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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ01】 画面の向こうへもう一度

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14/23

【配信14日目】 ご報告。推しの後輩になりました 【白瀬直人/久我/榊/朝倉小春】

「面談、どうだった?」


 月曜日の昼休み。


 朝倉先輩が、お弁当のふたを開けながら訊いた。


 僕は、箸の袋を持ったまま止まった。


 考えておいた報告は、どれも変だった。


 なので、一番短いものにした。


「受かりました」


「……おめでとう?」


 先輩は少し考えてから、首を傾げた。


「待って。断りに行くって言ってなかった?」


「そのつもりでした」


「何があったの」


 僕にも、全部は説明できなかった。


 資料を作って、お芝居をして、歌った。


 その順に話しても、途中で別の心配をされる気がする。


「向こうの話を聞いていたら、できそうな形を考えていただいて」


「うん」


「持ち帰って、考えることになりました」


「すごいな、その人」


 採用された側ではなく、採用する側を褒められた。


 正しいと思った。


「仕事を、もう一つする感じ?」


「始めるなら、副業になると思います。ゲームの配信とか」


 先輩の箸が止まる。


「配信の、お手伝い?」


「する方、みたいです」


「あ、出る方なんだ」


 少し驚いたあと、先輩は僕を見た。


「そっか。話すの、好きだもんね。好きなことなら」


「そんなに、話してます?」


「この前、五分くらい聞いたよ。最後の一人を倒すまでに、どう動いたか」


 覚えていた。


 自分では、短くしたつもりだった。


「でも、聞いてて分かったから。何も知らない私にも」


 先輩は、そこで話を切って卵焼きを食べた。


 普通に言われたので、普通にうれしかった。


 何かを目指せと励まされるより、少し受け取りやすかった。


「忙しくなりそう?」


「まだ、準備に時間がかかるそうなので。すぐには」


「じゃあ、しばらくは大丈夫か」


 先輩が、お弁当のふたを脇へ寄せる。


「例のドラマ、今週で終わるんだよね」


「ああ。この前、お話しされていた」


「最終回、たぶん誰かに言いたくなるから。来週、ちょっと聞いて」


「僕、見てないですけど」


「うん。だから結末まで話せる」


 用途が、はっきりしていた。


 まだ見ていない人への配慮が、一周して僕へ来たらしい。


「お昼なら、いつもいます」


「よし。予約した」


 先輩が笑った。


 僕の予定には、また一つ、話を聞く時間が入った。


 そちらは、特に困らなかった。


     *


 事務所から届いた契約の案には、数字があった。


 活動の内容も、収益の扱いも、期間も。


 土曜日に聞いた話が、文章になっている。


 僕は帰宅後、分からないところへ付箋をつけた。


 機材をどうするか。


 レッスンに通う曜日。


 仕事が長引いて、予定していた時間に間に合わない時は。


 まとめて送ると、翌日には久我さんから返事が届いた。


 必要な機材は、手持ちを確認してから。


 予定の変更は、分かった時点で連絡を。


 最初のうちは、一人で始めず、担当と配信の準備を確かめる。


 読んでは、付箋を外した。


 外した跡には、やれそうかどうかを自分で考える余地が残った。


 大きな夢を持った覚えはなかった。


 でも、練習を手伝ってもらえて、今の仕事も続けられるなら。


 そういう条件を一つずつ足していたら、全部に返事がついてしまった。


 会社の副業に関する案内も確認した。


 必要な申請には、事務所から届いた活動内容の説明を添える。


 勤務時間外に行うことと、本業に支障を出さないこと。


 担当から確認を受け、週の終わりには許可の連絡が来た。


 活動名もキャラクターもまだ決まっていないのに、社内では先に、僕の副業の準備が整っていた。


 最後まで机に残ったのは、練習と仕事を並べた予定表だった。


 久我さんへの返信を書いた。


〈ご説明いただいた範囲からでしたら、取り組んでみたいと思います〉


 言葉を大きくしないように、読み直す。


 送ると、今度は、手続きの日程を尋ねる返事が来た。


 日曜日なら、空いていた。


     *


 二度目の事務所訪問では、受付で迷わなかった。


 来客用のカードを受け取り、椅子へ向かう。


 壁には、前と同じ合同ライブのポスターがあった。


 月乃ほしな。


 衣装も、手を伸ばした姿も、変わっていない。


 変わっているのは、そこへ書いてある事務所の名前に、自分の書類がつながりかけていることだった。


「お待たせしました」


 久我さんが迎えに来てくれた。


 今日は、前とは別の部屋へ通された。


 テーブルの上には、確認用の書類と、ペン。


 マイクは、なかった。


 座ると、久我さんが前回の予定表を開いた。


 メールでやり取りしたところには、書き込みが増えている。


「お仕事の方も、確認が取れたとのことで」


「はい」


「では、こちらの内容で進めます。公開する活動名や、配信の開始日は、準備をしながら決めていきましょう」


 読み終えた箇所を、一つずつ確かめる。


 性別の話で止まることは、もうなかった。


 契約の担当にも、必要な情報は伝わっていた。


 それだけで、今日はずいぶん短く済みそうに思えた。


 途中で、扉が二度鳴った。


「失礼します。間に合った?」


 榊さんだった。


「はい。最終の確認が終わったところです」


 久我さんが答える。


 榊さんは空いた席へ腰を下ろし、僕を見た。


「来てくれて、ありがとう。お返事も読みました」


「あの。本当に、できる範囲からになりますけど」


「その範囲を相談するために、今日も久我がいるの」


 隣で、久我さんが小さく頷いた。


 僕は、机の上へ目を戻す。


 読み直した文章だった。


 質問したところにも、返事をもらっている。


「……よろしくお願いします」


 言ってから、ペンを取った。


 日付と、本名を書く。


 会社の書類に書く時と、同じ字だった。


 ただ、上に印刷されている内容が違った。


 タレントとしての活動。


 その下に、僕の名前がある。


 久我さんが書類を確かめ、控えを渡してくれた。


「お手続きは、これで完了です」


 僕はペンを戻した。


 終わった。


 今度こそ、そう思った。


「それでは、早速ですが」


 久我さんが、別の資料を取り出した。


 厚さが、少し違った。


「活動の準備について、ご相談させてください」


 完了したのは、始めるための手続きだった。


     *


 最初のページに、女の子がいた。


 肩の辺りでふわりと広がる、灰銀色の髪。


 片側だけ、小さく編み込まれている。


 青灰色の目は、少し眠そうだった。


 白を基調にした大きめの上着。その下に、濃い青のプリーツスカート。


 首元には細いリボンと、ヘッドホン。


 袖から少しだけ指先を出して、こちらを見ている。


 まだ色のついていない線もあった。


 横には、髪や衣装を変えた小さな絵が並んでいる。


「……かわいいですね」


 思ったことが、そのまま出た。


 久我さんが、うれしそうに頷く。


「よかったです。今のところ、こちらを中心にご提案しようと思っています」


「新しく入る方の、ですか」


 言ってから、二人が僕を見ていることに気づいた。


 新しく入る方。


 今、この部屋にいる。


「……僕の」


「はい」


 久我さんの返事は、短かった。


 僕は、もう一度、紙を見た。


 かわいい女の子だった。


 さっきと同じ絵なのに、急に見方が分からなくなった。


「方向を考えるためのラフです。お話を伺ってからデザインを詰めますので、まだ動くモデルではありません」


 久我さんが、横に並んだ小さな絵を指す。


「普段はゆったりしていて、ゲームになると目つきが変わる、という案ですね」


 眠そうな顔の隣に、眉を少し下げた真剣な表情があった。


 自分がゲームをしている時の顔は、よく知らない。


 でも、気の抜けた方には、少し心当たりがあった。


「何か、気になるところはありますか」


 訊かれて、紙の中の顔から衣装へ目を移す。


 スカート。


 リボン。


 丸みのある靴。


 絵の中の服だということは、分かっている。


 それでも、自分の声がこの子の口から出るところを考えると、襟の辺りが落ち着かなかった。


「かわいいとは、思います」


「うん」


 榊さんが頷く。


「ただ、それを僕が言うのが、合っているのか」


「好みを聞いているので、合ってる」


 自分になる予定の女の子を、自分で褒めていた。


 何か一つ、順番を間違えたような気がする。


 久我さんが、次のページをめくった。


 同じ女の子の横に、文字が添えられている。


〈音無せら〉


 その下に、小さく、活動名候補、と書かれていた。


「おとなし、せら」


 声に出して読む。


 自分の声で、知らない名前が出てきた。


「はい。落ち着いた声や、こちらの見た目に合わせた案です。呼ばれた時の感じも、考えてみてください」


「呼ばれるんですよね。僕が」


「ええ」


 紙に書いてある分には、かわいい名前だった。


 僕が返事をするところまで考えると、急に難しくなる。


 会社では、本名。


 ゲームの中では、nemui。


 そこへ、もう一つ増える。


 名前を呼ばれて振り向くまでに、慣れが必要な仕事があるとは思わなかった。


「今日、ここで確定するものではありません。デザインと一緒に、ご意見をいただければ」


「……分かりました」


 僕は、活動名候補の文字に助けられた。


 少なくとも、この女の子はまだ、僕より先に自己紹介を済ませてはいない。


 ページを戻し、もう一度、二つの表情を見る。


 眠そうな顔と、相手をまっすぐ見ている顔。


 声も、話し方も、今のものを使えると言われていた。


 だとしたら、この見た目で、僕はいつものゲームをすることになる。


 そこで、一つ気になった。


「ゲームの方のキャラクターも、変えた方がいいんでしょうか」


「大会で使われていたものですか?」


「はい」


 白い髭。


 剃り上げた頭。


 大きな肩。


 この女の子とは、だいぶ違う。


 久我さんが手元のパソコンを開いた。


 大会の資料から、僕のキャラクターが映った画像を出してくれる。


「こちらですね。変えなければいけないということは、ありませんよ」


 画面の中で、白髭の男が立っていた。


 久しぶりに会うような気がした。


 実際には、家のパソコンを開けば、いつでも会える。


 久我さんはその隣へ、さっきのラフを並べた。


 灰銀色の髪の女の子。


 その横に、事情を聞いてくれそうな大柄な男。


 榊さんが、口元を押さえた。


「……保護者同伴みたいになった」


 僕も、黙って画面を見た。


 女の子は、これから遊びに行くところ。


 白髭の男は、帰りの時間を確認しているところ。


 そう言われると、そういう絵にしか見えなくなった。


「どちらも、僕なんですけど」


「そうなのよね」


 榊さんが、とうとう笑った。


 久我さんも、少しだけ口元を緩める。


「配信では、ゲーム画面の隅にこちらのモデルを表示することになりますので。実際にも、両方のお姿が並びます」


 両方。


 僕が一人でゲームをするだけで、画面の中には二人いる。


 しかも、一人はもう一人の帰宅時間を心配していそうだった。


 何とも言えない組み合わせを見ていると、僕も、少し笑ってしまった。


「じゃあ、こっちは、このままで」


 白髭の方を指す。


 格好いいキャラクターを作るつもりだったことは、もう、少し前の話だった。


 今さら変える方が、落ち着かない。


「分かりました」


 久我さんが頷いて、画像を閉じる。


 これから変わるものばかりだった中で、一つだけ、そのまま使うものが決まった。


     *


 準備の説明は、そこから少しずつ進んだ。


 今あるパソコンと、マイク。


 配信で使うソフト。


 声を出す時間と、部屋の音の入り方。


 ゲームの設定なら、どこを開けばいいか分かる。


 配信となると、見たことのない項目がいくつもあった。


「ご自宅で設定する時は、一度こちらと通話をつなぎましょう。公開しない状態で試してからです」


「はい」


「自己紹介や配信の進め方も、準備期間中に練習します。今日は、その予定をご相談するところまで」


 僕は手元へメモを取った。


 何を確かめるかが決まると、少し安心する。


 安心するたび、やることが一つ増えていた。


 途中で榊さんが、次の打ち合わせへ向かうと言って立ち上がった。


「じゃあ、あとはお願いします」


 久我さんへ言ってから、僕を見る。


「改めて、これからよろしくね」


「よろしくお願いします」


 僕も頭を下げた。


 榊さんが扉を開ける。


 誰かに呼び止められ、短く返事をして、そのまま廊下の向こうへ歩いていった。


 僕を採った人は、もう次の仕事をしていた。


 こちらは、まだ、採られたことを考えている。


「活動に関するご連絡は、当面、私が担当します」


 久我さんが、こちらへ向き直った。


「お仕事との調整や、タレントの皆さんとのやり取りで困ったことも、ご相談ください」


「タレントの皆さんとの……」


「はい。ご挨拶の場も、後日設けます」


 紙の上の女の子を見た時とは、別の緊張が来た。


 画面で知っている人たちがいる。


 その人たちに、見に来ました、ではない挨拶をする。


「最初に、何を言えばいいんでしょうか」


「普通に、ご挨拶いただければ大丈夫です」


 普通に。


 それが一番、準備の仕方が分からなかった。


「新人の方同士でお話しする時間も取りますので、皆さん、同じところからです」


「ほかにも、いらっしゃるんですね」


「ええ。通常のオーディションを経て入られる方たちです。皆さんとの日程も合わせて、改めてご案内します」


 同期。


 口に出す前に、頭の中へその言葉が浮かんだ。


 同じ会社に入った人たち以外にも、そう呼ぶ相手が増えるらしい。


 久我さんが、連絡用のアカウントの案内を出した。


 登録は、手元のスマートフォンで進める。


 活動名はまだ決まっていないので、表示する名前は当面、nemuiのままになった。


 画面には、久我さんとの連絡先と、新人向けの案内が並ぶ。


 自分の名前の下に、小さく、所属タレント、と表示されていた。


 見慣れた五文字に、見慣れない肩書きがついている。


「届いていますか?」


「はい」


 久我さんから、短いメッセージが来た。


〈本日はありがとうございました。今後はこちらでもご連絡いたします〉


 僕も、挨拶を返す。


 普通の連絡だった。


 それなのに、その下へ増えていく案内の名前は、どれも普通の会社のものではなかった。


 配信テスト。


 ボーカルレッスン。


 プロフィールの相談。


 僕は画面を少し戻し、所属タレントの文字を見直した。


 書類へ名前を書いた時より、今の方が、逃げ場のない感じがした。


     *


 説明が終わると、久我さんは資料を一つの封筒へまとめてくれた。


「次回は、準備の確認とレッスンの日程が決まりましたら。今日はありがとうございました」


「ありがとうございました」


 席から立つ。


 机の上に忘れ物がないか、確かめた。


 ペン。


 スマートフォン。


 契約の控え。


 それから、自分になるかもしれない女の子の絵。


 最後の一つだけ、持ち物として慣れる気がしなかった。


 廊下へ出ると、別の部屋から、誰かの笑い声がした。


 知らない声だった。


 そちらを見かけて、すぐ前へ向き直る。


 この人も、後で挨拶する相手かもしれない。


 そう思っただけで、歩き方まで少しぎこちなくなった。


 ロビーへ戻る。


 来客用のカードを返す前に、もう一度、合同ライブのポスターが目に入った。


 ほしなは、相変わらず楽しそうに笑っていた。


 僕は、ほんの少しだけ足を緩めた。


「ほしなにも、所属が決まったことは私からお伝えしますね」


 久我さんが言った。


 足が、完全に止まった。


「……僕が入ることを、ですか」


「はい。大会の企画をした本人でもありますので」


 それは、そうだった。


 同じ事務所に入って、当人だけが知らないまま、ということにはならない。


 それでも、急に心拍数が上がった。


「今日のことを、どの辺りまで」


「所属が決まったことと、今後、ご挨拶の機会を調整することです。個人情報を添えてお送りするわけではありません」


「そうですか」


 息を吐く。


 それから、もう一度、ほしなを見る。


 向こうは、ポスターなので、何も知らない顔をしていた。


「僕からも、何か」


「直接お話しする機会は作りますから、その時で大丈夫ですよ」


 久我さんは、自然にそう言った。


 その時。


 今度は、もう、大会で優勝する必要はないらしい。


 僕は来客用のカードを外し、受付へ返した。


「お疲れさまでした」


 笑顔で、そう言われた。


 エレベーターへ乗り、降りる階のボタンを押す。


 扉が閉まった。


 ここへ来る前は、事情を説明したら終わると思っていた。


 事情は、全部説明した。


 男だということも、会社員だということも、歌もダンスもできないことも。


 分かってもらえた。


 そのうえで、僕の名前が所属タレントの欄へ入った。


 鞄の中には、かわいい女の子の絵がある。


 スマートフォンには、事務所からの連絡先。


 僕は、鏡のような扉へ映った自分を見た。


 会社へ行く時と、同じ顔だった。


 アイドルになったようには、とても見えなかった。


 それでも、もう、ただの来客ではないらしい。


 推しに直接会うより先に。


 僕は、その後輩になってしまった。


本日もありがとうございました。

なんとなくお察しかと思いますが、明日で一章完結です!


明日も夜に2話更新いたします。

引き続き見に来てください!

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(筆者は現金なのでやる気スイッチ入れてくださいm(_ _)m)


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