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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第8話 ──「禁忌の、力」


 水しぶきの中から、ゆらり、と影が立ち上がった。


 ハングラルだった。



 全身、ずぶ濡れ。けれど、その足取りに、乱れはない。致命傷には、ほど遠かった。




 「……やってくれるな、レガリスの守護者よ」




 濁った目が、ぎろりとカイトを睨む。




 「だが、言ったはずだ。この剣の前では、お前の水など――ただの、遊びに過ぎん」




 黒い剣が、低い音を立てた。


 刃を包む、どす黒いオーラが、さらに濃く、深くなっていく。



 カイトの背に、冷たいものが走った。


 まだ、終わっていない。


 ならば――もう一度。




 空にわだかまっていた、巨大な水の龍が、ぐねりと身をくねらせる。


 カイトが、突き出した手を、ぐっと握り込んだ。




 「――もう一回、いくっすよ!」




 龍が、咆哮するように、真上からハングラルめがけて落ちてくる。


 空を覆う大量の水。逃げ場のない、津波の牙。



 ――だが。


 ハングラルは、動じなかった。


 黒い剣を、すっと、下段に構える。


 そして、迫りくる水の壁へと、自ら一歩、踏み込んだ。




 「見せてやろう。……騎士団長の剣を」




 その瞬間、カイトは見た。


 ハングラルという男の、本当の姿を。




 「――ふっ」




 短い呼気とともに、黒い剣が走った。


 一閃。龍の首が、斬り飛ばされる。



 斬られた断面から、キラキラと輝いていた光が、すうっと黒い刃へ吸い込まれていく。


 命を失った水が、ただの重い塊になって、ぼたぼたと落ちた。



 龍は再び、形を取り戻す。


 しかし、斬撃は止まらない。



 二閃。三閃。


 うねって襲いくる胴を、腕を、尾を。


 ハングラルは、流れに逆らって進む一匹の魚のように、水の中を、斬り裂きながら進んでいく。



 長い年月を、剣とともに生きてきた者だけが持つ、静かで、揺るぎない太刀筋。


 斬るたびに、黒い剣が、龍の魔力を、ごくり、ごくりと、飲み下していく。


 刃は、いっそう黒く、重く。


 振るうほどに、その闇を深めていった。




 「そ、そんな……!?」




 カイトの声が、引きつる。


 あれほど巨大だった龍が、みるみるうちに、細く、小さく、削られていく。



 ――これが、国の騎士団長を担う男。


 同じ剣を、そこらの兵士が握ったところで、この龍には、掠りもしないだろう。



 黒い魔剣と、それを完璧に振るう、歴戦の騎士。


 その二つが噛み合ったとき、それは、悪夢のような強さになった。



 最後のひと振りが、龍の頭を、断ち切る。


 天を衝いていた水の龍は、もう、ただの水となっていた。


 力を失い、無力に、屋上いっぱいに崩れ落ちていく。




 「……マジっすか。あんな量の水を……」




 カイトの膝から、力が抜けかける。




 「強すぎるっす……」




 それでも、必死に、手を動かす。


 足元に残った水をかき集め、壁を作ろうとする。



 だが――魔剣の斬撃に、水の壁は、あっけなく、ただの水たまりに戻った。




 「終わりだ」




 ハングラルが、一気に、踏み込んだ。


 黒い剣が、カイトの体を、鋭く斬り裂く。




 「ぐ……っ!」




 脇腹から、血が弾ける。


 カイトが、片膝をつく。



 水筒は空っぽ。武器は、ない。


 そして、背後には、スイ姫。


 逃げ場も、ない。



 完全な、詰みだった。




 「カイトさん……! もう、いいです……! このままじゃ……っ」




 スイ姫の、悲痛な声。


 カイトは、それを、背中で聞いた。



 そして、ふう、といつものように、気だるげなため息をつく。




 「やっぱり、おいらはダメっすね……」




 「ふん、ようやく、あきらめたか」




 ハングラルが笑う。




 「……ほんとは、これだけは、使わないって、決めてたんすけどね」




 膝をついたまま、自分の脇腹の傷に、そっと手を触れる。




 「父ちゃんにも、固く禁じられてたんすけど――でも、しょうがないっすね」




 「いまさら、何をしようと無駄だ!」




 ハングラルが、とどめの一撃を、振り上げた。



 その、瞬間だった。


 カイトの傷口から、流れ出ていた血が――ふわり、と宙に浮かび上がった。




 「『血操(けっそう)』」




 カイトの言葉とともに、血が、赤黒く、ぎらぎらと光り出す。


 さっきまでの、透き通った水とは、まるで違う。


 見ているだけで、肌がひりつくような、すさまじいオーラ。



 ハングラルの、振り上げた腕が、止まった。




 「……ふん。今度は、血か」




 低く、気だるげな声だった。




 「水だの、血だの……お前の曲芸には、もう飽きた。――消えろ!」




 黒い剣を、振り下ろす。


 禍々しい剣先がカイトをとらえようとした、その時。




 「『黒水壁(こくすいへき)』」




 宙の血が、いっせいに広がり、赤黒い壁となって、その一撃を正面から受け止めた。


 黒い刃が、赤い壁に弾き返される。




 「……止めた、だと?」




 カイトが、ゆっくりと、顔を上げた。


 その目は、冷たく、鋭く、研ぎ澄まされていた。




 「曲芸、っすか。……それは、ちょっと違うっすよ」




 カイトが、片手を、すっと、前に向ける。


 宙に浮いた血が、今度は、いくつもの小さな珠へと分かれていく。




 「この血はね。ほぼ、おいらの魔力そのものなんす。その魔力は、今までの水とは比べ物にならない」




 周りを漂っていた珠が、ぴたりと、そのてのひらの先へ、狙いを定めた。




 「――喰らえ、『黒水弾(こくすいだん)』!」




 放たれる。


 水弾と、同じ。けれど、比べ物にならないほど、重く、速く、赤黒い弾丸。




 「……ふん」




 ハングラルが、黒い剣で、受け止めようとする。


 だが。



 ガキィンッ――!!



 剣ごと、ハングラルの巨体が、後ろへ勢いよく弾き飛ばされる。


 あの、すべてを吸い取る魔剣が、その一発に――押し負けたのだ。




 「――ぐっ」




 背を、壁に打ちつける。


 片手を壁につき、ゆっくりと、体勢を立て直す。


 その顔に動揺はない。


 ただ、濁った目が、すっと、細くなる。




 「……なるほど。ただの、曲芸ではなかったか」



 黒い剣を、杖のように突いて、立ち上がる。




 「確かに、威力も、速さも、一級品だ。……だが」




 濁った目が、カイトの脇腹へ、じっと注がれる。



 「わかっているはずだ。その技を使えば使うほど、お前自身の血が、減っていく。――血を流しすぎた時、お前は死を迎える」




 「……ふん、だったら」




 カイトが、へらり、と笑ってみせる。




 「あんたが倒れるのが先か。おいらが力尽きるのが先か。勝負っすね」




 「そ、そんな、カイトさん……! もう、やめてください……!」




 スイ姫が、悲鳴のような声を上げた。


 カイトは、ちらりと振り返り、いつもの、気の抜けた顔で笑う。




 「大丈夫っすよ、スイ姫」




 その間にも、脇腹の傷からは、血が流れ続けている。


 それでも、顔には、出さない。


 ただ、また、てのひらの周りへ、新たな血の珠を、いくつも浮かべていく。




 「……おいらには、田舎でのーんびり、スローライフを送るっていう、でっかい夢があるんす」




 浮かんだ血を、静かに従える。


 そして、ハングラルへと、視線を戻した。


 獣のような、冷たい目で。




 「だから――こんな所じゃ、死なないっす。くたばるのは……あんたっすよ」



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