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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第9話 ──「ご無事、ですか」


 ――王城、国王の間。


 鋭い金属音とともに、レンジの剣が、裏切りの副隊長の刃を、下から跳ね上げた。


 がら空きになった胴へ、すかさず、渾身の蹴りを入れる。




 「――が、はっ……!?」




 濃い狂気をまとっていた副隊長が、たまらず、床へと崩れ落ちる。



 少し離れた場所では、副隊長同士が、剣を交えていた。




 「ロラン、貴様も真実に気づけ! 私たちと共に、この国を変えるのだ!」




 「黙れ! この美しい国と、我らの国王こそが――俺の真実だ!」




 互いの信念が、火花とともに、ぶつかり合う。



 激しい戦いの末。


 ロランと呼ばれた男の刃が、もう一人の裏切り者を、床へと沈めた。



 国王を護るはずだった、四人の副隊長。


 そのうちの二人が、国のために、国王を殺そうとする。


 歪んだ信念に取り憑かれていた。




 「はぁ……っ、はぁ……。まさか、お前たちが……」




 肩で息をしながら、ロランが、伸びた同僚を見下ろす。



 ――残るは。


 部屋の中央で、いまだ、あがき続ける兵士たち。



 彼らは、サシャの光の枷に絡め取られていた。


 一人ひとりに、無数の光の帯が巻きつき、その場へ、きつく縫い止めている。




 「っ、副隊長! くそ……我らが、必ずや、王を討ち取ります……!」




 「……無駄よ。いくらあがいても、その拘束は、解けないから」




 サシャは、余裕そうに応えながらも、額には汗をにじませていた。



 兵士たちは、光の枷から逃れようと、魔力を振り絞る。


 ありとあらゆる魔法攻撃が、縛られた腕の先で、何度も爆ぜた。



 いくら、魔人族といえど、魔力には限界がある。


 けれど、ここで枷を解けば、国王たちを護りながらの戦いとなる。


 レンジたちの戦いが終わるまでは、決して、負けられない。


 その一念だけで、サシャは、耐え続けていた。




 「――サシャ。よくやった。あとは、俺がやる」




 副隊長を沈めたレンジが、静かに、声をかける。




 「……まだまだ、余裕でしたけどね」




 強がって、サシャが微笑む。


 レンジは、ふっと笑い、動きを封じられた兵士たちの間を、風のように駆け抜けた。


 その首筋へ、狙い澄ました当て身を、一人、また一人と打ち込んでいく。


 声を上げる間もなく、兵士たちは、糸の切れた人形みたいに、次々と崩れ落ちていった。


 

 部屋に、静けさが戻ってきた。




 「……ふぅ。陛下、王妃様。もう、大丈夫です」




 レンジが、額の汗を拭う。


 玉座の前で、戦いを見守っていた国王が、ようやく、ほっと息をついた。


 だが――その顔は、すぐに、また険しくなる。




 「……いや。まだだ。まだ、終わってはおらん」




 「陛下?」




 「おそらく――今回の首謀者は、ハングラルだ」




 国王が、ぐっと、拳を握りしめた。




 「今回の警備の配置を決めたのは……すべて、あの男だった。もし、グランヴェルがロランたちをこの部屋に置くように指示していなければ、われらを護るはずの兵が、全て、われらに牙を剥いていた」




 そして、何より。




 「スイは……あの子は、言っていた。城へ戻るずっと前から。ハングラルに、黒いモヤが、見える、と――」




 その言葉の意味を、今になって、王は思い知る。




 「その時は、あの子が疲れているのだと思っていた。国のごたごたに、気を張りつめているのだと。……だからこそ、レガリスへ、逃がしたのだ。せめて、国内が落ち着くまではと……」




 そこまで言って、はっと、王の顔が、青ざめた。




 「スイだ……っ。スイが、危ない!」




 国王は、玉座から駆け出していた。




 「へ、陛下!? お待ちを!」




 「ロラン! そしてレガリスの守護者よ! 頼む、一緒に来てくれ! 娘の、命が……っ!」




 その顔に、もう、王の威厳はなかった。


 ただ、娘を案じる、一人の父親の顔だった。




 「わたくしも、まいります」




 王妃が、気丈に、立ち上がった。


 その手は、震えていた。


 けれど、瞳には、はっきりとした意志が宿っている。




 「あの子を、失ったら――わたくしは……っ」




 「もちろんです――私が、命に代えても、必ず、お護りします」




 まだ息の整わぬロランも、剣を拾い、よろりと立ち上がった。




 「サシャ……いけるか?」




 「……あたりまえよ」




 国王、王妃、ロラン、レンジ、サシャ。


 五つの影が、長い廊下を、全速力で駆け出した。



◆◆◆


 同じ頃。城の屋上。


 カイトの呼吸は、もう、ぼろぼろだった。



 いったい、何発、『黒水弾(こくすいだん)』を撃っただろう。


 放つたびに、ハングラルにダメージは与えている。



 ――けれど。


 決定打には、ならない。


 そして、確実に血を失っていく。


 命をすり減らしながら続く、終わりの見えない削り合い。



 一方で、ハングラルの息もまた、浅く、荒く、乱れている。


 お互いに、もう限界が近いことを、感じ取っていた。




 「――『黒水弾』」




 カイトは、残り少ない力を振り絞って、血の弾丸を撃ち出した。


 だが、それは、さっきまでの、半分の速さもなかった。



 ハングラルは、重い足取りで、身をずらす。


 避けきれぬ一発だけを、黒い剣で受け流した。


 触れた血が光を失い、ぼたりと床へ落ちる。




 「どうした。……威力が落ちているぞ」




 その声も、以前ほどの張りはない。


 それでも、確実に間合いを詰めてくる。


 振るわれる、黒い剣。




 「っ……『黒水壁(こくすいへき)』!」




 カイトが、残った血で、壁を張る。


 だが――その壁は、もう、さっきの、半分の厚さも、なかった。



 黒い刃が、薄くなった膜へ、ずぶりと食い込む。


 ぴしり、と。赤い壁に、ひびが入った。




 「ぐ……っ!」




 辛うじて逸らした、その反動で、後ろへ倒れこむ。


 あれほど頼もしかった血の壁でさえ、もう、刃をかわすので精一杯だった。




 ……やばいっすね。これは




 指先が、氷みたいに冷たくなっていた。


 心臓の音だけが、やけに大きく、耳元で、どくどくと鳴り響いている。



 血を流しすぎた。


 体の芯から、力が、どんどん、抜けていくのが、わかる。



 視界が、ぐらり、ぐらりと、揺れた。


 空が、床が、ハングラルの姿が、二重に、ぶれて、見える。


 もう、立ち上がるだけで、精一杯だった。




 「どうした。もう、終わりか」




 ハングラルの声が、ずいぶん、遠くに、聞こえる。




 「大した技だった。褒めてやろう。……だが、言った通りだ。血を流しすぎた時が――お前の、最後だと」




 黒い剣が、ゆっくりと持ち上がる。


 カイトは、もう一度、血を操ろうとした。



 だが――浮かばない。


 指先が、かすかに震えるだけ。


 もう、操れる血すら、限界を迎えていた。




 あー……これは。本格的に、詰みっすね




 もう少し。相手も、もう少しで、限界のはずなのに。


 その、もう少しが。どうしても、届かない。



 ぐらり、と、体が傾いた。


 膝が、がくん、と折れる。



 カイトは、そのまま、屋上の冷たい床へ崩れ落ちた。




 「カイトさん……!?」




 スイ姫が、悲鳴のような声を上げる。




 「ふん。雑魚にしては、よく粘ったほうだ」




 ハングラルが、倒れたカイトの前に、ぬっと立った。


 肩で、大きく息をしながら。


 それでも、濁った目で見下ろしてくる。




 「だが、ここまでだ。安心しろ。お前のあとは――姫様も、すぐに同じ場所へ送ってやる」




 黒い剣が、高々と振り上げられた。


 カイトには、もう、避ける力も、護る力も、残っていない。



 ただ、ぼやけた視界の中で、振り下ろされてくる刃を、見上げることしかできなかった。




 ……ごめんっす、スイ姫。結局、おいらは――




 刃が、落ちてくる。


 その、瞬間だった。




 「カイトさん――!!」




 ふわり、と。


 倒れたカイトの上に、温かい何かが覆いかぶさってきた。



 碧い髪が、視界いっぱいに、ふわりと広がる。


 甘い、花みたいな匂いがした。



 スイ姫だった。


 自分の、小さな体で。


 カイトを庇うように、ぎゅっと抱きしめて。




 「……っ、ス、スイ姫――?」




 ザシュッ。


 鈍く、重い、肉を裂く音が響いた。


 スイ姫の細い背中。


 そこから、ぱっと、赤い血が噴き出す。




 「……あ」




 時間が、止まったみたいだった。



 スイ姫の体から、ゆっくりと力が抜けていく。


 彼女は、カイトを抱きしめたまま、その腕の中へ、くたり、と倒れ込んできた。




 「……カイト、さん。ご無事、ですか……?」




 血の気の引いた、真っ白な顔。


 それでも、彼女は、なんとか、微笑もうとしていた。



 カイトの頭の中が、真っ白になる。




 「……なんで」




 声が、震えた。




 「なんで、庇うんすか……っ。逆っすよ。おいらが、護る側っす……! あんたを、護らなきゃ、いけなかったのに……っ!」




 いつも、何があっても、飄々としていた男。


 何が起きても、面倒くさそうに、笑っていた男。


 その顔が、今、ぐしゃぐしゃに、歪んでいた。




 「おいらは……おいらは、いったい、何を、やってるんすか……っ!!」




 屋上に、カイトの、悲痛な叫びが、響き渡る。


 腕の中で、スイ姫の体が、どんどん冷たくなっていく。



 あの、温かかった血が。彼女の、優しい命が。


 カイトの指の間から、ぽたぽたと、こぼれ落ちていく――。



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