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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ02】 「はじめまして」の続きは二人きりで

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【配信19日目】 同期とごはん! 帰るまでが顔合わせです 【音無せら/四季野すず】

「せらちゃん、こっち」


 店の奥で、すずさんが小さく手を振った。


 ついさっきまで、別の名前で呼ばれていた。


 少しだけ反応が遅れてから、僕も手を上げる。


 窓際のテーブルには、今日のレッスンで一緒だった人たちが座っていた。コップと、開かれたメニュー。空いている椅子の前にも、おしぼりが一つ置いてある。


「すみません。遅くなりました」


「大丈夫。先に飲み物だけ頼んでたところ」


 すずさんが隣の席から荷物を下ろした。


「ほしな先輩、会えた?」


「はい。お話しできました」


「どうだった?」


 椅子を引く手が、一度止まる。


 何から話せばいいのか。


 いや、話せるところからでいい。


「……優しかったです」


「よかった。行く前、すごい緊張してたもんね」


「ゲームの話も、少し」


「あ、それなら話せそう」


 すずさんが笑った。


 僕も、頷いた。


 普通に話せることも、ちゃんとあった。


 昔のことだけを、胸の内へしまっておく。


「せらちゃん、お腹すいてる?」


「……はい。結構」


「よかった。私、すごいすいてる」


 メニューが、僕の前へ滑ってきた。


 ハンバーグ。オムライス。グラタン。


 写真を見た途端に、お腹が、自分の仕事を思い出した。


 レッスンを受けて、夏希と会って、話して。


 その間、ずっと、昼に食べたおにぎりだけで動いていたらしい。


「これ、迷ってるんだよね」


 すずさんの指が、オムライスの写真へ伸びた。


「こっちの、とろとろのやつと、普通に包んであるやつ」


「どちらが好きなんですか」


「とろとろ」


「じゃあ、こっちでは」


「でも、包んであるのも好き」


 問題は、好みが分からないことではなかった。


 向かいの席から、「私、包んであるほうにする」と声がした。


「じゃあ、私こっち。一口ずつ交換してもいい?」


「いいよ」


 解決した。


 僕もメニューを閉じて、ハンバーグを頼んだ。


     *


 料理が届いたとき、テーブルの上が、急に静かになった。


 さっきまでは、腕が重いとか、帰ったらお風呂から出られなくなりそうだとか、そういう話をしていた。


 今は、みんな、それぞれの皿を見ている。


「待って、写真だけ」


 すずさんがスマートフォンを持ち上げた。


 僕も、真似して取り出す。


 普段は、一人の夕食を撮ることはない。


 でも、今日は、あとで送ってみたい相手がいた。


 皿へ画面を向けると、隣のグラスが大きく入り込んだ。


 スマートフォンを少し近づけて、撮り直す。


 すずさんは、まだ、撮っていた。


「どうしたんですか」


「湯気が。おいしそうなんだけど、写真だと白くて」


「少し待ったら、落ち着くと思います」


「……それは、冷めるってこと?」


「そうですね」


 すずさんは、迷わずスマートフォンを伏せた。


「いただきます」


 写真が負けた。


 僕も、温かいうちにナイフを入れた。


 切ったところから、ソースへ肉汁が混ざる。


 一口食べて、ご飯を口へ運ぶ。


 ちゃんと、お腹がすいていた。


「おいしい?」


「はい。ソース、少し甘いんですね」


「そういうの好き?」


「好きです。ご飯と一緒に食べるなら、これくらいが」


「あ、分かる。私も、ケチャップ多めのほうが好き」


 すずさんは、自分の皿の赤い部分を少しすくった。


 向かいからは、酸味があるほうが好きだという声が返ってくる。


 同じオムライスを頼んでも、ソースの減り方は違うらしかった。


 僕はもう一口食べてから、すずさんへ向き直った。


「あの。ありがとうございます」


「ん?」


「辛くないお店にしてもらって。帰りも、駅まで近いですし」


「ああ、その話。よかった、食べられるのあって」


「日曜に開いてるかも、確認してくれたんですよね」


「うん。電話しただけだけど」


「助かりました」


 頭を下げると、すずさんが少しだけ姿勢を正した。


「……いえいえ。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」


 急に、仕事のやり取りになった。


 つられて、僕の背中も伸びた。


「こちらこそ。また、よろしくお願いします」


「次の幹事も決まったね」


 向かいから言われて、すずさんが顔を上げた。


「待って。私、今、次の予約まで受けた?」


 テーブルの向こうで、笑い声が重なった。


 僕も、口元を押さえた。


 確かに、そういう返事だった。


「次は、僕も探します」


「本当? じゃあ、一緒に探して」


「はい」


「よかった。せらちゃんのおすすめも知りたい」


 好きなお店と言われると、仕事帰りに一人で寄るところばかりだった。


 みんなで入れそうなところも、少し探してみようと思った。


 すずさんはグラスを持って、ふう、と息をついた。


 中身は、氷の入ったオレンジジュースだった。


「炭酸は、飲まないんですか」


「あんまり得意じゃなくて。喉が、びっくりする」


「……喉が」


「うん。だから、お茶かジュース」


 辛いものが苦手なのは、僕だけれど。


 お店を探すなら、次は、そのことも覚えておこうと思った。


     *


 皿の上が少しずつ空いてくると、話は、今日配られた資料のことへ移った。


 準備するもの。考えておくこと。


 自分で描いた絵を使いたいという人もいれば、短い動画を作ってみたいという人もいた。


 昼の自己紹介で聞いたことに、少しずつ、具体的な形がついていく。


 僕は、グラスを両手で持った。


「すずさんって、前の配信では、何を話してたんですか」


「その日あったこととか。歌ったあとに、ちょっと話したり」


「話すこと、なくなりませんか」


「なくなるよ」


 すぐに返ってきた。


 そうなのか。


 今のところ、一度も困っているようには見えなかった。


「最初のころなんて、話題、メモしてたのに足りなかった」


「いくつくらいですか」


「そのときは三つ。『最近買ったもの』『最近食べたもの』『休日の過ごし方』」


 どれも、話しやすそうだった。


 僕も、それなら少しは話せるかもしれない。


「それで、どんな話を?」


 すずさんは、当時を思い出すように、少しだけ顔を上げた。


「『休みの日に鍋を買って、お鍋を作りました。おいしかったです』」


 頷いて、続きを待つ。


 すずさんも、僕を見た。


「……それで?」


「三つ、終わった」


 隣の席で、誰かが飲み物を置いた。


 向かいの子は、口元にナプキンを当てていた。


 僕も、グラスから手を離した。


「一文に、全部入ってますね」


「そうなの! ちゃんと三つ用意したのに、一個しゃべったら全部なくなったの!」


 もう、誰も我慢できなかった。


 すずさんも笑いながら、指を三本立てた。


「そのときはね、一個終わって、次のメモ見て、あれって。三個目見て、また、あれって」


「順番に、なくなるのが分かったんですね」


「そう。準備してきた自分に、裏切られた」


 少し前まで、何か三つ用意すればいいのかと思っていた。


 内容も、確かめたほうがよさそうだった。


「それで、どうしたんですか」


「コメントで、『何鍋?』って聞いてくれた人がいて。そこから、いろいろ話した」


「何鍋だったんですか」


「寄せ鍋。……の、つもりだったんだけど」


 すずさんは、自分の皿の上に、小さな丸を描いた。


「一人用のお鍋、買ったのね。そこへ、一袋の野菜と、お肉と、お豆腐を入れたら、ふたが閉まらなくなって」


「一人用にしては、多いですね」


「お鍋のほうには、一人用って書いてあったから」


 それは、鍋が食べる量を決めてくれるという意味ではないと思う。


「お水入れる前に、もう、上がこんもりしてた」


 向かいから、「それを最初に話せばよかったのに」と声がした。


「そうなんだよ。あとから聞くと、ちゃんと話せることあったんだよね」


 すずさんは、少し照れたように笑った。


「そのとき、配信で話すことって、すごい出来事じゃなくてもいいんだなって思った」


 僕は、彼女が指で描いた丸を見た。


 たしかに、さっきから、鍋の話だけで笑っていた。


 誰かが買った鍋の大きさを聞く時間が、こんなに楽しいとは思っていなかった。


「その鍋、今も使ってるんですか」


「うん。野菜、半分ずつ入れるようになった」


 それなら、ふたも閉まりそうだった。


「せらちゃん、普段は料理する?」


「簡単なものだけです。平日は、買って帰ることも多いですけど」


「お仕事と両立する感じ?」


「はい。会社に勤めてます」


「そっか。じゃあ、帰ってからご飯作るの、大変な日もあるね」


 詳しい会社名や、何時の電車で帰るのかまでは、聞かれなかった。


 買い置きしてあると助かるものや、洗い物を増やしたくない日の話へ、そのまま進んでいった。


 僕も、よく買うものを一つ話した。


 向かいの席から、同じものを買うという返事がきた。


 少しだけ、話しやすくなった。


     *


 食後のお茶が届いて、すずさんが僕の前へミルクを寄せてくれた。


「すずさん、話を聞くのも、上手ですよね」


「え。そう?」


「さっきも、質問してもらうと、話せることがあったので」


 自分だけでは、料理は簡単なものだけです、と言って終わっていたと思う。


 そこから、平日の晩ご飯の話になった。


 僕にも、話せる日常は、あるらしかった。


「気になったから聞いただけだよ」


 すずさんは、カップへ両手を添えた。


「せらちゃんも聞いてくれるじゃん。その鍋、今も使ってるのって」


「それは、本当に気になったので」


「うん。私も、それ」


 あまりにも普通に言われて、僕は、一度、カップを見た。


 そういうことで、よかったのか。


「配信だと、もっと、面白いことを言わないといけない気がして」


「分かる。私も、変なオチつけようとして、何の話だったか分からなくなったことある」


 すずさんが、苦い顔をして笑った。


「でも、最初から全部できなくてもいいと思う。一緒に遊んでたら、勝手に話したくなることもあるし」


「……そうですね」


 昼に、ゲームの窓の使い方を説明したときのことを思い出した。


 聞いてくれる人がいると、続きまで話したくなった。


 少し、話しすぎたくらいだった。


「私は、せらちゃんみたいにゲームのこと分かるほうが、いいなって思うけど」


「僕も、全部分かるわけではないですよ」


「うん。でも、私、昼の話、すごく分かりやすかった。同じ窓から出ないとか、遠くまで離れなくてもいいとか」


 すずさんが、僕のほうへ身体を向けた。


「今度、実際にやってみたい。ゲームの中で」


「じゃあ、一緒にやりましょう」


 自分から言ってから、少しだけ驚いた。


 昼にした約束だった。


 でも、今は、早く続きをやってみたいと思っていた。


「歌のほうは、また教えてもらってもいいですか」


「私で分かるところなら。レッスンのあと、一緒に練習しよ」


「お願いします」


「じゃあ、教え合いっこだ」


 すずさんが、うれしそうに頷いた。


 隣から、動画のことなら少し手伝えるという声がした。


 絵の話にも、別の声が加わった。


 まだ、誰もデビューしていない。


 それぞれ、できることと、これから覚えることを持って、このテーブルに座っていた。


 僕にも、一つくらいは、渡せるものがありそうだった。


     *


 店を出ると、空はもう暗くなっていた。


 駅へ向かいながら、みんなで次のレッスンの予定を確かめた。


 すずさんが、隣へ並ぶ。


「ゲーム、平日だと大変かな」


「夜なら大丈夫だと思います。ただ、帰りが遅くなる日もあるので」


「じゃあ、空いてる日、分かってからでいいよ。最初は、ちょっとだけでも」


「はい。今週の予定を見て、連絡します」


「うん。待ってる」


 できるかどうか分からない時間を、今、決めなくてもいい。


 それだけで、返事がしやすかった。


 駅の案内を確かめようと、スマートフォンを開く。


 横から、すずさんが画面をのぞいた。


「あ、こっちの改札だね」


 肩が、近かった。


 彼女にとっては、一緒に帰る女友達との距離なのだと思う。


 僕は画面を少し彼女のほうへ傾けてから、半歩だけ位置を変えた。


「分かりますか」


「うん。そこの階段、下りたところ」


 すずさんは、行き先を指した。


 その指の先から、別の路線へ向かう人たちが手を振ってくれた。


 僕も、手を振り返す。


「またね、せらちゃん」


「はい。また」


 名前を呼ばれてから、今度は、すぐに返事ができた。


     *


 家へ帰って靴を脱ぐと、急に、足が重くなった。


 今日は、よく動いた。


 よく話したし、よく、人の顔を見ていた。


 ソファへ座りかけて、その前に、明日のシャツを出す。


 月曜日の僕が困らないようにしてから、ようやく、腰を下ろした。


 スマートフォンには、新人用の連絡先へ届いた、今日のお礼が並んでいた。


 僕も短く返事をしたところで、別の通知が出た。


『もう帰れた?』


 夏希だった。


 僕は、文字を打った。


『はい。ほしなさんも――』


 そこまで打って、消した。


 画面の上にある名前を、もう一度見る。


 ここでは、その名前でよかった。


『今帰った。夏希は、もうご飯食べた?』


 少し迷ってから、さっき撮ったハンバーグの写真も送った。


『みんなで、これ食べた』


 返事は、すぐに来た。


『いいな。私も今から』


『食べたら配信の準備する』


 いつもの配信が始まるまでに、こんな時間がある。


 知っていたはずのことを、初めて、少しだけ近くに感じた。


『うん。あとで見る』


 送ってから、スマートフォンを置いた。


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