第6章 - 第4話
闘技場の端で、ようやく息の整ってきたドラゴが、よろよろと身を起こした。
闘技場に立つ、ライラたちに向かって、声を張る。
「おーい、お前ら……思ったより難しいからな。気ぃつけろよ……」
何度も電流をくらった男からのアドバイス。
「ああ。忠告、感謝する」
ライラは振り返らず、ただ前を見据えたまま、応えた。
『ソレデハ――ハジメ』
遺跡の声と同時に、二人の正面で、一体のゴーレムが動き出す。
ドラゴが、思わず固唾を呑む。
――その瞬間。
ライラが、地を蹴った。
紫色の光をひと筋まとって、一足飛びにゴーレムへと踏み込む。
だが、その背を、ゴウエンも追っていた。
その巨体に似合わぬ、滑るような足運び。
ライラも少し速度を抑えているように見える。
二人の間合いは、五歩の内から、ただの一度も外れない。
「はっ」
短い気合とともに、刀がきらめく。
一刀両断。ゴーレムの胴が、すぱりと斬り裂かれた。
だが――崩れ落ちた土くれが、床に積もるより早く。
地面がふたたび盛り上がっていく。
左右から、二体のゴーレムが土を割って這い出してきた。
今度は、ライラの左から拳が振り下ろされる。がら空きの、死角。
だが、その拳が届くより先に、ゴウエンの巨大な盾が、すっと差し込まれていた。
硬い音を立てて、拳が弾かれる。
ライラは、そちらに一瞥もくれない。
そこに盾があると、信じきっているからだ。
「ふっ」
返す刀で、ライラが一体を斬り伏せる。
その背後で、ゴウエンが盾を地面に突き立てていた。
地面がぐにゃりと隆起し、土の壁が押し上がる。
もう一体の足場が、ぐらりと崩れた。
体勢を崩したゴーレムへ――壁の裏から、ライラの紫電が滑り込む。
「……おい、今の見たか」
ドラゴが、身を乗り出した。
「ライラのやつ、ゴーレムの足場が崩れてるの分かってたのか?」
「いや……。あっちのほうは見てなかったような気がするけど」
サシャが、杖を握ったまま、食い入るように中央を見つめる。
「……まるで、最初から知ってたみたい」
二人は、簡単に二体を斬り伏せる。
すると、もう一体増えて、今度は、三体。
倒すたびに、数が一つずつ増えていく。
だが、二人の手は止まらない。
踏み込む、斬る。
盾が差し込まれる。
壁がせり上がる。
その裏から、また斬撃が走る。
声はない。目すら、合わせない。
なのに、二人の動きには、髪の毛一本ぶんの無駄もなかった。
まるで、一つの身体が、二つに分かれて戦っているみたいに。
「なんで、ゴウエンもあの速さについていけるんっすか?」
カイトが驚いた表情で、二人を見つめる。
「ライラが動く先が分かってるみたいニャ」
「そんなこと可能なんっすか!?」
五歩の制限など、そこには最初から存在しないかのようだった。
ライラがどれだけ前へ出ても、ゴウエンは必ずその背にいる。
腕輪が光ることは、ただの一度もなかった。
四体、五体と膨れ上がった群れも、二人の前では、ただ数を増やすだけの的でしかない。
やがて、増え続けたゴーレムも、十体目。
ライラが地を蹴り、紫の光をまとって駆け抜けた。
「『紫雷閃』」
すれ違いざまの、神速の一閃。
ゴーレムは、自分が斬られたことにも気づかぬまま、二つに割れて崩れ落ちた。
しん、と静寂が降りる。
砕けた土の山に囲まれて、ライラとゴウエンが、ぽつんと立っていた。
息は、まったく乱れていない。
マントには、汚れひとつついていなかった。
ライラが、刀をすらりと鞘に収める。
かちん、と澄んだ音が鳴った。
「ふむ。十体で終わりか……思ったより、張り合いがないな」
「ああ」
ゴウエンが、ずしりと盾を下ろす。
「この程度なら、二十体くらい来ても、問題なさそうだ」
「だな。次はもう少し、骨のある相手を頼みたいものだ」
二人は、まるで朝の散歩でも終えたみたいに、のんびりと言葉を交わす。
――その横で。
さっきまで座り込んでいた四人が、ぽかんと口を開けたまま、固まっていた。
ドラゴの口は、半開きのまま塞がらない。
サシャは杖を握りしめたまま、瞬きも忘れている。
カイトはぴくりとも動かず、ミーナの尻尾は、ぴーんと立ったままだ。
しばらくして、ドラゴがやっと、かすれた声を絞り出した。
「……は? なんだあれ……」
「……一回も、腕輪が光らなかったっす」
「アタシたち、あんなにビリビリしてたのに……ニャ……」
サシャが、ぽつりと呟く。
「あの二人……声も、合図も、何にも出してなかったわよ。なのに、あんなに動きが合うなんて……」
◆◆◆
その後も、遺跡はいくつもの連携試験を出してきた。
片方がその場から動けないだの、決められた順番で倒せだの、そのたびにルールは複雑になっていく。
だが、ライラとゴウエンには、それすらも関係なかった。
まるで、勝手知ったる庭を散歩するみたいに。
二人は涼しい顔で、出された課題を片っ端から平らげていく。
手こずる様子も、立ち止まる様子も、まるでない。
四人は、もはや声も出なかった。
ただただ、その背中を見上げるばかり。
ドラゴが、乾いた喉でぼそりと呟いた。
「……なあ。あいつら、本当に人間か……?」




