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推しに勝ったご褒美はオフレコで!? ~元FPS日本代表、男なのに女性限定VTuber事務所に採用されました~  作者: ぽんさん
【アーカイブ01】 画面の向こうへもう一度

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11/23

【配信11日目】 推しと初通話! ここから先はオフレコで 【nemui/月乃ほしな】

 参加のボタンを押す。


 短い接続音のあと、丸いアイコンが二つ並んだ。


 一つは、大会のロゴ。


 もう一つは、見慣れた女の子の顔だった。


『nemuiさん、聞こえますか。大会運営です』


 聞こえる。


 こちらからは、まだ話せない。


 僕はマイクのミュートを解除した。


「はい。お世話になっております。ねむいです」


 思ったより、会社の声が出た。


『ありがとうございます。音声、問題ありません』


 運営の女性が答える。


 その隣のアイコンが、光った。


『……こんばんは。ほしなです』


 いつもの声だった。


 昨日も聞いた。今日も、ずっと聞いていた。


 なのに、返事を待たれているだけで、知っている声ではなくなったみたいだった。


「こ、こんばんは。本日は、よろしくお願いいたします」


『はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします』


 ほしなの声まで、かしこまった。


 一拍、間が空く。


『……なんでほしなまで固くなった?』


「すみません。会社の電話みたいになって」


『大丈夫。今、ほしなも座り直した』


 椅子が小さく鳴って、笑い声がした。


 僕も、ようやく少し息を吐けた。


『優勝、おめでとうございます。今日は来てくれて、ありがとう』


「ありがとうございます。あの」


『うん』


 続きを、待ってくれた。


 画面には、流れていくコメントがない。


 自分の言葉が追い越されることも、誰かの言葉に混ざることもない。


 僕は、練習したとおりに言った。


「いつも、配信を見ています」


『……ありがとう。うれしい』


 届いた。


 たったそれだけのことに、指先が熱くなった。


 予選へ出た日も、本戦へ入る前も、ずっと言えるか心配していた。


 言ってみたら、ほしなは、ちゃんと返してくれた。


     *


『この通話と対戦は、配信には流れません。私は進行のため同席しますが、プレイ中はマイクを切っていますね』


 運営の人が説明した。


『最終審査のご案内は、対戦のあとに少しだけお時間をいただければと思います』


「はい。そちらは、確認したいことがあります」


『承知しました。では、まず賞品の対戦をお楽しみください』


 順番は変わったけれど、話す時間はあるらしい。


 僕は届いた招待を開き、ゲームの部屋へ入った。


 ロビーに、二人のキャラクターが並ぶ。


 自分の白髭と、その隣のnanahoshi。


 参加者の一覧ではなかった。


 この部屋には、僕と、ほしなしかいない。


『狭い練習用のマップで、三本勝負にしようと思ってます。二本先に取った方の勝ち。大丈夫?』


「はい」


『武器と防具は同じ。回復と投げ物はなしで、一本終わるごとに場所を交代します』


 説明しながら、設定が一つずつ変わる。


 ゲームの話になった途端、ほしなの声は迷わなくなった。


 僕はそれを聞きながら、マウスを握り直した。


『ねむいさん、緊張してる?』


「かなり」


『さっき、ほしなに撃たれてる時より?』


「今の方が」


『ええ? 今、まだ何もしてないよ』


 返事をしようとして、困った。


 何もしていなくても、そこにいるだけで十分だった。


「普段は、画面に向かって喋っても返事は来ないので」


『ああ。そっか』


 少し考えるような間。


『でも、来た方がよくない? 返事』


「それは、すごく」


『ふふ。じゃあ、いっぱい返すね』


 困った。


 何一つ、緊張が解ける方向へ進んでいない。


『いつもは、どの配信を見てくれてるの? やっぱりゲーム?』


「ゲームもですけど、雑談も。歌も見てます」


『歌も!』


「仕事が終わってから、だいたい毎日」


『え、毎日はしてないよ?』


「ない日は、アーカイブを」


 アイコンが、光らなくなった。


 何か、よくなかっただろうか。


 僕は慌てて付け加えた。


「全部を最初から見られるわけじゃないんですけど。帰るのが遅くなった日も、寝る前に少し見ると、笑えるので」


『……ちょっと待って』


「はい」


『それ、こっちも緊張するやつだ』


 何かが机へ置かれる音がした。


『先に撃ち合おう。ほしな、褒められたまま待機するの苦手!』


 開始のカウントが出た。


 推しを褒めたら、戦闘が始まった。


     *


 小さな倉庫の敷地だった。


 左右に並んだコンテナと、中央の木箱。


 端から端まで、走ってもそれほど時間はかからない。


 体力は満タン。同じライフル。同じ防具。


 次の安全区域も、横から割り込んでくる誰かもいない。


 向こう側に、ほしなだけがいる。


『いくよー』


「はい」


 右のコンテナへ寄った。


 角の先を見る。


 向こうの木箱の横に、人影が出た。


 照準を合わせる。


 一発目は当たった。


 相手が横へ動く。


 追った照準が、肩を少し通り過ぎた。


 戻す。


 その間に、三発、続けて返ってきた。


 画面が暗くなった。


『よしっ!』


「……うわ、強い」


 声が、そのまま出た。


『ふふん。さっきの二位を、取り返しに来ました』


 一本目。ほしなの勝ち。


 狭い場所で、正面から撃ち合うと、反応の速さがよく分かった。


 僕の弾が当たっても、照準がほとんど外れない。


 やっぱり、うまい。


 負けたのに、思わず笑ってしまった。


『あ、今、笑った?』


「すみません」


『なんで謝るの』


「思ってたより、楽しくて」


 言ってから、意味が変だと気づいた。


 楽しいだろうとは、思っていた。


 そうじゃなかったら、ここまで来ようとはしない。


「見るのも好きなんですけど。一緒にやると、こんな感じなんだなって」


『……そっか』


 短い返事だった。


 それから、少し明るくなる。


『じゃあ、あと二本も楽しんでもらいます!』


「あと一本で終わらせる気は、ないんですね」


『あっ』


 間。


『今のは、ねむいさんが強いことを踏まえた、慎重な予測です』


「分かりました」


『本当に分かってる? 笑ってない?』


 僕は笑いながら、開始位置へ戻った。


 まだ、敬語だった。


 でも、さっきより、言葉が出てきた。


     *


 二本目は、先に姿を見せるのをやめた。


 コンテナの横を進み、中央へ通じる隙間の手前で止まる。


 足音がする。


 近い。


 さっきの僕がいた側から、彼女が寄ってくる。


 隙間へ、照準を置いた。


 すぐには撃たない。


 向こうから見える、コンテナの角ぎりぎりではなく、半歩ぶん奥で待った。


 人影が横切る。


 こちらを向こうとする、その肩へ撃った。


 撃ち返される。


 僕も体力を削られたけれど、今度は最後まで残った。


『あー! そこ、そんなに引いてたんだ!』


「角を見てました?」


『見てた! そこにいると思った!』


 一本ずつ。


 同じ装備でも、違う位置から始めるだけで、まったく同じ勝負にはならない。


『さっきの本戦もさ、最後、あの水路から来たでしょ』


「はい」


『ほしな、待たれる場所に出ちゃったんだよね。あれ、来るの分かった?』


「そこを通ってくれたらいいな、くらいです。違う方から来てたら、僕が先に撃たれてたと思います」


『でも、来ると思ったんだ』


 僕は、マウスから一度手を離した。


 本人に説明するのは、少し恥ずかしかった。


「配信で、よく先に動いてるので。煙が消えるまで待つより、次の場所を取った方がいいって」


『あー、言ってる』


「今回も、区域が近かったですし。煙を出したら、ずっと同じ角では待たないかな、と」


『……待って。ほしな、自分で攻略法を配信してた?』


「攻略法というか、勉強にはなってました」


『それで本人を倒しに来たの!?』


「賞品が、ほしなさんだったので」


 言ってから、失礼だったかもしれないと思った。


 でも、向こうからは笑い声が返ってきた。


『そっかあ。それは、倒すしかないかあ』


 そこで開き直ったらしかった。


『じゃあ、最後は、まだ教えてない方でいきます』


「そんなのあるんですか」


『今から考える!』


 三本目が始まった。


     *


 最初の撃ち合いで、互いに少しずつ当てた。


 ほしなが木箱の陰へ引く。


 僕は追いかけず、コンテナの角から、反対側の出口を見る。


 足音が、一つ。


 視点を、そちらへ寄せた。


 その瞬間、さっき撃った側から、銃口が出た。


 戻した。


 間に合わない。


 こちらの一発が当たるより先に、体力がなくなった。


『やった!』


 ほしなの声が跳ねた。


 二対一。


 今度は、僕が負けた。


「ああ……今の、逆を見にいった分か」


『うん。ちょっとだけ、音を出して戻った』


「もう一拍、待った方がよかったかな。動く前に、こっち見てた?」


 返事がなかった。


 僕は、結果の数字から目を離した。


 通話は、切れていない。


 ほしなのアイコンが、一度だけ光る。


『……ううん。待ってたら、今度はほしなが別の場所から出てたと思う。今のは、こっちの方が先に当てただけ』


 ゆっくりとした、返事だった。


 そこで、自分の言い方に気づいた。


「あ、すみません。途中から、普通に」


『いいよ』


 今度は、すぐに返ってきた。


『そのまま、話してくれていい』


「……はい」


『はい、になっちゃった』


 二人で、少し笑った。


 画面の中では、僕のキャラクターが倒れている。


 さっきは、この人を最後まで立たせるために必死だった。


 今は負けたのに、もう一度遊びたいと思っている。


 勝った時にしか楽しくないわけではなかったことを、久しぶりに思い出した。


『今日は、一勝一敗だね』


「本戦と、今ので?」


『そう。ほしなも一個、勝ったから』


「じゃあ、引き分けですね」


『うん』


 ロビーへ戻ると、二人のキャラクターが、また隣に並んだ。


『……また、一緒に遊んでくれる?』


 さっきまでより、少し静かな声だった。


「もちろんです。次の参加型も、応募します」


『大会じゃなくても、いいんだけどな』


 僕は、返事に詰まった。


 大会じゃなくても。


 そんな遊び方は、考えていなかった。


『今すぐじゃなくていいから。運営さんを通して、またお誘いしてもいい?』


「はい。ぜひ」


 今度は、考えるより早く答えていた。


『よかった』


 その一言が、妙にはっきり聞こえた。


     *


『お二人とも、お疲れさまでした』


 運営のアイコンが光った。


 僕は、反射的に座り直した。


『それでは、nemuiさん。最終審査の件について――』


「あの、その前に、一ついいですか」


 ここからは、僕が説明する番だった。


 賞品の対戦は、ちゃんと楽しませてもらった。


 招待までしてもらったことも、ありがたい。


 だからこそ、早めに伝えておいた方がいい。


「案内を確認したんですけど、女性タレントの募集ですよね」


『はい。リプラインの新人オーディションです』


「僕、男なので。対象外だと思います」


 言えた。


 今度も、ちゃんと届いたはずだった。


『男性、ですか?』


「はい」


 少し間があって、運営の人が小さく笑った。


『そんな可愛らしいお声で言われても。ゲームのアバターのことですよね?』


「いえ、ゲームのキャラじゃなくて、僕自身が」


『ふふ。最終審査では、そういうキャラクター設定まで考えてこなくても大丈夫ですよ』


 大丈夫ではなかった。


 性別を説明したら、設定として処理されていた。


「設定じゃないです。本当に、男なんですけど」


『今も、普段どおりのお声ですか?』


「はい」


『でしたら、そのままで。声を作っていただく必要はありません』


 違う。


 声の出し方を相談しているのではない。


 僕は、マイクを見た。


 買った時から、声を勝手に変える機能などついていない。


 会社の電話でも、初めて話す相手に女性だと思われることはある。


 けれど、普段は訂正すれば、そこで終わる。


 今日は、女の子が話しているという前提の方が、ずっと強かった。


「ですから、最終審査は辞退を――」


『あの』


 ほしなの声がした。


 明るく割って入る声ではなかった。


『一度、本人のお話を聞いてもらえませんか。ちゃんと』


 運営の人が、話すのを止めた。


『もちろんです。初めてだと、分からないことも多いですよね』


 声は、ますます優しくなった。


 男かもしれない、と考え直した様子はない。


 緊張している女の子を、ほしなが気遣っている。そう受け取られたらしかった。


 ただ、ほしなは、さっきから一度も笑っていなかった。


 僕が男だと言った時も。設定だと言われた時も。


 その理由を考える前に、話の方が先へ進んだ。


『面談でしたら、平日と土日、どちらがご都合よろしいですか?』


 進んだ。


 話が、面談の日程まで進んだ。


「あの、僕、会社員なので」


『では、土日を中心に調整しますね。事前にご記入いただく書類も、お送りします』


 そういう意味で言ったのではなかった。


 ただ、書類があるなら、そこに正しく書ける。


 目の前で話せば、声だけで冗談だと思われることもないはずだ。


 少なくとも、通話の向こうへ何度も説明するよりは、伝わるだろう。


「それは、事情を説明するだけでも、いいんですか」


『もちろんです。活動内容や、ご不安な点も含めてお話しできればと。面談へいらしたからといって、その場で所属を決めていただくものではありません』


 僕は、画面の案内を見た。


 最終審査への招待。


 その横に、ほしなの丸いアイコン。


『ねむいさん』


「はい」


『お仕事、忙しい?』


「平日は。でも、休日なら」


『そっか』


 少し、間を置く。


『ほしなも、また一緒に遊べたらうれしい』


 それから、急いで付け加えた。


『審査がどうなったかとは、別で』


 胸の辺りが、少しだけ緩んだ。


 断ったら、この時間までなかったことになる。


 そんな心配を、自分がしていたのかもしれない。


「……ありがとうございます」


 僕は、運営の人へ向き直るつもりで、画面の別のアイコンを見た。


「では、お話だけ。土曜日なら、空いています」


『ありがとうございます。候補のお時間をお送りしますね』


 キーボードを打つ音がした。


 僕はマウスから手を離した。


 会えば、分かる。


 顔を見て、書類を見て、男だと分かってもらえばいい。


 ゲームのキャラクターではなく、僕自身に会ってもらえば。


     *


 案内が届いたことを確認して、通話は終わることになった。


『今日は、遅くまでありがとうございました』


 運営の人の言葉に、僕も頭を下げる。


 カメラはつけていない。


 それでも、自然とそうなった。


「こちらこそ、ありがとうございました。ほしなさんも」


『うん』


「大会、すごく楽しかったです」


 最初に練習していた挨拶には、なかった言葉だった。


 でも、今は、それも伝えたかった。


「出てよかったです」


 ほしなのアイコンが光った。


 少しの間、何も聞こえなかった。


 それから。


『……ほしなも。来てくれて、よかった』


 僕は、水を飲もうとして、やめた。


 もう少しだけ、聞いていたかった。


『またね、ねむいさん』


「はい。また」


 今度は、最後の言葉まで聞いてから、退出した。


 アイコンが消える。


 通話の音も、なくなる。


 僕はしばらく、その画面を見ていた。


 負けた試合は、二本。


 勝ったのは、一本。


 今なら、どうすればよかったのか、いくつか思いつく。


 でも、結果の見直しをする気には、なれなかった。


 ほしなが、また、と言った。


 僕も、また、と返した。


 次の配信の告知とは、少し違う約束だった。


 スマートフォンを持ち上げて、誰かに言いたくなった。


 画面をつける。


 それから、少し考えて、机へ戻した。


 今日、ほしなと話した。


 笑った。勝った。負けた。


 それを説明する言葉は、今はまだ、うまくまとまりそうになかった。


 代わりに、運営から届いた案内を開く。


 来週の土曜日。


 リプラインの事務所で、面談。


 僕は返信欄へ、日程に問題がないことを打ち込んだ。


 併せて、男性であることも、もう一度書き添える。


 そのうえで会って話せば、お互い、すっきりして終われるはずだ。


 少なくとも、今日の大会で一位になるよりは、簡単だと思った。


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