第6章 - 第5話
すべての課題が終わる前に、少しだけ休憩が入った。
闘技場の隅に、四人がぐったりと腰を下ろしている。
ドラゴは大剣を枕に寝転がり、サシャは壁にもたれ、カイトは膝を抱えたまま目を閉じ、ミーナは尻尾をぱたりと床に投げ出していた。
その向かいで、ライラとゴウエンは涼しい顔で水筒の水を飲んでいる。
疲れた様子は一切ない。
ミーナが、ぴょこんと身を乗り出した。
「ねえねえ、二人とも、ほんとにすごかったニャ! あんなに息ピッタリで……いったい、いつから一緒にいるニャ?」
その横で、サシャもこくりと頷く。
「そうよね。いくら国軍兵の時から一緒だったとはいえ、ここ何年かで合わせた、なんてレベルじゃなかったわよ。あんなの、何年やっても無理だもの」
水を飲んでいたライラが、ぱちりと瞬きをして、不思議そうに首を傾げた。
「ん? あれ、言ってなかったか? 私とゴウエンは、産まれたときから一緒だぞ」
「「「「産まれたとき!?」」」」
四人の声が、見事に揃った。
寝転がっていたドラゴが、がばっと跳ね起きる。
目をまんまるにしていた。
「といっても、私のほうが先に産まれたからな。厳密には、私が産まれた一か月後からだな」
ライラが付け加える。
「いやいや、そんなことより、産まれたときって……じゃあお前ら、そこから二十年以上、一緒なのかよ!?」
「おう」
ライラは、なんでもないことのように頷いた。
「うちとゴウエンの家は、親同士が昔からの親友でな。だから物心つくよりずっと前から、二人でいるのが当たり前だったんだ」
「歩くのも、剣を握るのも、だいたい同じ日だったな」
ゴウエンが、水筒の蓋を閉めながら口を挟む。
「こいつ、三つのときから木剣振り回しててな。付き合わされる俺は、毎日泥だらけだった」
「貴殿が勝手に前に立ったのだろう。私が振ると、必ず盾のつもりで鍋の蓋を構えて出てきた」
「お前が後ろを見ずに振るからだ!」
ライラが、からからと笑う。
ゴウエンも、やれやれと肩を揺らした。
産まれてからずっと、同じ庭で、同じ泥をかぶってきた者たちの笑い方だった。
カイトが、ぐったりしたまま苦笑いを浮かべる。
「そりゃ……勝てるわけないっすわ。ほぼ家族みたいなもんじゃないっすか」
「ふはは、そうだな!」
ライラが豪快に笑って、ぽんとゴウエンの肩を叩いた。
「ゴウエンは、もはや私の半身みたいなものだ!」
「……ああ」
笑い返そうとして、ゴウエンの声が、半端なところで止まった。
盾を担ぎ直す手が、意味もなく動く。
それから、ごほんと一つ、咳払いをした。
「ま、まあ。俺たちは、いずれ……本当の家族に、なるしな」
妙に低い声で、早口にそう言う。
そして、ちらり――と、横目でライラの様子をうかがった。
その一言に、四人の動きが、ぴたりと止まる。
顔を見合わせ、それから、はっと息を呑んだ。
いちばん早く反応したのは、ミーナだった。
猫耳がぴーんと立ち、尻尾がぶわっと膨らむ。
「ほ、本当の家族って……それって……!」
ミーナは、きらきらした目でゴウエンに詰め寄った。
「結婚するってことかニャ!? いま、プロポーズしたのかニャ!?」
「おっ、おいおいミーナ! き、気が早いって!」
ゴウエンが、わたわたと両手を振って慌てる。
けれど、口ではそう言いながらも――その目は、期待をいっぱいに込めて、まっすぐライラを見ていた。
サシャとドラゴも、思わず身を乗り出した。
ところが。
当のライラは、まったく動じなかった。
頬を染めるどころか、視線をそらすことすらしない。
ただ、やれやれと肩をすくめて、爽やかに笑い飛ばしたのだ。
「またその話か。私たちが許嫁だなんてのは、親父たちが酒の席で、勝手に盛り上がって言ってるだけだろう?」
ライラは、ぐいっと水を飲み干して、からりと続けた。
「気にするな、ゴウエン。お前だって、遠慮なんかせずに、どこかで素敵な相手を見つけていいんだぞ?」
――しん。
ゴウエンの、担ぎかけた盾が、ごとりと床に落ちた。
拾おうともしない。分厚い肩が、ゆっくりと落ちていく。
岩山のような巨体が、心なしか、ひと回り小さくしぼんで見えた。
「あ……あぁ……。そ、そうだな……」
ひきつった笑みを、なんとか頬に貼りつける。
声は、もうほとんど出ていなかった。
「ふはは、わかればよろしい!」
何ひとつ気づかないライラは、満足げにカラカラと笑う。
水筒をしまい、立ち上がって、軽く刀の位置を直す。
その背中には、一片の迷いもない。
その、あまりに残酷な一部始終を――四人は、最初から最後まで、しっかりと見届けていた。
誰も、何も言わなかった。
ドラゴが、そっと隣のサシャを見る。
サシャが、ふっと目を伏せる。
カイトが、静かに天井を仰ぐ。
ミーナが、きゅっと唇を結ぶ。
言葉は、ひとつもない。
なのに、四人の心は、この日はじめて――完璧に、一つになっていた。
……これ、ライラ、ぜんっぜん気づいてないやつだ
……ええ。でもゴウエンのほう、あれは本気よね。完全に
……このままだと、あの気持ち、一生伝わらないかもしれないっすね……
……不憫すぎるニャ……
ミーナが、そっと尻尾を垂らす。
……ミーナ、今度、ゴウエンに美味しいご飯を奢ってあげるニャ
四人は、無言のまま、心の中で固く手を取り合った。
((((……がんばれ、ゴウエン!!))))
闘技場の端で、ゴウエンだけが、床に落ちた盾のそばに、ぽつんと座り込んでいる。
その、世にもシュールな沈黙を破るように。
闘技場の天井から、あの無機質な声が、ぶつ切りに響き渡った。
『キュウケイ、シュウリョウ。コレヨリ――サイゴノ、シレンヲ、カイシ、シマス』




