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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第11話 ──「私が、未熟でした」


 屋上へと続く扉が、勢いよく、開け放たれた。


 真っ先に飛び込んできたのは、副隊長のロラン。


 周囲に、危険がないかを確認している。



 そして、




 「スイ――!!」




 国王と王妃が、駆け込んでくる。


 そのあとに、レンジと、サシャも続いた。



 屋上に出た、その瞬間。


 五人は、息を呑んで、足を止めた。



 倒れている、白いドレスの少女。


 その傍らに、同じく倒れ込んだ、ボロボロの少年。



 そして、少し離れたところに、もう一人――黒い剣を取り落とした、大柄な男が、うつ伏せに沈んでいた。




 「スイ……! スイ!」




 国王が、転がるように、娘のもとへ駆け寄る。


 スイ姫は、静かに、目を閉じていた。


 その背中には、痛々しい、大きな傷。



 けれど――。




 「……っ、息が、ある。生きている……!」




 国王の声が、震えた。


 よく見れば、その傷は、もう血を流してはいなかった。



 傷口を覆うように、赤い血が、固く、かさぶたのように固まって、出血をしっかりと止めている。




 「これ……」




 あとから駆け寄ったサシャが、その傷を見て、はっと息を呑んだ。


 ただの、自然な止血なんかじゃない。


 血が、まるで意思を持ったみたいに、きれいに、傷口だけを覆っている。




 ……もしかして、カイトが




 サシャが、ばっと、倒れたカイトへ顔を向けた。




 「カイト……! カイト、しっかりしなさいよ……!」




 すがりつくように、その肩を揺さぶる。


 顔は、紙みたいに真っ白。


 呼びかけても、返事はない。




 「……落ち着け、サシャ」




 レンジが、素早く、カイトの首筋へ指を当てた。


 張りつめた、数瞬ののち。


 その口から、ふっと、安堵の息が漏れる。




 「……息は、ある。気を失ってるだけだ。……なんとか、護りきったようだな」




 その横顔には、隠しきれない、安堵がにじんでいた。




 「ロラン……っ。頼む、スイと、この少年の手当てを!」




 「はっ!」




 副隊長のロランが、すぐさま膝をつき、慣れた手つきで、スイ姫の傷へと布を当てていく。


 サシャもまた、震える手で、カイトの傷を必死に押さえた。



 その様子を、見届けて。


 国王は、ゆっくりと立ち上がった。


 そして――もう一人の、倒れた男のほうへと、重い足取りで歩み寄っていく。



 黒い剣をすぐ傍に。


 力なく、うつ伏せに倒れている、その男。



 国王には、おおよその事情が読めていた。


 誰よりも信頼していた、この騎士団長が。


 自分たちを襲った、あの兵たちと、同じように、どこかで、恐ろしくゆがんだ考えに呑まれ――


 娘へと、剣を向けたのだと。


 そして、あの少年が、命がけで、娘を護り抜いたのだと。




 「……まさか、お主とはな。ハングラル」




 国王が、静かに、その名を呼んだ。


 すると。




 「……ぅ、ぐ……」




 倒れていたハングラルの体が、ぴくり、と動いた。


 まだ、息があったのだ。



 そして――ゆっくりと、開かれた、その瞳からは、あの、どす黒く濁った色は、すっかり消え去っていた。



 ぼんやりとした目が、周りを見回した。


 傷つき、倒れた姫。


 心配そうに覗き込む、国王と王妃。


 そして、自分の手元に転がる、見覚えのある黒い剣。



 その瞬間。


 ハングラルの顔が、絶望に、ぐしゃりと歪んだ。




 「……あ。ああ……っ。私は……私は、なんという、ことを……っ!」




 すべてが、よみがえってくる。


 国内のクーデターを企て、混乱に陥れたこと。


 自分を信じてついてきてくれた、グランヴェルや兵士たちに刃を向けたこと。


 そして、護るべき姫を、この手で斬ってしまったこと。




 「陛下……っ。王妃様……っ。も、申し訳、ございません……っ! 私は、私は、あなた方に……スイ姫様に、剣を……っ」




 大粒の涙が、ぼろぼろと、頬を伝ってこぼれ落ちていく。


 あれほど厳しく、誇り高かった、あの騎士団長が。


 まるで子供みたいに、声を震わせて、泣いていた。




 「お主……我を失っていないのか?」




 国王が、目を、見開く。




 「一体、何があったというのだ……!?」




 その横で、レンジが、静かに、目を細めた。




 ……国王たちを襲った、あの兵たち。あいつらから感じた、あの、何かに取り憑かれたみたいな、嫌な気配はない




 倒れたハングラルを、じっと、見据える。




 ……あいつらは、倒しても、嫌な気配は消えなかった。なのに、この男からは。まったく、それを感じねえ。元に戻ったのか――?




 ちらりと、手当てを受けるスイ姫へ、視線を走らせる。




 ……何か条件があるのか、あるいは、姫が関係しているのか?




 「……私は、ずっと、モヤの中にいました。暗く、おぞましい、闇の中に」




 ハングラルが、震える声で、絞り出す。




 「そこにいると、思考が、おかしくなる。何か、大切なものが、モヤにかき消される。全てが、怒りや憎悪に変わって――でも、光が、スイ姫様が、急に表れて、モヤが晴れて……」




 「――落ち着け、もっと分かるように説明せよ!」




 ハングラルは、震える手を、必死に伸ばす。


 最後の力を、振り絞るように。




 「陛下……っ。あの男……あの、商人です……! あいつは、ただの商人なんかじゃ、ない……! あいつ、こそが――」




 その、時だった。



 カラン――。


 ハングラルの、すぐ傍に転がっていた黒い剣が、ひとりでに、ふわりと宙へ浮かび上がった。



 赤黒く。どくん、どくん、と、まるで、生きた心臓みたいに、脈を打って光っている。




 「な――」




 国王が、声を上げる、その前に。


 魔剣は、凄まじい速さで、宙を走り――。


 ためらいもなく、ハングラルの胸へと突き刺さった。




 「がっ……は……っ!?」




 ハングラルの口から、血が噴き出す。




 「ハングラル!」




 次の瞬間。


 ハングラルの体に、異変が起きた。



 血の気が、すうっと引いていく。


 いや――それだけじゃない。


 体の中の力が、生命そのものが、剣へと、ずるずると吸い取られていくのだ。



 張りのあった肌が、みるみるうちに、しわしわに。


 たくましかった体が、枯れ木みたいに、細く、しぼんでいく。




 「陛下、危ない! お下がりください!」




 レンジが、とっさに、国王と魔剣の間へ体を割り込ませる。


 だが――魔剣は、誰にも止められなかった。



 干からびていく、ハングラル。


 その顔は、自らの死を悟った、穏やかなものへと変わった。




 「……陛下。王妃様」




 かすれた声で。


 それでも、はっきりと、彼は告げた。




 「私が……未熟、でした。本当に……申し訳、ございません……」




 そして、その目が。


 手当てを受ける、あの少年のほうへと、向けられる。




 「……レガリスの、守護者よ。姫を、護ってくれたこと……感謝する……」




 その言葉を、最後に。


 ハングラルの体は、さらさらと、崩れていった。



 その命の、最後の一滴まで、魔剣に吸い尽くされて。


 あとには、もう、何も、残らなかった。



 ただ――力を吸い込み、いっそう赤黒く、輝きを増した魔剣だけが、宙に、ぽつんと、浮かんでいる。



 その剣が、ぐるり、と向きを変えた。


 まるで、意思を持っているみたいに。


 脈打つ光を、不気味に、強く、明滅させながら。



 そして――次の瞬間。


 凄まじい速さで、宙を裂いて、飛び立った。


 屋上の縁を越え、城の――下へ。


 何かに引き寄せられるように、まっすぐ、下層へと駆け降りていく。




 「……っ」




 レンジの鋭い目が、その軌跡を追った。


 そして、素早く、屋上を見回す。




 崩れ去ったハングラル。


 手当てを受ける、スイ姫とカイト。


 護るべき、王と王妃。



 ――もう、ここに、他の敵の気配はない。


 そう見極めた、その瞬間。


 レンジは、背の翼を大きく広げた。




 「……あの剣は、放っておけないな」




 生きた人間の命を喰らい、自ら宙を駆ける黒い刃。


 あんなものを野放しにすれば、何が起きるか分からない。




 「サシャ! ここは、任せた。陛下たちと、あの二人を――頼む!」




 「えっ……!? れ、レンジ隊長!?」




 戸惑うサシャに、それだけ言い残して。




 「俺は、あれを追う!」




 力強く、床を蹴る。


 翼が、ひと打ち、屋上の空気を叩いた。



 次の瞬間には、レンジの体は、魔剣の消えた城の下へと、矢のように舞い降りていた。



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