第十四話 私に命をくれた人
『挨拶も出来ないのかい、坊や』
逞しい褐色の肌を燃え上がる炎のような真紅の髪よりも赤くして、賓客として招かれていたプリンキピウム帝国の皇帝がこちらへやって来ます。
合同のドラゴン討伐によってフィーニス王国と帝国の友好はさらに深まり、止めを刺したのは彼だということから帝国内で反発していた帝国貴族達もおとなしくなったと聞きます。
ああ、でも! 彼が生き延びてくれたということ以上に嬉しいことはありません!
トゥクン、と心臓が高鳴ります。
エルトン王太子殿下との婚約を解消した後も私は生き返っていなかったようです。
どうしてこれまで、この人なしで生きて来れたのでしょう。
「よお、シャーリー。……あー……余と踊ってくれ」
大きな手で顔を押さえた後、彼は消え入りそうな声でダンスを申し込んできました。
初めから、彼以外と踊るつもりはありませんでした。父ともです。
だからこうして、彼から贈られたドレスとアクセサリーを身に着けて来たのです。直接会うのはあのとき以来ですけれど、ドラゴン討伐以降に手紙と贈り物は何度もいただいていました。
「喜んで、ガイ様」
私が名前を呼んで答えると、彼は黄金色の瞳を嬉し気に輝かせました。
婚約破棄はされませんでしたけれど、私は生き返りました。
そして生きていきます。壊れ物に触るように優しく私を支えてダンスを踊っていらっしゃる、この人とともに──結婚を申し込む手紙をくださったのですから、そう思ってもよろしいのですよね?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……神様の涙は長い長い尻尾で、ゆらゆら揺り篭揺らしてくれる。お月様が微笑んだなら……」
私の子守唄に合わせて揺り篭を揺らしてくれていた聖獣様が、微笑みました。
怒ったときの笑みではなく、楽しいときの笑顔です。
ただ、少しだけ揶揄を含んでいるようです。
『子どもも出来たっていうのに、坊やは相変わらず甘えん坊だねえ』
「だれが甘えん坊だ」
ガイはそう反論しますが、歌う私を後ろから抱き締めて離さないのだから甘えん坊と言われても仕方がないと思います。
ここはプリンキピウム帝国の後宮の中庭、以前晴れと雨の狭間のときに聖獣様と訪れた場所です。
あのときと違い、今はちゃんと許可を得て入っています。私はフィーニス王国から正式に帝国へと嫁いだのです。嫁いでから、そろそろ二年が経つでしょうか。
伯爵家では家格が低いと言われて我が家は侯爵に陞爵されました。
実家は学園が休みだったときの伯爵領で父母が育んだ弟が継ぎます。
私が王太子殿下の婚約者だったときは両親も心を休めることが出来ず、跡取りを求める暇もなかったのだそうです。
以前は私と殿下の間に生まれた第二子に継がせる予定だったのですが、今思えばペルブランディ様のことがなくても私と殿下が上手く行くことはなかったのではないでしょうか。
婚約者として未来の夫として愛する努力はしていたつもりですけれど、結局私はずっと怯え続けていたのです。
初めて会ったときの殿下の伯爵家を潰すというお言葉と、殿下に怒った聖獣様が邪獣と化してしまうことに。
ここには私と夫のガイ、先日生まれた可愛い息子以外の住人はいません。
プリンキピウム帝国が自分の終の棲家になるだなんて、以前は思っていませんでした。
フィーニス王国から届くお友達からの手紙によると、ご令嬢の皆様には良いお相手が見つかったようです。
エルトン王太子殿下と側近の方々の縁談は難航しているといいます。もしかしたら一生独身になるかもしれないと噂されているそうです。
それもあの方々への罰になるのでしょう。……軽過ぎる気がしますけれど。
以前病気で苦しんでいらっしゃった教員の妻は全快なさった後、離縁して新たな人生を始められているそうです。
「そういえば聖獣様」
私はふと思い立って、聖獣様への疑問を口にしました。




