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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ02】 「はじめまして」の続きは二人きりで

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20/24

【配信18.5日目】 今日のうれしい話は、まだ内緒 【星野夏希】

今回はメインストーリーではなく、夏希視点のサイドストーリーになります。

 廊下の角を曲がってから、私は足を止めた。


 さっき扉を開ける前に、直人の名前を呼んだ。


 声は小さかった。廊下にいたスタッフのところまでは、たぶん聞こえていない。


 そこまで考えて、自分の口元を手で覆う。


「……危なかった」


 人前では、今日が初対面。


 ついさっき、二人で決めたばかりだ。最初の一歩で転ぶところだった。


 でも、久しぶりに名前を呼べた。


 彼も、夏希、と返してくれた。


 仕事で使う廊下の真ん中なのに、しばらく動きたくなかった。


「月乃さん、お話は終わりました?」


 受付のほうから声を掛けられ、背筋を伸ばす。


「はい。お部屋、ありがとうございました」


「音無さん、緊張されていたみたいですね」


「最初は。でも、ゲームの話になったら、ちゃんと話してくれましたよ」


 嘘ではない。


 久我さんの前でも、二人だけになってからも、ゲームの話はした。


「それならよかったです。今日はこのあと、配信でしたよね」


「九時からです。帰って準備します!」


 明るく答えて、受付を離れた。


 今までなら、そのまま夜の段取りを考えていたと思う。


 今日は歩きながら、ポケットの中のスマートフォンが気になった。


     *


 自分の部屋に帰り、鞄を置いた。


 配信の準備をする前に、古い連絡先を開く。


 今日の日付が、そこにあった。


『今日は、ありがとう』


『また話そうね』


 自分で打った返事を、もう一度読む。


 その上には、ずっと返事のなかったやり取りが残っている。


 直人が急にいなくなったころ、最初は試合の予定が合わないだけだと思った。


 それから、何か怒らせたのかもしれないと思った。何度か連絡して、返事が来ない日付だけが増えた。


 今日、理由の全部を聞けたわけじゃない。


 元気なのかくらい、知らせてほしかった。その気持ちだって、話せたからすぐに消えるわけではなかった。


 でも、嫌いになったから離れたのではないと、直人は言った。


 今も話していて大丈夫かと聞いたら、うれしい、と答えてくれた。


 私は画面を閉じずに、ソファへ座った。


 大学の練習室では、試合を一つ終えるたび、誰かが次の予定を聞いた。


 直人が「もう一戦、できる?」と言うと、私はいつも、まだできると答えた。


 ゲームを続けたかったのは本当だ。


 隣の席から帰りたくなかったのも、本当だった。


 あのころは、そういうことを一度も言わなかった。


 今日だって、友達、と言うのが精いっぱいだった。


 直人はほっとした顔をした。私も、またそう呼べることがうれしかった。


 だけど、あの顔を見たあとで、自分の胸にあるものまで全部友達に戻ったとは、思えない。


「……一戦で終わるかな」


 今度ゲームをするときのことを考えて、笑ってしまった。


 大会のあと、私が二本勝って、直人が一本。


 次は三本とも取ると宣言した。もちろん本気だ。


 勝っても負けても、続きがあれば、もう少し話せる。


 そんなことまで、昔と同じだった。


     *


 パソコンをつけ、今夜の配信の準備を始めた。


 いつもなら、話したいことを先に三つ書く。


 レッスンのこと。最近聴いた曲。今日の晩ご飯。


 配信タイトルの欄に、指が勝手に別の言葉を打った。


【雑談】今日はすごくうれしいことがありました!


 うん。あった。


 それで、何があったか聞かれたら。


「……答えられない」


 台本の一行目に『うれしいこと』と書き、その下へ『秘密』と書いた。


 これでは開始一分で話が終わる。


 配信タイトルと台本を消す。


 最近のレッスンの話にしよう。あれなら、いくらでも喋れる。お腹がすいて途中で晩ご飯の話になっても、いつものことだ。


【雑談】最近のレッスンと夜ごはんの話


 これでよし。


 画面の中では、私は月乃ほしなだ。


 ここまで自分で続けてきた歌も、配信も、いつも見に来てくれる人たちも、大切にしたい。


 直人が見てくれていたと知ってうれしかったのは、その毎日のことまで聞いてくれたからだ。


 会社から帰って私の配信を開いていたなんて、想像していなかった。


 疲れた日の最後に一度は笑えた、と言ってくれた。


 言われたとき、うまく返せなかった。次に会えたら、もう少しちゃんとお礼を言いたい。


 でも、ほしなとして配信で話すことと、夏希として直人に話すことは、これからも分けておく。


 スマートフォンを見た。


 もう同期とのお店に着いただろうか。ご飯を食べていたら、今は邪魔をしたくない。


 とりあえず、自分の晩ご飯を決めよう。


 冷蔵庫を開けて、閉めた。


 配信タイトルに書いてしまった以上、何か食べないと夜ごはんの話ができない。


「先に決めよ」


 食べるものを選んで、またスマートフォンを見た。


 用事がなくても送っていい、と言ってくれた。


 それなら、帰るころに一つだけ聞こう。


 今度は、返事が遅くても待てる。


 少なくとも、直人の今夜がどこへ続くのかは、聞いてもいいのだから。


 台本の続きを少し書いて、時計を見た。


 お店を出るなら、そろそろだと思う。


 スマートフォンを手に取って、短く打つ。


『もう帰れた?』


 送信した。


 昔の会話のいちばん下に、今日の新しい一行が増えた。


 画面を伏せて、夕飯を温める。


 返事が届くまでの時間にも、私には、話しかける相手がたくさんいる。


 その中の一人と、配信が終わったあとにも話せる。


 まだ誰にも言えない、今日いちばんうれしかったことだった。


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