【配信21日目】 はじめまして、音無せらです! よろしくね 【音無せら/四季野すず】
『ゲームも好きです! 得意とは、まだ言ってません!』
土曜日の夜。
すずさんの初配信を、僕は自分の部屋で見ていた。
〈わかる〉
〈何やるの?〉
〈歌よかった!〉
『歌、ありがとう! また歌うね。ゲームはね、LAST CIRCLEもやってます。最近、ちょっと教えてもらってて――みんなは、何で遊ぶことが多い?』
好きなものを並べた画面の横で、すずさんが笑う。
いくつものゲームの名前が流れた。
『あ、それ知ってる。気になってた! 難しい?』
質問へ答えたはずなのに、もう、次の会話になっていた。
花を残した、二枚の画面。
一緒に確認した文章が、順番どおりに読まれるわけではなかった。それでも、すずさんが何を好きで、何をしたいのかは、ちゃんと伝わってきた。
最後の挨拶を聞いてから、お疲れさまでした、と送る。
少しして、返事が来た。
『ありがとう! 途中、一回、次何話すか飛んだ!』
『お水を飲んでいたところですか?』
『そう! あの間にメモ探してた!』
自然な間だと思っていた。
喋るのが上手い人は、全部、頭の中に入っているのだと思っていた。
『明日、見てるね』
続けて届いた一言に、僕は姿勢を直した。
今まで僕が書いていた側の言葉が、今日は、こちらへ届いていた。
*
日曜日、十九時五十九分。
マイクの角度を直そうとして、やめた。
さっき、久我さんと確認したところだった。
声は届く。画面も映る。見せるのは、用意した配信用の画面だけ。個人の連絡は、配信を終えてから見る。
そこまでは、できている。
待機画面の横には、コメントが流れていた。
〈待機〉
〈すずちゃんの配信から来ました〉
〈楽しみ〉
〈あと一分!〉
自分が書かなくても、文字が増える。
その人たちは、僕の声が聞こえるのを待っている。
水を飲んだ。
置いた。
もう一度飲もうとして、やめた。
そんなに水を必要とする話は、まだ何もしていない。
二十時。
待機画面を、切り替えた。
灰銀色の髪の女の子が、画面の真ん中に現れる。
僕が口を開くと、彼女も、同じように口を開いた。
「こんばんは! リプライン所属、音無せらです」
言えた。
練習していた名前まで、一度も止まらずに。
〈きたー!〉
〈かわいい〉
〈よろしくお願いします〉
「本日は、お忙しいところお集まりいただき――」
〈こちらこそよろしくお願いいたします〉
〈説明会始まった?〉
続きを言う前に、一つ下のコメントが目に入った。
〈資料の配布はありますか〉
「資料は、このあと画面に……って、違う。ボク、説明会を始めようとしてた?」
普通に答えてしまった自分がおかしくて、息が漏れた。
せらの目が、少し細くなる。
〈初配信を見にきました〉
〈笑った顔すき〉
〈声いいな〉
コメントを読んで、また、少し笑ってしまった。
まだ、始まって一分もたっていない。
その間に、用意していなかった言葉を、もう一つ喋っていた。
「そうだよね。ボクも、そのつもりだった。……改めて、来てくれてありがとう。ちょっと緊張してるけど、よろしくね」
画面へ向かって、小さく手を振りかけた。
せらの手は動かなかったけれど、声は、さっきより楽に出た。
*
名前。好きなもの。これから、やってみたいこと。
画面を順番に切り替えながら、短くしたメモへ目を落とす。
「ゲームが好きで、特にFPS! 歌とダンスは、今、練習中だよ」
〈ボクっ娘いいね〉
〈何のゲームやる?〉
〈歌も楽しみ〉
「ありがとう。歌は、もう少し待っててね。ゲームのほうは――実は、ボクのプレイを見たことある人、いるかも」
次の画面を開いた。
用意した大会の名前と、そのときに使った名前。
nemui。
「少し前にあった、月乃ほしな先輩のLAST CIRCLEの大会。ボク、この名前で出てたんだ」
コメントの動きが、一度、変わった。
〈え?〉
〈あのnemui!?〉
〈優勝した人?〉
〈大会見てた!〉
「うん。そのnemuiだよ。優勝して、それからオーディションを受けることになって……」
〈あの人この子なのか〉
〈ほしなと戦ってた子?〉
〈初見なんだけど何の大会?〉
「あ、初めて聞く人もいるよね。ほしな先輩が開いた、視聴者参加の大会。優勝したら先輩と話しながら対戦できるって聞いて、応募したんだ」
知らなかった人にも伝わるように、言葉を選ぶ。
「それで、今、ここで自己紹介してる」
〈間に何があったw〉
〈オーディションのやつか!〉
〈デビューおめでとう〉
「ありがとう! ……ボクも、こんなにたくさんの人に自己紹介するとは思ってなかったよ」
今も、少し、不思議だった。
でも、自分の名前を見て驚いている人がいる。
あの日の試合を、覚えてくれている人がいる。
僕が配信を閉じていた間にも、あの場所には、見ている人がいたのだ。
「じゃあ、今日はそのLAST CIRCLEを一戦だけ! ボクがどんなふうに遊んでるか、見てもらおうかな」
ゲームの画面へ切り替えた。
中央に、白髭の男が現れた。
剃り上げた頭。
広い肩。
いつもどおり、少し困ったような眉。
右下には、灰銀色の髪の女の子。
〈おじいちゃん!〉
〈そのままなんだw〉
〈どっちがせらちゃん?〉
「右下、右下! ……でも、真ん中もボクが動かしてるから、どっちも合ってるか」
画面を見直して、笑ってしまった。
自己紹介をしたばかりなのに、早速、ややこしくしている。
〈おじいちゃん続投うれしい〉
〈変えないの?〉
「この人で大会に出たからね。そのまま、一緒に出てもらおうかなって」
〈いいね〉
〈相棒か〉
〈よろしくおじいちゃん〉
僕は、開始のボタンを押した。
女の子と、白髭の男。
どちらも自分なのだと思うと、初配信の画面は、ずいぶん賑やかだった。
*
輸送機の音が、ヘッドホンの中に広がった。
今回は、大会の専用部屋ではない。
いつものソロの試合だった。
「ここに降りようかな。家がいくつかあるし、次の場所にも動きやすいんだ」
地図に印をつける。
住宅地の外れ。大きな道から一本入った、小さな家の集まり。
周りに開くパラシュートを数えてから、屋根の低い家へ向かった。
着地する。
中へ入る。
銃と弾を拾い、奥の部屋まで見て回る。
「近くに人が降りたから、まずは武器ね。……あった。よし、これなら外に出られる」
言い終えてから、コメントへ目をやった。
〈説明わかりやすい〉
〈マウス何使ってる?〉
〈動きはっや〉
返事を考えている間も、窓の外を見てしまう。
普段なら、次の家へ移っている時間だった。
今日は、その間に、話をする。
「マウス? あ、使ってるもの、あとでまとめておくね」
少し長く、窓の手前に立っていた。
気づいて、壁へ寄る。
画面の二か所を見るだけでも、思ったより忙しかった。
家を二軒回って、装備が揃った。
ライフル。予備の弾。回復用品。
裏手の塀へ移り、先の建物を確かめる。
その間に、一つ、質問が読めた。
〈ゲーム以外だと何が好き?〉
「ゲーム以外? 最近は、配信を見たり――」
言いかけたところで、窓の奥が動いた。
道の向こうの、二階建て。
左側の窓。
「……あ、一人いる。ちょっと待ってね」
照準を上げた。
窓から銃口が出る。
こちらより、少し早い。
僕は塀へ身を隠した。
頭があった位置を、弾が抜けていく。
続いて、塀の上が細かく砕けた。
銃声が止まる。
すぐには、顔を出さなかった。
向こうは、今の場所を見ている。
塀に沿って、二歩だけ右へ。
低いところへ伏せて、庭の入口から建物を見た。
窓の奥で、人影が横切った。
左から、右へ。
僕の照準も、隣の窓へ移る。
「右」
窓枠に、肩が出た。
撃った。
最初の数発が当たり、相手が奥へ引く。
引き切る前に、もう一度。
撃破の表示が出た。
その直後、別の銃声がした。
塀の手前の土が、跳ねる。
上。
家の向こう、斜面の岩の脇で、光が見えた。
「もう一人」
立って、庭の物置へ戻る。
角を曲がるまで、止まらない。
壁に弾が当たる音が、背中を追った。
そこでようやく、弾を込め直す。
物置の反対側から、斜面を見た。
岩の右に、相手の肩が見えている。
まだ、僕が隠れた角へ銃を向けていた。
息を止めた。
短く、撃つ。
相手が向き直るより先に、照準を戻して、次を当てた。
二つ目の表示。
指を離す。
耳を澄ませる。
銃声は、続かなかった。
僕は、物置の壁へ戻った。
「よし、いけた! ……もう、いないよね?」
言ってから、思い出した。
話の途中だった。
コメントへ目を戻す。
〈うま〉
〈今の二人目見えなかった〉
〈撃つとき急に迷いなくなるな〉
〈ないす!〉
「ナイス、ありがとう。二人目、危なかったあ」
息を吐いてから、続きの言葉を探す。
何を、聞かれていたのだったか。
ゲーム以外。
そこまでは、覚えている。
「……ごめん、今、何の話してたっけ。ゲーム以外の、何か……」
〈ゲーム以外の趣味!〉
「あ、趣味! そうだった。ありがとう、戻ってきた」
質問した人と、同じ名前かどうかは分からなかった。
でも、覚えてくれていた人がいた。
「歌を聞くのも好きだよ。ゲームの曲とか、アイドルの曲とか。何かしながら聞くつもりが、気づくと手が止まってるんだよね」
〈わかる〉
〈MV見始めると終わる〉
〈ほしなの曲も?〉
「聞く聞く。好きな曲、いっぱいあるよ」
そこは、迷わず答えられた。
白髭の男を、塀の陰へ動かす。
回復が終わるまでの間、画面には、曲の名前や、短い感想が流れていた。
試合をしているのに、試合以外の話をしている。
同じゲームが、いつもより、少し違って見えた。
*
そのあとも、安全区域は何度か変わった。
住宅地を離れ、道を渡り、林の端へ。
足を止められる場所で、一つずつ、コメントを読んだ。
答えているうちに、次に言おうとしていたことを忘れる。
ゲームへ集中すると、今度は、喋るのを忘れる。
どちらも覚えているつもりで、どちらかが、少しずつ遅れた。
撃ち合いを二つ切り抜けて、残りは四人。
最後の円は、斜面の上に出た。
先に入っている相手が、高い場所を押さえていた。
煙幕を使い、くぼみをたどる。
もう少しで、次の木へ届く。
その手前で、横から撃たれた。
狙いを返す。
当たった。
でも、足りなかった。
白髭の男が倒れ、画面に、四位の表示が出た。
「あーっ、そっちかあ!」
マウスから、手を離す。
見ていた場所より、少し左。
相手は、木の横の低い岩を使っていた。
〈おしい〉
〈GG〉
〈ないすファイト!〉
〈四キルすごい〉
「応援ありがとう。最後、うまく入れなかったなあ。あの岩、見えてなかった」
水を飲む。
今度は、本当に喉が渇いていた。
「……くやしい。今の、勝ちたかった!」
言ってから、少し笑った。
自己紹介の一戦なのだから、見てもらえればいいと思っていた。
始めてしまえば、やっぱり、勝ちたかった。
〈もう一戦いく?〉
〈リベンジ見たい〉
開始ボタンへ、カーソルが寄りかけた。
止める。
「……やりたいけど、今日は一戦! ボクの自己紹介、まだ途中だからね」
ゲームの画面を閉じ、せらを、真ん中へ戻した。
さっきまで銃を持っていた男が、いなくなる。
残ったのは、僕が喋らないと、何も話せない女の子だった。
*
「ゲームは、こんな感じで遊んでるよ。どうだった?」
あらかじめ書いておいた言葉に、短い問いかけが足された。
コメントには、さっきの試合のことも、次に見たいゲームのことも流れていた。
〈最初の二人倒したとこうまかった〉
〈このゲームやったことないけど楽しかった〉
〈自分も練習しようかな〉
「やったことなくても楽しかった? そっか、うれしいな。途中、話しかけたまま撃ち始めちゃったから」
話そうとしていたことが、何度か、銃声のあとに消えた。
全部うまくできたわけではなかった。
でも、楽しかったと書いてくれた人はいた。
〈ゲームやらない人も見に来ていい?〉
次の項目を読もうとして、目が止まった。
プロフィールにも、話すことのメモにも、その質問の答えはなかった。
「もちろん。遊びに来て!」
それでも、返事は、すぐに出た。
「ボクもね、見てるだけの日、たくさんあったんだ」
仕事から帰って、画面を開く。
遊ぶ元気まではなくても、誰かが楽しんでいる声なら、聞いていられた。
知らないゲームのルールが、少しずつ分かった夜もあった。
「何が起きたか、みんなにも分かるように話せたらいいな。ボクだけ分かって、そのまま進めちゃうこともあると思うから。分からなかったら、聞いてね」
〈また来るね〉
〈助かる〉
〈声聞いてるだけでも落ち着く〉
「……ありがとう。また来てくれたら、うれしい」
画面の女の子が、少し目を伏せる。
自分で考えた返事だった。
初配信で、こんなことを話すとは思っていなかった。
でも、言ってみると、やりたいことが、一つ、はっきりした。
続いて、歌の配信もするのかという質問が目に入った。
「やってみたい! 今はね、息を吸うところを歌詞に書いて練習してる」
〈えらい〉
〈楽しみにしてる〉
〈ダンスも?〉
「ダンスも少しずつ。最初できなかったところが、音楽に合わせてできると、うれしいんだよね。そこだけ、もう一回やりたくなる」
〈いいね〉
〈いつか見たい!〉
「うん。見てもらえるように、頑張るね」
鏡の前で、何度もやり直した足の動きを思い出した。
初めて、最後まで合ったときのことは、自分でも、よく覚えていた。
今できることも、まだできないことも、少しずつ話した。
好きなゲームの名前。
これから試してみたい、協力して遊ぶゲーム。
歌も、聞くだけでなく、いつか聞いてもらいたいこと。
時計へ目をやると、終わりの時間が近づいていた。
あんなに長いと思っていた一時間が、もう少ししか残っていなかった。
「次は、水曜日の夜十時! ゲームしながら、今日話し切れなかったことも話そうかな。よかったら、また遊びに来てね」
〈了解!〉
〈おつせらー〉
〈初配信おつかれさま〉
終わりの言葉が、流れ始める。
いつも、その中へ、僕も書いていた。
今日は、マイクへ向かって、返事をした。
「今日は来てくれて、ありがとう。ボク、楽しかった! また水曜日にね」
終了用の画面へ、切り替える。
音楽が流れる。
少し待って、配信を終えた。
*
椅子の背もたれへ、身体を預けた。
部屋が、静かだった。
ヘッドホンを外すと、机に置いた音まで大きく聞こえた。
一時間。
喋り続けていたわけでもないのに、終わった途端、頬の辺りが疲れていることに気づいた。
久我さんへ終了の連絡を返し、ようやく、個人のメッセージを開く。
すずさんから、いくつも届いていた。
『おつかれさま!』
『二人目倒したとこ、びっくりした。私、誰に撃たれたか分かる前に終わってた』
『あと、ゲームやらなくても見に来ていいって話、よかった』
最後の一つを、もう一度読んだ。
『ありがとうございます。あそこは、考えていなかったので、うまく話せたか分からなくて』
『うん。せらちゃんの言葉って感じした』
短くしたメモが、机にあった。
用意していた言葉より、用意していなかった返事を覚えてもらえた。
少し不思議で、うれしかった。
別の連絡先も、開いた。
『直人、おつかれさま。楽しかったよ』
夏希だった。
その下に、もう一つ。
『最後、もう一回始めそうになってたでしょ』
見られていた。
自分では、カーソルを、少し寄せただけのつもりだった。
『少しだけ』
『負けたあと、すぐ帰りたくないんだよね』
僕は、画面を見たまま、笑った。
彼女にも、覚えがあるのだと思う。
今の配信にも。
昔、一緒に遊んでいた時間にも。
『見てくれて、ありがとう』
打ってから、送る前に、一度読み直した。
ほしな先輩へのお礼なら、もっと丁寧に書くところだった。
今は、この短さで届く。
送信すると、ほどなく返事が来た。
『また見に行くね』
スマートフォンを、机へ伏せた。
配信を終えたあとなので、この顔まで映らなくてよかったと思った。
目の前には、話し終えた項目へ印をつけたメモが残っている。
名前の紹介。
大会の話。
モデルを見てもらうこと。
どれも、次の配信では、同じようには使えなかった。
また見に来てもらえたとき、何を話そう。
ゲームを起動するだけでは、その答えまでは用意されない。
僕は、新しい配信の予定を開いた。
水曜日、二十二時。
日付を入れてから、タイトルの欄に、『ゲームと、少しお話』と打った。




