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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第10話 ──「あなたの、その優しさが」



 「……っ。嫌っす。嫌っすよ、こんなの」




 カイトは、震える手で、スイ姫の背中の傷を必死に押さえた。


 指の間から、温かい血が、止めどなく溢れてくる。



 止まらない。塞がらない。


 ――だめだ。それは、カイトにも、わかっていた。


 他人の血は、操れない。



 人の血には、その人自身の魔力が流れている。


 だから、カイトの魔力を決して受け付けない。


 押し込もうとしても、弾かれてしまう。



 わかっている。わかっているのに。




 「……っ、なんで。なんで、止まらないんすか……!」




 わかっていて、なお。


 カイトは、必死にその傷口を押さえ続けた。




 「ふん」




 頭上から、冷たい声が、降ってくる。


 ハングラルが、黒い剣を提げたまま、二人を見下ろしていた。




 「案ずるな。……順番は変わったが、お前も、すぐに、姫のもとへ、送ってやる」




 肩で、大きく息をしながら。


 それでも、二人まとめて斬り伏せるべく、黒い剣を、ゆっくりと持ち上げていく。



 カイトの体は、もう限界だった。


 これ以上、血を操れば――自分が死ぬ。


 本能が、自身の血を、もう動かそうとしない。



 かといって、操れる水は一滴もない。


 武器も、力も、何もかも、尽きていた。



 それでも。


 カイトは、スイ姫を抱きしめたまま、その掌にありったけの想いを込めた。




 「動け……っ。なんでもいい。血でも、水でも……頼むから、動いてくれ……!」




 叫ぶ。願う。祈る。



 だが――何も、起きない。


 指先は、氷みたいに冷たいまま、ぴくりとも応えてはくれなかった。




 ……誰か……




 目の前の世界が、絶望に満ちた。



 その、瞬間だった。



 ふいに、カイトの手のひらから、何かが、すうっと、流れ出ていく感覚があった。



 自分の、魔力だ。




 ……え? 流れてる……? でも、どこに――




 水は、ない。自分の血も、もう動かせない。


 なら、この魔力は、いったい、何に――。



 カイトは、震える視線を、ゆっくりと、手元へ落とした。


 その、掌の下。



 あたたかく、こんこんと、あふれ続けている、それは。


 ――スイ姫の、血だった。




 「……なんで」




 他人の血は、操れない。他人の魔力が、受け付けない。


 なのに――今、確かに。スイ姫の血が、カイトの魔力を拒まなかった。



 むしろ、優しく、受け入れていた。


 まるで、温かい手に、そっと、包まれるみたいに。



 浄化の力なのか。それとも、スイ姫の優しさゆえか。


 理屈なんて、わからない。



 ただ――目の前の、この人を助けたい。


 その想いだけが、凍りついた指先を突き動かした。



 ハングラルの黒い剣が、とどめとばかりに、真上から振り下ろされる。


 ――そのとき。


 スイ姫の背に、あふれていた血が、ふわり、と一点に集まった。


 西に傾きはじめた陽を受けて、透き通った赤い雫が、優しく輝く。




 「――『純水弾(じゅんすいだん)』」




 その呟きは、風に消えるほど、静かだった。



 次の、瞬間。


 赤く輝く弾丸が、スイ姫の背から、音もなく――ハングラルの胸へと撃ち出された。


 勝ったと、油断しきった、その懐へ。


 防ぐことも、避けることも、できない至近の一発。



 優しい光をまとった弾丸は、あの、すべてを吸い取るはずの魔剣にも、その闇にも、触れることなく。


 まっすぐに、ハングラルの胸を、貫いた。




 「……が、は……っ」




 振り上げたままの、黒い剣が止まる。


 ハングラルの目から、すうっと、濁った光が、抜け落ちていった。




 「……ば、かな……。まさか……姫様、の……っ」




 信じられない、という顔の、まま。


 その手から、黒い剣が、からん、と、乾いた音を立てて、床に転がり落ちる。



 大柄な体が、ぐらり、と傾いた。


 そして、糸の切れた人形みたいに、屋上の床へと、どさりと崩れ落ちる。



 もう、動かない。



 だが――カイトは、その光景を、見てすらいなかった。




 「……早く、スイ姫を――」




 視線は、腕の中の、スイ姫だけに注がれている。


 その背中からは、今も、血があふれ続けていた。



 カイトは、もう一度、そっと、傷口へ手をかざす。


 さっき、確かに繋がった、あの感覚を、もう一度、たぐり寄せる。



 ――応えてくれた。


 流れ出ようとしていた血が、カイトの魔力に導かれて、ぴたり、と動きを止める。




 「……そう。そのまま。……いい子っすね」




 あふれかけた赤を、ゆっくりと、傷口の内側へ、押し戻していく。

 まるで、水芸で、こぼさず水を操るみたいに。


 けれど、いつもの何倍も、慎重に、優しく。



 やがて――にじみ出ていた血が、少しずつ、少しずつ、収まり、そして、止まった。


 傷が、塞がったわけじゃない。そんな力は、ない。


 でも、これで。もう、これ以上は、流れ出ない。


 あとは、ちゃんとした手当てが、間に合えば――きっと、助かる。



 張りつめていた、スイ姫の呼吸が。ほんの少しだけ、楽になった気がした。




 「……はぁ」




 全身から、どっと、力が抜ける。




 「……勝った、っすよ。お姫様」




 ぽつりと、呟く。


 その目に、じわり、と、涙が、にじんだ。



 ふと、あの日の、馬車の中の光景がよみがえる。


 傷ついた腕に、そっと手をかざしてくれた、あの、優しい温かさ。



 ――わたしの力で、人のためにできることなんて、これくらいですから。


 そう、寂しそうに笑っていた。



 こぼれた涙を、拭いもせず。


 カイトは、腕の中の彼女へ、そっと、囁いた。




 「……言ったでしょ。スイ姫」




 「あなたの、その優しさが。……ちゃんと、この国を、救ったんすよ」




 そう、言い終えたとたん。


 ぷつり、と張りつめていた糸が切れたみたいに。


 カイトの体から、すうっと、力が抜けていった。


 すでに限界の体を、「この人を護る」という、ただ一念だけで、繋ぎ止めていたのだ。



 視界が、ゆっくりと、暗んでいく。


 それでも、腕の力だけは緩めなかった。スイ姫を、抱きしめたまま。



 カイトの意識は、優しい夕焼けの光の中へ、とろけるように沈んでいった。


 西に傾いた陽が、遠くの空を、夕焼けの色に染めていく。


 あたたかなその光が、寄り添って倒れる二人を、そっと、包み込んでいた。



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