最終話 婚約破棄されませんでしたけど、生きていきます。
「そういえば聖獣様」
「……なんだ? もう歌わないのか、シャーリー」
後ろから私を抱いている夫が優しい声で言いながら、私の髪を梳ります。
大国の皇帝のくせに甘えん坊な旦那様です。
しばらく滅亡の日教団の残党狩りで離れていたから寂しかったのかもしれません。
教団の幹部も教主も処刑され、彼らは完全に滅びました。
自分達が滅亡の日を迎えたのです。
ペルブランディ様はとっくの昔に処刑されていました。篭絡された教員達もです。雇われに過ぎなくても罪は罪なのです。彼らは王太子殿下方と違い、教団のことも知った上で協力していました。
「うふふ、聖獣様とのお話が終わったら歌いますよ」
『なんだい、アタシの愛し子』
「その……聖獣様が時間を戻してくださる前の世界は、私が処刑された後どうなったんですか?」
「……」
私を抱き締めるガイの手に力が入りました。
彼には処刑される未来の悪夢について話しています。
もう消えてしまった世界だと話しても怒りが収まらないようで、フィーニス王国の王太子を殴らなきゃ気が済まないとおっしゃるので困りました。
まあ、だからこうして一緒にいられるのだと言うと、すぐにご機嫌は直ったのですけれどね。
たぶん私は彼の甘えん坊なところに恋をしたのでしょう。
大陸一の大国の多忙で悩みの多い皇帝陛下を甘やかしてあげたいのです。……エルトン王太子殿下に対しては、こんな気持ちになったことはありません。あの方の側にいたときは、いつ実家が滅ぼされるかもしれないと怯えるばかりでした。
ガイの温もりに気を取られていた私の耳朶を聖獣様の声が打ちました。
『滅んだよ』
「「え?」」
私と夫の声が重なりました。
『あんまり腹が立ったから、アタシが邪獣になってすべてを滅ぼしてやったのさ。ごめんね、愛し子。本当は時間を戻したのはアタシじゃなくて神様だったのさ。おかげで神様に滅ぼされたアタシも神涙獣の姿で復活したんだけどね』
「そう……でしたの」
違う道を辿ったとはいえ、なにかこれからの参考になることが聞けるかと思って尋ねたのですが、滅びてしまったのでは情報はなさそうです。
聖獣様は揺り篭から尻尾を離し、不機嫌そうに振り始めます。
以前のことを思い出しているのでしょう。
『ああ、安心おし。アンタを処刑した、あの王子様と仲間どもはアタシが直々に手を下してボロクズにしてやったよ。アンタがいなくなって、あの莫迦どもからアタシの加護が消えてくれたからね。でも……今度もそうすれば良かった。放っておくだけでいいなんて、アタシの愛し子は優し過ぎるよ』
「その通りだな。聖獣よ、今からでもあの莫迦どもをボロクズにしに行くのなら余も付き合おう」
「せっかく滅亡の日教団が滅んだのですから、新しい火種を起こすのはやめてください」
聖獣様と夫を止めます。
今さらエルトン殿下方に復讐しても仕方がありません。
滅亡の日教団に洗脳されていた彼らが私を処刑した世界は消えてしまいました。それに、父母と幼い弟はフィーニス王国にいるのです。
消えてしまった世界のことは忘れることにして、私は再び歌い始めました。
聖獣様が揺り篭に尻尾を戻します。
夫の視線も揺り篭の中の息子へ向かいました。
「……泣かないで、赤ちゃん。お星様が見てるお月様が見てる、お日様もあなたを見てる。優しい神様の涙が、あなたの揺り篭揺らしてくれる……」
「あーきゃー」
「おい、今こやつ笑ったのではないか?」
『ふふふ』
もう一度私が歌い出すと、揺り篭の息子が楽しそうな声を上げました。
夫のガイも聖獣様も嬉しそうに微笑みます。
この幸せな世界が続くよう祈りながら、私はこれからも生きていくのです。もう二度と婚約破棄されることも処刑されることもないと良いのですが……いいえ、ガイと聖獣様を信じましょう。世界を滅ぼして時間を巻き戻すきっかけを作ってくださった聖獣様と、新しい世界で命をくださった愛しい夫なのですもの。




