていた。
『じゃーん! 予選通過したみんな、おめでとう!』
違うのかもしれない。
僕は、食べかけの夕飯を置いた。
白い画面に、大きな金色の塊。その左右から丸いものが飛び出していて、下には太い脚が二本。
歯にしては、部品が多い。
〈おつかれさまー〉
〈通ったよ!〉
〈何これ〉
〈歯?〉
やっぱり、同じことを考えた人がいた。
『トロフィー! ……え、歯に見える?』
カーソルが、金色の塊のまわりを回った。
『ここが持つとこで、下が台座。足じゃないよ』
〈なるほど〉
〈ほしな画伯〉
〈足に見えるw〉
『待って。真ん中の線がいらないのかな』
消しゴムが動いた。
台座だったはずのものが、少し丸くなった。
奥歯になった。
僕は箸を置いた。
『……あれ?』
〈草〉
〈戻して〉
〈悪化してる〉
『分かった。文字を書けばいいんだ。これで伝わるでしょ』
金色の上へ、大きく「おめでとう!」と書き足された。
誕生日にもらったら、一度、意味を考えると思う。
『できた! みんな、よかったら持ってって。予選のお祝いに描きました』
〈ありがとー〉
〈保存した〉
〈字は読める〉
『字はって言った? 今。……いいの、気持ちは入ってるから』
それは、ちゃんと分かった。
僕は画像を保存した。
トロフィーという名前で。
描いた本人がそう言っているのだから、トロフィーだ。
『今日は予選、参加してくれてありがとうね。見ててくれた人も、応援ありがと。結果は運営さんがまとめてくれてるので、通過した人は案内を確認してください』
ゲームの運営側が公開した結果ページへの案内が、画面の下に出た。
『……「初戦で落ちました」。そっかあ。出てくれてありがとう。今日は緊張したよね』
〈緊張した〉
〈手震えた〉
〈全然撃てなかった〉
『分かる。ほしなも大会だと、いつもどおり動かしてるつもりなのに、なんか指が違うの。なんで今そっち押した、みたいになる』
僕は、ご飯を一口食べた。
後部座席のことは、言わないでおこうと思った。
『「五位でした」。おお、通過だ! おめでとう!』
画面を見た。
僕は、まだ何も書いていない。
別の誰かの五位だった。
今日は、あちこちの部屋に、似たような人がいるのだろう。
『五位、いいじゃん。ちゃんと明日、もう一回遊べるんだから』
僕は少し迷ってから、コメント欄に文字を打った。
〈五位で通過しました〉
送る。
ほかにも、二位、三位、という報告が続いていた。僕の一行も、すぐ上へ流れた。
『通った人、けっこういるね。おめでとう! 今日だめだった人も、本戦は一緒に見ようね』
ほしなの立ち絵が、うれしそうに揺れる。
横では、金色の歯がお祝いをしていた。
『あ、でも明日もあるからね。ここで全部終わった感じで、朝までゲームしないように』
〈はーい〉
〈もう一戦してた〉
〈一戦だけなら〉
『その一戦が終わらないんだって! ……ほしなも言えないけどさ』
今度は、彼女も笑っていた。
僕は今日の通知を、もう一度だけ見た。
五位。
通過。
夕飯が、さっきより少しおいしかった。
*
配信のあと、今日の試合を少しだけ見直した。
自分の画面を録画する設定は、予選の前に入れてあった。音と弾が飛び交っている最中には分からなかったことが、止めてみると見える。
窓を見て立ち止まったところ。
木の同じ側から、顔を出しかけたところ。
コンテナに入った時点で、次に進める場所が少なかったこと。
撃ち合う前に、やれることがあった。
昔から知っていたはずなのに、今日は目の前の一人ばかり見ていた。
メモを開く。
次の場所を先に決める。
その下に、もう一行。
車は運転席から。
二行目を、四角で囲った。
まじめな反省ほど、誰にも見せられないものになる。
地図を開き、今日降りた集落から、別の道をたどってみた。
ここで待たずに、先へ行っていれば。
この斜面へ、下からではなく、向こう側から入れれば。
まだ銃を撃たないうちに変えられることが、いくつもあった。
明日も、五位でいい。
そこまで辿り着く方法を、今度は最初から考えておこう。
零時になる前に、地図を閉じた。




