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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ02】 「はじめまして」の続きは二人きりで

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22/23

【配信20日目】 モデルが動いた! ボクより表情が豊かです 【音無せら/四季野すず/久我】

 月曜の朝、椅子に座る前に、一度止まった。


 昨日、八拍かけて動かした足が、今日は、座るだけでも相談を求めてきた。


「白瀬くん、どうしたの」


 隣の席から、先輩が顔を上げた。


「筋肉痛です」


「昨日、そんなに動いたんだ」


「事務所で、歌とダンスのレッスンがあって」


「あ、もう始まったんだね」


「はい。正式に所属して、今は、配信の準備をしています」


 机へ手を添えて、ゆっくり腰を下ろす。


 座れた。


 朝から、一つ仕事を終えた気分だった。


「立つほうは、大丈夫?」


「それは、あとで考えます」


「お昼までに考えておいてね」


 先輩は笑って、共有している依頼一覧を開いた。


「これ、今日の依頼一覧。担当ごとに見られるようにしたんだけど、一緒に確認してもらっていい?」


「はい」


 足は、まだ少し痛かった。


 でも、画面の中の表まで、動かしづらくなったわけではない。


 先輩の作った一覧と、元の依頼を順番に確かめる。


「期限が変わった分、色をつけるだけだと、白黒で印刷したときに分からなくなるかもしれません」


「あ、本当だ。午前の打ち合わせ、これ印刷して持っていくんだった」


「変更ありって、別の欄に出しておきますか」


「うん。それ、お願い」


 僕が手を入れて、先輩がもう一度確認する。


 一覧を閉じるころには、朝の用事が、一つ、本当に片づいていた。


「助かった。これ、お昼までに回したかったんだ」


「間に合ってよかったです」


「そっちの準備は、どう? 毎日やる感じ?」


「確認が届いたら返したり、少し練習したり。配信は、まだ先です」


「じゃあ、帰ってからも宿題あるんだ」


「そうですね」


 歌詞につけた、息継ぎの印を思い出した。


 帰ったら、一度、あそこを歌ってみたい。


 そんなことを考えながら出勤したのは、初めてだった。


     *


 その週の金曜日、すずさんとの約束も、一つ実行できた。


 夕食を済ませて、LAST CIRCLEを起動する。


 通話をつなぎ、招待を送ったところで、向こうが静かになった。


『……ねえ。このnemuiって』


「はい」


『ほしな先輩の大会に出てた、ねむいさん?』


「そうです」


 ロビーで、白髭の男がこちらを向いていた。


 すずさんから、息を吸う音が聞こえた。


『あの最後の動画、見たよ。……えっ。ちょっと待って』


「はい」


『私、一回、練習してから来てもいい?』


「今から、その練習をするんですが」


『そうなんだけど! 教わる前に、ちょっと上手くなっておきたい!』


 それができるなら、僕も、ダンスの前にやっておきたかった。


 しばらく笑ってから、訓練用の建物へ入った。


 並んだ窓を、一つずつ使ってみる。


 僕が先に移動して、すずさんが、少し離れた場所から見る。


『あ、ここなら、せらちゃんが出ていくところも見える』


「はい。そこにいてもらえると、助かります」


 白髭の男を、窓の下まで動かした。


 顔を上げると、隣の建物から、すずさんのキャラクターがこちらを見ていた。


 今日は、勝った人も、負けた人もいなかった。


 代わりに、次に一緒に試したいことができた。


     *


 二週目には、せらの絵に、細かい色がついた。


 白い上着の襟。灰銀色の髪に入った影。片側の、小さな編み込み。


 確認の連絡が来るたび、仕事から帰って、画面を大きくして見た。


 自分の服を買うときより、長く見ている気がした。


 三週目には、録音した声を、最後まで聞けるようになった。


 最初は、自分が喋っているだけで、なぜか止めたくなった。


 慣れてくると、声そのものより、言葉と言葉の間が気になるようになった。急いでいるところも、考えて止まっているところも、自分が思うよりはっきり残っていた。


 週末のレッスンで、息継ぎの場所を一つ直す。


 平日の夜に、そこだけ歌って確かめる。


 全部を毎日やることはできなかった。


 帰りが遅くなった日は、届いた確認に返事をして終わる。録音は、隣で流していた配信を止めてから始める。


 ほしなの声を聞いているだけだった机に、自分の声を聞く時間ができた。


 夏希とは、ときどき、短いやり取りをした。


 配信の感想を送った日もあれば、帰りに買ったものの話だけで終わる日もあった。


 次の日も連絡していいことに、少しずつ慣れていった。


 そうして、最初の顔合わせから、六週間がたった日曜日。


 事務所のモニターに、音無せらが映っていた。


     *


「では、ゆっくり、顔を左右に動かしてみてください」


 担当のスタッフに言われて、僕は、顔を少し右へ向けた。


 画面の中の女の子も、顔を動かした。


 灰銀色の髪の先が、一拍遅れて揺れる。


 戻す。


 彼女も戻った。


 眠そうな青灰色の目。大きめの白い上着。首元のヘッドホン。


 何度も確認してきた絵と、同じ姿だった。


 それが、僕と一緒に、動いていた。


「……あ」


 小さく声を出すと、口も開いた。


 僕が黙ると、彼女も口を閉じる。


 思わず、もう一度、声を出した。


「すごいですね」


「はい。音無さんの表情が、そのまま出ています」


 隣の久我さんが言った。


 モニターの上にあるカメラへ目をやる。


 画面へ戻すと、せらも、何かを確かめるような顔をしていた。


 動いているのを見に来たはずだった。


 僕が動かしているのだと、今、ようやく分かった。


「わ。かわいい」


 後ろから、声がした。


 自分の確認を終えたすずさんが、部屋へ入ってきたところだった。


 僕は振り返りかけて、画面のせらまで横を向いたので、慌てて正面へ戻った。


「あ、そんなふうに動くんだ」


 すずさんが、空いている椅子を引いた。


「せらちゃん、今、こっち見たでしょ」


「……はい」


「画面のほうも、すごい勢いで見てくれた」


 落ち着いた女の子が、誰かを見つけて、急に振り返っていた。


 僕はもう少し、静かに振り返ったつもりだった。


 スタッフが画面を見ながら、続けた。


「次に、笑顔を見せてもらえますか」


「はい」


 口元へ、少し力を入れた。


 せらの唇が、持ち上がる。


 目は、その変化を確かめようとして、細くなった。


 すずさんが、黙った。


「……何か、企んでる?」


「笑おうとしています」


「うん。今、勝てる方法を思いついた顔してる」


 僕は、画面を見直した。


 確かに、こちらへ何かを仕掛けてきそうな顔だった。


 もっと、普通でいい。


 普通に、楽しそうに。


 そう考えるほど、どのくらい口元へ力を入れていたのか、分からなくなってきた。


 少し緩める。


 せらが、不安そうになった。


 戻そうとして目を上げると、今度は、誰かの顔色をうかがうような表情になった。


 忙しい。


 僕は、さっきから、椅子に座っているだけなのに。


「あの」


「はい」


「この子、もう少し、落ち着けませんか」


 久我さんが、僕を見た。


 モニターを見た。


 それから、口元を押さえた。


「……音無さんが、落ち着いていただければ」


 すずさんが、横で吹き出した。


 そうだった。


 僕だった。


「すみません。画面のほうへ、お願いしてました」


 言いながら、自分でも、おかしくなった。


 息が漏れる。


 肩の力が、少し抜けた。


「あ、今」


 すずさんが、画面を指した。


 せらが、笑っていた。


 口元だけで何かを企む顔ではなくて、目を細めて、楽しそうに。


 こんな顔をした覚えは、なかった。


 でも、まだ少し笑っている自分の頬を意識すると、画面の彼女も、同じ顔のままだった。


「それ、いいね」


 すずさんが言った。


 僕は、どう返そうかと、また口を閉じた。


 せらの視線が、少し下がる。


 褒められて照れた女の子が、そこにいた。


 これまで、顔に出ていないつもりで済ませていたものは、案外、そうでもなかったのかもしれない。


     *


 動きの確認が終わると、久我さんが、プロフィールの案を開いた。


 音無せら。


 好きなことは、ゲーム。


 歌とダンスは、練習中。


 一人称の欄には、『ボク』とあった。


「話し方は、普段のままで大丈夫です」


「『私』に、変えなくてもいいんですか」


「はい。音無さんは普段から『僕』ですし、そのままのほうが話しやすいと思います」


 久我さんは、画面のせらを見た。


「声も、今のお声で」


「……分かりました」


 紹介の文章を、一行だけ、声に出してみる。


「ボクは、ゲームが好きです。これから、一緒に遊べる配信も――」


 声は、いつもどおりだった。


 会社でも、家でも、同じ声で喋っている。


 けれど、画面の口がそれに合わせて動くと、せらの言葉に聞こえた。


 自分の声を聞き直すときとは、少し違った。


 この子が話すことを、僕が考える。


 そう思うと、プロフィールの空欄が、ただ埋めるためのものには見えなくなった。


「初配信は、この自己紹介から始めましょう」


 久我さんが、予定を並べた画面へ切り替えた。


「大会にnemuiさんとして参加したことも、そこでご紹介します」


「はい」


「そのあと、LAST CIRCLEを一戦。実際にプレイしているところも、見ていただければと」


 プロフィールを、もう一度見た。


 好きなことは、ゲーム。


 そこに書くよりも、実際にやったほうが、伝えられる気がした。


「一戦だけで、いいんですか」


「はい。最初は自己紹介もありますし、最後に次回の予定をご案内する時間も取りたいので」


 全体で、一時間ほど。


 自己紹介が十五分程度。ゲームを一戦。終わったら、感想と、次の配信の話。


 久我さんは、その間に、少しずつ余裕を入れた。


「試合が短く終わったときに話せることも、いくつか考えておきましょう」


「……分かりました」


 早く倒されたら、その分、長く喋ることになる。


 生き残りたい理由が、一つ増えた。


「どんな配信をしたいか、は、ご自分の言葉でお話しください」


 久我さんが、最後の項目を指した。


 そこだけは、まだ、短いメモのままだった。


 ゲームをする。


 歌も、少しずつ覚える。


 来てくれた人と、何かを話す。


 今、書けるのは、そのくらいだった。


 昔の選手名も、会社の名前も、このプロフィールにはない。


 ここから何をするかは、自分で言わなくてはいけなかった。


     *


 翌週の夜、すずさんと、初配信用の画面を見せ合った。


 通話をつないで、互いに短く録ってみた自己紹介を再生する。


 すずさんの声は、相変わらず、聞いていて楽しかった。


 好きな歌の話から、歌うときについ動いてしまう癖の話になり、最後には、椅子の肘掛けへ手をぶつけた話になった。


 台本には、『歌が好き』と一行だけ書いてあった。


「そこから、そんなに話せるんですね」


『喋ってるうちに、思い出しちゃって』


「聞いていて、楽しかったです」


『よかった。……でも、次のページ、まだ開けてないんだよね』


 録音の時間を見た。


 僕が予定していた自己紹介の、半分近くを使っていた。


 短く終わるのも、長くなるのも、どちらも難しいらしい。


 続いて、すずさんの画面を見せてもらった。


 名前の周りに、小さな花が散っていた。


 好きなもの、やってみたいこと、それぞれに色がついている。


 見た瞬間に、すずさんらしいと思った。


 ただ、見ている間にも、声のほうは次の話へ進んでいた。


「この画面、二枚に分けてみませんか」


『多い?』


「好きなものを読んでいるときに、やってみたいことのお話も始まるので。どっちを見ればいいか、少し迷いました」


『ああ、そっか。私、書いてあること全部知ってるから』


「はい。初めて見る人は、読む時間もいると思うので」


 すずさんが、画面を分けていく。


 花は、そのまま残した。


 文字が少なくなると、名前の横の小さな絵も、見やすくなった。


『こっちのほうが、喋る順番も分かるね』


「僕には、見やすいです」


『ありがと。じゃあ、次はせらちゃん』


 今度は、僕の録音を再生した。


 趣味の説明。


 好きなゲーム。


 これから、やってみたいこと。


 止めずに聞き終えてから、すずさんが言った。


『声、落ち着くね』


「本人は、ずっと、次の行を探してました」


『うん。途中、一回、すごい静かになった』


「見失ったところです」


 すずさんが笑った。


 僕も、メモを見て笑った。


 喋る文章を、全部書いてあった。


 そのとおりに言わなければいけない気がして、一行ずれただけで、続きが分からなくなった。


『これ、全部読まなくても、せらちゃんが知ってることだよね』


「まあ……自分のことなので」


『じゃあ、名前だけ残してみる? 好きなゲームの名前とか、話したいことの見出しだけ』


 文章を、別の場所へ避けた。


 短い見出しだけを見て、もう一度、同じところを話す。


 さっきと、言葉は少し変わった。


 でも、途中で、次の行を探す必要はなかった。


『今のほうが、せらちゃんと話してる感じする』


「……そうですか」


『うん。最初のやつも丁寧でよかったけど、今のは、続き聞いてみたくなる』


 僕は、短くなったメモを見た。


 全部、覚えたわけではなかった。


 それでも、何を話すかは、前より分かった。


「すずさん」


『ん?』


「本番までに、もう一度、聞いてもらってもいいですか」


『もちろん。私のも、また見て』


「はい」


 教えてもらうことと、手伝えることが、一回の通話に両方あった。


 食事の席でした約束が、少しずつ、形になっていた。


     *


 最初の顔合わせから、もうすぐ八週間。


 デビューの日は、すずさんが土曜日の夜九時。


 僕は翌日の日曜日、夜八時に決まった。


 時間を決めるとき、久我さんが前の資料を開いた。


「ほしなさんの配信と重ならない時間をご希望でしたね」


「……まだ書いてあるんですね」


「ご希望でしたので」


 自分の初配信が決まった。推しの配信に間に合う時刻で。


 事務所の告知に、音無せらの名前と立ち絵が載った。


 これまで、確認用の画面でばかり見ていた女の子が、初配信の日付と一緒に並んでいた。


 名前の文字を、指でなぞりそうになって、やめた。


 触っても、何かが変わるわけではない。


 もう、誰でも見られるところに出ていた。


 金曜の夜、最後の確認を終えて、久我さんとの通話を切った。


 音も、画面も、見てもらった。


 自己紹介のメモも、直した。


 ゲームは一戦。そのあとに話すことも、用意した。


 スマートフォンには、すずさんから『明日、いってきます』と届いていた。


『見てます。楽しみにしてます』


 返事をして、自分の予定画面へ戻る。


 開始日時は、日曜日の二十時。


 今から配信を始めるのではない。その日に向けた待機ページを、人から見えるようにする。


 それだけなのに、カーソルを動かす手が、少しだけ遅くなった。


 『公開する』。


 僕は、ボタンを押した。


 作成されたページを開く。


 灰銀色の髪の女の子と、自分で考えた配信のタイトル。


 その下には、まだ動いていないコメント欄があった。


 いつも、始まるのを待っていた画面だった。


 日曜日の二十時。


 次にここで聞こえるのは、僕の声だった。


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