【配信15.5日目】 今日は足も間違えてない! 【月乃ほしな/月杜しおり】
――少し前の、月曜日。二次予選を終え、本戦を週末に控えていた頃の話。
レッスン用の靴を鞄へ押し込み、今日の予定を確かめる。
午前中は歌。午後はダンスとライブのリハーサル。その合間に大会の打ち合わせをして、夜はしおり先輩と雑談配信。
なかなか詰まっている。
でも、夜まで先輩と一緒なのは楽しみだった。
「よし。行ってきます」
誰もいない部屋に声をかけて、私は玄関のドアを開けた。
*
「うん、今のよかった! その感じでもう一回いこうか」
「はい。サビの前からですか?」
「そうそう。今度も肩、楽にしてね」
歌の先生が鍵盤へ手を戻す。
さっきまでは、サビの最後で息が切れていた。息を吸う場所を譜面に書き込んで何度か歌ったら、ようやく苦しくなくなってきた。
しおり先輩が、私の譜面についた丸を指す。
「ここね」
「うん。次も忘れない」
伴奏が始まる。
先輩の声を聞きながら歌って、丸をつけたところで息を吸う。最後まで声を出してから、隣を見た。
「どう?」
「よかったわ。私も合わせやすかった」
うれしくなって、譜面を持ち直した。
「忘れないうちに、もう一回やっておいていいですか?」
「もちろん。じゃあ、次は少し前からつなげてみよう」
今日の私は、なかなか順調だ。
*
昼は打ち合わせ用の部屋で、お弁当を食べた。
お茶を飲んでひと息ついてから、私はしおり先輩に本戦の進行表を見せる。
「先輩、土曜日のことなんだけど。進行の方もお願いしていい?」
「応援に行くつもりだったけれど、私で大丈夫?」
「うん。試合が始まったら、どうしてもゲームに集中しちゃうと思うから。先輩が話しててくれたら安心する」
当日は、私もシークレットゲストとして試合に入る。
その間の実況をどうするか、運営の人たちとも相談していた。しおり先輩に隣にいてもらえたら、と思ったのは私の方だ。
「分かったわ。じゃあ、今のうちにいろいろ教えてね」
「ありがとう!」
運営の人が用意してくれた資料を、二人の間に広げる。
昨日の二次予選の結果と、本戦へ進む人たちの名前が並んでいた。
読み方に迷う名前には、印をつけておく。土曜日、本人に聞けたらいい。
ひとつの部屋の結果を見ていると、三位の欄で目が止まった。
「nemui。……ねむいさん、かな」
「そう読めるわね」
思わず口元が緩んだ。
こんな名前でも、二回も予選を勝ち抜いてきた人なのだ。
土曜日には、どんなプレイをするんだろう。
次の名前を読みかけたところで、しおり先輩が時計を見た。
「そろそろ着替えましょうか」
「あ、もうそんな時間?」
午後のレッスンが待っていた。
*
練習室の床には、立ち位置を示すテープが貼ってある。
前の練習では、右足から出る振りを、ずっと左でやっていた。鏡を見ていると、どっちがどっちだか分からなくなる。
今日はそこを間違えない。
音楽に合わせて、右足から二歩。
止まって、振り返る。
先輩がちゃんと隣にいた。
「そう、今ので合ってる。もう一回やってみよう」
ダンスの先生に言われて、元の位置へ戻る。
次もできた。
その次は歌いながらやって、サビの最後までそろった。
「今の、よかったよね?」
「ええ。歌っていて気持ちよかったわ」
先輩にそう言われると、もう一回くらい踊れそうな気がした。
実際にはかなり疲れていたので、水は飲んだ。
最後は曲の間の呼びかけまで含めて通す。
しおり先輩が客席へ声をかけ、私が次の曲を紹介する。流れを確認してから、マイクを持ち直した。
「じゃあ、ここからね」
先生が音楽を流す。
曲の終わりでポーズを取り、ひと呼吸置く。
しおり先輩が一歩前へ出て、客席があるはずの方へ腕を伸ばした。
「みなさん、次の曲も盛り上がっていけますかー!」
「行けます!」
マイクを持っていない方の手まで上がった。
そのまま、次の曲が始まるのを待つ。
音楽は流れなかった。
先輩がこっちを見ている。
「ほしなちゃん、曲の紹介」
「……あ」
私だった。
先生が口元を押さえた。隠しきれなかった笑い声が、静かな練習室に響く。
「ごめん! 先輩の曲だったから、つい!」
「うれしいけれど、一緒に歌ってくれる?」
「歌う。歌います!」
立つ場所は合っていたのに、気持ちだけ客席へ行ってしまった。
先輩の次の曲が好きなのは本当だ。だからといって、自分の出番まで待っていてどうする。
「じゃあ、今のところだけもう一回ね」
先生が音楽を戻してくれた。
二度目は、先輩と目を合わせてから前を向く。
「その声、次の曲まで聞かせて!」
ちゃんと曲を紹介して、歌い出しにも間に合った。
最後の音が消えると、先生が頷いた。
「うん。今日はここまでにしよう。おつかれさま!」
「ありがとうございました!」
私はタオルで顔を押さえた。
隣から、しおり先輩の声がする。
「今夜の雑談、話すことはありそうね」
「……歌がうまくいった話をしようね」
先輩は笑っていた。
*
帰宅して夕飯を済ませると、もう配信の時間だった。
夜九時。いつもの挨拶をして、しおり先輩とコメントを眺める。
〈二次予選通ったよ〉
〈本戦楽しみ!〉
『通った人、おめでとう! 出たみんなもおつかれさま!』
昼に読んだ名簿の中に、この人もいたのかもしれない。
昨日の試合の話を少ししてから、話題は今日のレッスンへ移った。
『今日は二人とも、よくがんばりました』
しおり先輩が言ったので、私は大きく頷く。
『がんばりました! 今日は足も間違えてない』
〈おつかれさま〉
〈えらい〉
〈今日は〉
『今日はってとこ、拾わなくていいんだって』
コメントを追っていたら、先輩が少し笑った。
『でも、最後の練習はおもしろかったわね』
『……それ、言う?』
〈何したの〉
〈聞きたい〉
『ライブの、曲の間の呼びかけを合わせていたんだけど』
『みなさん、次の曲も盛り上がっていけますかー! って、私が言ったらね』
『行けます! って言いました』
『すごく元気な返事だったわ』
〈客席にいるw〉
〈元気でよろしい〉
〈草〉
『だって、行けるから! しおり先輩の次の曲、めっちゃ好きだし!』
『ありがとう。でも、あなたは私の隣で歌う人なの』
『そうなんだよねえ……』
私まで笑い始めて、言い訳の続きが出てこなくなった。
少ししてから、咳払いを一つ。
『じゃあ今やる。ほしなが呼びかける方ね』
『ええ。どうぞ』
『みんな、今週の本戦、準備いいですかー!』
〈はーい!〉
〈見るぞー〉
〈出ます!〉
『行けます!』
しおり先輩が、練習のときの私と同じくらい元気に答えた。
『ほら! 先輩も言ってるじゃん!』
『私は今回は、応援する人だもの』
『ずるい! それ、立場がずるい!』
〈立場w〉
〈先輩つよい〉
〈ほしなもがんばれ〉
今度は二人で笑って、しばらく次の話に進めなかった。
*
歌の練習の話も、本戦のお知らせもして、いつものように配信を終えた。
マイクを切ったあとも、コメントは少しずつ流れている。
〈おつかれさまー〉
〈いっぱい笑った。明日も仕事がんばる〉
その一行を見つけて、私は小さく笑った。
「うん。私も」
もう聞こえない返事をしてから、画面を閉じる。
鞄の中には、汗をかいたレッスン着が入ったままだ。
まずは洗濯機を回して、お風呂に入ろう。
明日も、着ていくのだから。
皆様、おつかれさまでした。
無事に一章完結です!
最終話は本編の裏側(おまけ的な感じ)で、ほしな視点のサイドストーリーを書かせていただきました。
時系列的には4話あたりになります。
*
さて、ここからは章末のあとがきです。
まずは一章を最後まで読んでくださりありがとうございました。
一章は導入ということもあり、物語のタイトル
「推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~」にある要素を全て盛り込みにいきました。(うん、非常に長いし要素てんこ盛り過ぎて大渋滞おこしていますね、、、)
そして、一章の章題”【アーカイブ01】 画面の向こうへもう一度” は主人公の白瀬直人をメインターゲットに据えています。
現時点で彼が持っている能力は過去のFPSプレイヤーとしてのスキルだけなので、一章はFPS要素を強めに構成しています。
筆者、学生の頃はよくやっていたのでそのノリで書いてみましたが、最近のやつはどうなんでしょうね。(ちなみにバトルフ〇ールドやP〇BGが好きでした)
学生の頃はFPS日本代表だった主人公が社会人で再び画面の向こうへ飛び込みます。
昔と違い今度はVTuberになってもらいますので、きっと新しい一面がたくさん見れるのでしょう!
はい。一章の振り返りはここまでにして、二章の予告にいきましょうか。
二章は直人がVTuber事務所に加入しましたので、配信の要素が強くなるかもしれません。
そして今度は誰がメインターゲットになるのでしょうかね?(ちなみに一章でも名前は出てきているあの子です)
・・・っと皆様のお心を惹きつつ、二章”【アーカイブ02】 「はじめまして」の続きは二人きりで” もお楽しみに!
*
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