第十三話 卒業パーティですが、私は生きているのでしょうか?
婚約を解消してから、私は毎日エルトン王太子殿下のご無事をお祈りしています。
彼は国境沿いの魔の森を守る警備隊の一員として派遣されたのです。
月に一度は起こっているという小規模な大暴走でも、殲滅出来なければ人里に魔獣が流れ込んで大惨事となります。命懸けの危険なお役目です。
……ご無事はお祈りしていますが、王太子殿下をお慕いしているわけではありません。
伯爵領で再会してから、狭間のときに王都へも現れるようになった神涙獣様のためです。
私が殿下のご無事を祈らず、ご自身の加護が及ばなくなったら、神涙獣様がなにをなさるかわからないからです。せっかくお会い出来たのに、神涙獣様が邪獣になられては嫌ですもの。
神涙獣様は、伯爵領の代官や領民達が口にする私と殿下の噂だけで随分と前から腹に据えかねていらしたそうです。両親の前では婚約を喜んでいる演技をしていたのですが、遠目で見ていた人々には婚約に苦しむ私が鮮明に見えていたようです。
数日伯爵領に滞在してから王都へ戻って、しばらくして学園も再開しました。
何名かの教員がいなくなっていました。ペルブランディ様に篭絡されていたとのことです。
生徒のほうは王太子殿下と側近候補の方々に集中していたので、ほかの方々は大丈夫だったといいます。
私の成績は操作されていたのが正されて、前よりかなり良くなりました。
私に続いて側近候補の方々との婚約を解消したお友達のご令嬢方にも、成績の件では喜んでいただけました。
以前から私の成績はおかしいと思われていたそうです。
妖艶なペルブランディ様に篭絡された教員の方々は自業自得ですが、夫から病をうつされた女性のことは心配です。
我が家から回復薬を送らせていただきました。
早くお元気になられますように。
魔導学園最終学年の日々は、淡々と過ぎていきます。
王太子殿下も側近候補の方々も登校なさらないので、お友達とだけ過ごす楽しい日々です。自分が頑張れば成績に反映するようになったのも嬉しいことでした。
王都にある伯爵邸へ戻って夕暮れを待てば、神涙獣様ともお会い出来ます。両親や侍女達に嘘をつかなくて良くなったのも嬉しいです。
でも──楽しくて幸せな毎日の中、なぜか心にぽっかり穴が開いたような気分になることがあるのです。
なにか大切なものを手に入れていないような、それがなければ本当に生きているとは言えないような、そんな気持ちになるのです。
そんな気持ちになるのは、いつもだれかの黄金色の瞳を思い出したときでした。
そうこうしているうちに、魔の森で大規模の魔獣の大暴走が起こったと噂が流れ始めました。
国境沿いの魔の森は広いので、小規模な大暴走でも収まるまで数日間はかかります。今回は大規模なので一ヶ月近くかかるかもしれません。
元凶はおそらく最強の魔獣ドラゴンでしょう。悪夢の未来でもそうでした。
時期的にも、彼に話した大暴走に違いありません。
元凶が同じドラゴンでも、今回は陰謀が暴かれてフィーニス王国から排斥された滅亡の日教団が教主と幹部以外のほとんどすべての信者を生贄にして召喚儀式をおこなったらしく、悪夢の未来よりも力の強いドラゴンが召喚されているようです。
神涙獣様が教えてくださいました。
私は、神涙獣様に待っていただいていた願いを告げました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして──今夜は魔導学園の講堂で卒業パーティが開催されます。
私は父にエスコートされて、学園へ向かいました。着慣れない意匠のドレスと豪華過ぎるアクセサリーに緊張します。
父に手を預けて講堂へ入ると、エルトン王太子殿下と側近候補の方々の姿が目に入りました。ドラゴンが元凶だった大規模な大暴走を収めた活躍が認められて、廃嫡は見送られたということです。婚約者の皆様との復縁はありませんでした。
「やあ、シャーリー。元気かい? その帝国風のドレス、とても似合っているよ」
卒業パーティが始まると、王太子殿下はなぜか私に近寄っていらっしゃいました。
婚約者だったときにも聞いたことのない挨拶を口になさいます。
お礼とともに挨拶を返した私に、殿下は言葉を続けます。
「これまですまなかった。ずっと僕を守ってくれていたんだね。神涙獣殿の加護を分けてくれていたおかげで、ドラゴンとも戦えた。夕暮れのとき、ドラゴンが黒い影に巻き付かれて動きを止めたのはそなたのおかげなんだろう? 感謝している。それで……良かったら僕と……」
『莫迦だね。この子がアタシに願ったのは、アンタみたいなバカ坊のためじゃないよ』
殿下の言葉を遮ったのは、神涙獣様の音の無い声でした。
いいえ、もう神涙獣様ではありません。
ある方がドラゴンを倒すのを助けてあげて欲しいという私の願いを叶えて実体を得た彼(口調は女性的ですが、男性なのだそうです)は聖獣となったのです。
昼は太陽のような黄金、夜は月星の白銀に染まる毛皮を照明の光に煌めかせて、聖獣様は私のドレスの裾から現れます。
彼は貴賓席に顔を向けました。
『挨拶も出来ないのかい、坊や』
聖獣様の尻尾がゆらゆらと揺れています。速度はゆっくりです。




