第12話 ──「今度は、ぶつからねえ」
城の奥の一室では、まだ、激しい戦いが続いていた。
ドラゴと、ガロウ。最悪に相性の悪い二人が、ルシアン一人を相手に、刃を振るい続けている。
最初は、ひどいものだった。
「おい、オレの前に飛び出してくんなよ!」
「黙れ。そこで、ちんたらしているほうが悪い!」
ともに戦うことを決めた二人。
しかし、踏み込めば、肩がぶつかり、剣を振るえば、刃が、交差しかける。
息を合わせるどころか、互いの動きが、ことごとく、邪魔をし合っていた。
「っ、だから、オレの動きも見ろよ!」
「知るか。お前が合わせろ!」
だが。
何度も、何度も、ぶつかり合ううちに。
いつしか――。
ドラゴが、右を攻めれば。ガロウは、左を攻める。
ガロウが体勢を崩すと、ドラゴが敵を引き付ける。
文句を、言い合いながら。舌打ちを、こぼしながら。
それでも、二人の動きは、少しずつ、少しずつ、噛み合いはじめていた。
口では、全く噛み合っていない。
けれど――体のほうが先に動いてしまう。
互いの呼吸を、言葉より先に、体が覚えはじめていた。
戦いの嗅覚。獲物を狩る、本能。
相性は最悪でも、その一点だけは。二人とも、誰より、鋭かった。
「……なるほど。言葉や経験ではなく、本能のみで息を合わせる。これは、また、人を操る方法として使えそうですね」
ルシアンが、薄く、笑う。
「黙れ。お前に次はない」
ガロウが、攻め立てる。
「やれやれ、ちょっとうまくいっているからといって。こちらは、まだ、本気を出していないというのに」
すると、ルシアンの指先から伸びた無数の見えない糸が、束になる。
それは、見上げるほど巨大な、鋭い槍の形へと変わっていった。
一本一本が、刃のように尖った、糸の塊。
「そのご自慢の連携で、これが防げますかね」
逃げ場のない極大の一撃が、二人めがけて放たれた。
ドラゴとガロウは、互いに、目すら合わせなかった。
だが――お互いの頭に、ふと、よぎるものがあった。
この国に来る道中の、魔獣戦。
あの時、二人は、同時に斬りかかった。
そして――味方同士の刃が、ぶつかり、弾かれた。
あの時の二人なら、きっと今回も、ぶつかって終わっていただろう。
でも――。
「今度は……ぶつからねえ!」
ともに戦うと決め、互いに感じ取ってきた呼吸。
そして、何より、この国を、スイ姫を、護りたいという想い。
――あの時とは違う。
「「うおぉぉぉぉぉ!」」
まったく同じタイミングで。まったく同じ、一点を狙って。
二人は、それぞれの必殺技を解き放った。
ドラゴの右腕が、びきり、と音を立てる。
肘から先が、燃えるような赤い鱗に覆われ、魔力が膨れ上がっていく。
「『竜の鱗』――ッ!」
鱗に包まれた腕が、大剣をぐっと握り直す。
刃に、赤い熱が集まった。
ドラゴは、大剣を渾身の力で振り抜く。
「喰らえ――『竜の爪』ッ!!」
竜が、獲物を切り裂くような、鋭い、赤の斬撃が、まっすぐに走った。
同時に。
ガロウの漆黒の刀から、ぞっとするような黒い闘気が、唸りを上げて噴き出す。
「『鬼哭啾啾』!」
赤い光の斬撃と、黒い殺気の斬撃。
あの日、ぶつかって、弾かれ合った、二つの刃が。
今――空中で、ぴたり、と、重なった。
赤と黒が、らせんを描き、一つの、凄まじい一撃へと姿を変えていく。
鬼のような殺気をまとった、赤黒い、竜の爪――。
「――『鬼竜の爪』!!」
その一撃が、ルシアンの、極大の糸の槍と、真正面から激突した。
部屋全体が、地震みたいに、激しく揺れる。
拮抗は、ほんの一瞬だった。
次の瞬間。赤と黒の渦が、ルシアンの巨大な槍を切り裂いていく。
無数の糸が、ばらばらに引き千切れ、宙へと散っていった。
あの日、弾かれ合った二人の刃が。今、たしかに、一つになったのだ。
「……ほう。これは、これは」
ルシアンが、わずかに、眉を上げる。
だが、それでも――その薄い笑みは、欠片も崩れなかった。
冷や汗の、一つすら浮かんではいない。
「おやおや。やりますねえ。まさか、この私の技を押し返すとは」
むしろ、心の底から、面白がっているようだった。
興味深いものを見るかのように。
その時だった。
部屋の壁を破壊して、禍々しく光る、一振りの剣が飛び込んできた。
それは、まっすぐ、ルシアンの手の中へと、すうっと収まる。
「……おや」
ルシアンが、掌に収まったその剣を見つめた。
「この子が、独りで戻ってくるということは……」
すこし意外そうな声で呟く。
「……まさか。騎士団長が、やられたのですか?」
ルシアンの視線が、宙をさまよう。
「この子を持った、あの男を倒す者が、いたのですか。……いやはや。これは、驚きました」
ふう、と、肩をすくめる。
「では――この国のクーデターも、失敗、というわけですね。……ああ、残念です」
だが。
手の中の魔剣に目をやり、口元を、にやり、と歪ませた。
「……まあ、でも。この子も、ずいぶんと育ったようだ」
愛おしそうに、赤黒い刃を指で撫でる。
その指先の傷口から、血が垂れた。
ルシアンは、その自らの血を、剣へと吸わせる。
「これだけ育てば――あのお方への、お土産には、十分でしょう」
国を壊すことを、なんとも思っていない。
まるで、おもちゃで遊んでいるかのような感覚。
その、あまりに狂った言葉に、ドラゴの全身が、かっと、熱くなった。
「……ふざけ、んな」
よろめきながら、立ち上がる。
「詳しいことはわかんねえが、やっぱり、おまえが今回の親玉だな!」
「ちっ、舐めやがって」
ガロウも、刀を握り直す。
「ああ、そういえば、あなたたちのことを忘れてました」
あきらかに、興味を失ったような声色だった。
すると、ルシアンは、手にした魔剣を、ひょい、と軽く一振りした。
ただ、それだけ。
目に見えない、凄まじい衝撃の波が、二人を、まとめて襲う。
「ぐあっ!?」
「……っ、ぐ!」
ドラゴも、ガロウも、紙くずみたいに吹き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。
死力を尽くして放った、あの合体技。それと、同じだけの威力を。
ルシアンは、たった一振りで、軽々と上回ってみせた。
「早く、あのお方にお渡しせねば」
ルシアンが、魔剣を、天井へとかざす。
凄まじい轟音とともに、城の天井が大きくぶち抜かれた。
ぽっかりと、丸い穴が開き、茜色に暮れかけた空が、覗いた。
「では。……いつか、また、お会いしましょう」
その体が、ふわり、と宙へ浮かび上がる。
「その時は、どうか。もう少し、強くなっていてくださいね。――この子の、いい餌になれるくらいに」
開いた穴を、くぐって。
ルシアンは、悠然と、空の彼方へと消えていった。
追うことなど、できなかった。
指一本、動かすことすら。
「ドラゴ! ガロウ!」
崩れた壁の、向こうから。背に翼を広げた、レンジが飛び込んでくる。
屋上から、あの魔剣を追って、飛んできたのだ。
だが――。
部屋に、残っていたのは。立ち込める、土煙。瓦礫。天井に、ぽっかりと空いた大きな穴。
そして、壁際で、ぼろぼろになって座り込む、二人だけだった。
「無事か? あの、魔剣は……っ!?」
レンジが、鋭く、問う。
ドラゴが、悔しそうに、天井の穴を、顎で示した。
「……今、そこから、逃げられた。いや、あいつは、逃げたわけじゃねえ。用が済んだから、帰っていった」
拳で、床を、思い切り殴りつける。
「くそ……っ。今の俺たちじゃ、全く届かなかった! くそっ……くそぉっ!」
ガロウも、何も言わなかった。
ただ、握りしめたその拳が、ぶるぶると震えている。
屈辱に。そして、どうしようもない、自分たちの力不足に。
レンジもまた、ばっと、天井の穴を見上げた。
だが、そこに広がっているのは、夕焼けに、赤く染まりゆく、静かな空ばかり。
魔剣も、あの男も。もう、どこにも見えはしなかった。
「……間に、合わなかったか」
レンジの、絞り出すような声が、瓦礫の部屋に、静かに落ちる。
三人は、ただ、歯を食いしばって、悔しさに、耐えることしかできなかった。




