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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第7話 ──「利用して、やるよ」



 「――いくぞ、ガロウ!」




 ドラゴが、大剣を構え、床を踏み込もうとした。


 しかし――




 「邪魔だ」




 ガロウの腕が、横からドラゴを乱暴に突き飛ばした。




 「なっ……お、おい、ガロウ!?」




 「俺の獲物だ。手を出すな」




 低く、鋭い声だった。




 「お前、まだそんな――」




 その瞬間、ぞわりとガロウの全身から、黒い闘気が噴き上がった。


 それは、ただの闘気じゃない。


 まるで、生きた炎みたいに、めらめらと立ち昇り、ガロウの体を黒く覆い尽くしていく。



 空気が、ずしりと、重くなった。


 漆黒の刀『鬼哭(きこく)』が、その主に応えるように低い唸りを上げる。




 「『悪鬼羅刹(あっきらせつ)』」




 その言葉が、合図だった。


 ガロウの目から、すうっと、理性の光が抜け落ちていく。


 残ったのは、獣みたいに血走った、ぎらぎらと光る赤い瞳。


 喉の奥から漏れるのは、もう、人の声とは思えない、低い唸り声だけ。




 「……おいおい。マジかよ」




 ドラゴの背筋を、ぞくりと、冷たいものが走った。



 次の瞬間。


 ガロウの姿が、ふっと、掻き消える。



 ドンッ、と床が爆ぜた。


 踏み込んだ足が、硬い石の床を、ぐしゃりと砕いている。



 漆黒の刃が、まっすぐ、ルシアンの首めがけて、真横から走った。


 目で追うのがやっとの、神速の一撃。



 その刃は、ルシアンの首を捉える寸前で、ふいに逸れた。


 指先から伸びた、見えない細い糸が、その軌道を、するりと横へ流したのだ。




 「おや。ずいぶんと、荒々しい」




 ルシアンは、涼しい顔のまま、一歩も動いていない。



 ガロウが、吠えた。


 止まらない。右、左、頭上。


 漆黒の刃が、うなりを上げて、ルシアンへと、雨みたいに降り注ぐ。


 その一撃、一撃が、常人なら、体を真っ二つにする、必殺の重さだ。



 しかし、そのことごとくが、見えない糸にからめ取られ、逸らされていく。


 振り抜かれた刃が、背後の壁を深々と抉る。


 かわされた斬撃が、太い石の柱を豆腐みたいに、すっぱりと斬り飛ばした。


 部屋が、丸ごと、壊れていく。



 それでも、その嵐のど真ん中にいるルシアンには、傷ひとつついていない。



 だが――ガロウの際限のない暴走は、まだ底を見せていなかった。



 黒い闘気が、さらに体積を増す。


 その一振りが、限界を超えて加速していく。



 ルシアンの糸が、いつものように刃を逸らそうとする。


 その、コンマ数秒。


 ガロウの刃は、糸の速さを超えた。



 ルシアンの頬に、赤い線が、一本、走った。




 「……ほう」




 初めて、ルシアンの足が、後ろへ一歩引いた。



 頬を伝う赤いしずくを、指先でそっと拭う。




 「これは、驚きました。……なかなかのスピードですね」




 「今だ……! ガロウ、畳みかけるぞ!」




 好機と見た、ドラゴが地面を蹴った。


 援護に、割り込もうとする。



 ――しかし。


 振り向きざま。ガロウの刃が、目の前に飛び込んできたドラゴめがけて、容赦なく薙ぎ払われた。




 「うおっ!?」




 とっさに、大剣で防ぐ。


 凄まじい衝撃。後ろへと弾き飛ばされる。




 「くそっ、ガロウ! オレだ! 味方だぞ!?」




 返事がない。


 あの血走った目には、敵も、味方も、映っていない。


 ただ、目の前で動くものを――壊すだけ。




 「おやおや、仲間割れですか」




 ルシアンが、静かに、自分の頬の傷を、なぞる。




 「今の一太刀は、見事でしたが……それと引き換えに理性を失う、制限付きの技、といったところでしょうか」




 その視線が、獣のように吠えるガロウへ、そっと注がれる。




 「もはや――ただの、獣ですねえ」




 ふう、とルシアンが、細く息を吐いた。




 「いいでしょう。……では、私も、少しだけ本気を、出しましょうか」




 その、瞬間だった。


 ルシアンの周りの空気が、ぴん、と張り詰める。



 だらりと下げた両手、その十本の指すべてから。


 無数の糸が、いっせいに、こぼれ落ちた。



 鋼みたいに冷たく光る糸が、部屋中に、幾重にも張り巡らされていく。


 まるで、巨大な蜘蛛の巣のように。




 「――さあ。踊ってください」




 ガロウが、吠えて、突っ込む。


 だが、今度は、逸らされるだけじゃなかった。


 振るった刃が、糸にからめ取られる。



 右腕が、止まる。


 次の糸が、足に、首に、胴に。


 もがけばもがくほど、鋼の糸が、その巨体に、きりきりと、食い込んでいく。




 「が……ぐっ……!?」




 あれほどの力が、蜘蛛の糸に捕らわれた獣のように、身動きひとつ取れない。




 「乱暴者には、少し。おとなしく、してもらいましょう」




 ルシアンの指が持ち上がった。


 張り巡らせた糸が、いっせいに引き絞られる。



 鋭く光る糸が、じり、じりと締まっていく。


 黒い闘気に覆われた、その肌へ。


 少しずつ、少しずつ――食い込んでいく。




 「このまま。……ゆっくりと、切り分けて、差し上げましょう」




 糸が、肉に食い込む。


 その巨体の輪郭に沿って、幾筋もの赤い線が、にじみはじめた。




 「――させるかァ!」




 ドラゴが、大剣を大きく振りかぶる。


 刃に、燃えるような赤い魔力が、ぶわりと集まっていく。



 ガロウの斬撃を、ことごとく受け流してきたあの糸。


 しかし、今は、獲物を絞め上げるために、限界まで張り詰めている。


 しなって力を逃がす、あの"遊び"は、もうない。




 「『竜の爪(りゅうのつめ)』!」




 振り下ろされた、渾身の一撃。


 赤い閃光は、ガロウを絡めとる糸の束を、まとめて断ち斬った。




 「――ほう、私の糸を斬るとは、なかなかの馬鹿力ですね」




 張り詰めていた無数の糸が、いっせいに弾け飛ぶ。


 拘束を失ったガロウの巨体が、床へ崩れ落ちた。



 同時に、全身を覆っていた黒い闘気が、ふっと、ろうそくの火みたいに掻き消える。


 血走っていた赤い瞳から、すうっと、獣の光が引いていく。




 「……っ、ぐ」




 床に、手をつく。肩が大きく上下している。


 全身のあちこちが、糸で切り裂かれ、じくじくと痛んだ。




 「……ちっ、これでも、だめか。だったら――」




 また、一人で立ち上がり、剣を構えようとする。


 そこに――




 「ガロウ!」




 ドラゴが、その隣に駆け寄った。




 「一人でやろうとすんな。……悔しいが、オレたち一人じゃ、こいつには敵わねえ」




 「……だまれ」




 ガロウが、よろよろと、前に進もうとする。




 「群れなきゃ戦えねえ奴に、なるつもりはねえ。俺は、俺の力で――」




 「この戦いはな。オレたちだけのもんじゃねえんだよ!」




 ドラゴの声が、その言葉をまっすぐ遮った。




 「スイ姫が。この国の未来が、かかってんだ!」




 拳を、握りしめる。




 「……それによ」




 ドラゴが、にっと笑った。




 「初めての任務で、オレは確信したんだ」




 まっすぐな、嘘のない目だった。




 「オレたち十人は、最高の仲間だ。オレたちが力を合わせれば、もっと強くなる。オレたちに倒せない敵はいない!」




 ガロウの頭の中に、ふと、あの時の光景がよぎった。


 圧倒的強者を相手に、ボロボロになりながらも、ともに戦った――あの、初めての任務の。




 「……ふん」




 ガロウの口の端が、ゆっくりと、吊り上がる。




 「勘違いするな。俺は仲間ごっこをする気は、これっぽっちもねえ」




 刀を、握り直す。ぎり、と柄が鳴った。




 「だがな。……俺が、強くなれる、ってんなら。話は、別だ」




 血のにじむ足で、ぐっと、床を踏みしめる。




 「お前だろうが、何だろうが――強くなるためなら。利用してやるよ」




 ドラゴが、にっと、歯を見せた。




 「いいぜ! 盛り上がってきた!」




 二人が、並び立つ。


 ドラゴの体から立ち上る、燃えるように熱い闘気。


 ガロウから放たれる、冷たく研ぎ澄まされた殺気。


 まるで正反対の、二つの力。


 それが、混ざり合い、ぶつかり合って、壊れかけた部屋の空気を、ビリビリと震わせた。



 その光景を見ても、ルシアンの笑みは揺らがない。




 「話は終わりましたか? 面白いものでも見られるかと思って、見守っていましたが……ただの根性論ですか」




 十本の指から、無数の糸が広がった。




 「勢いだけで強くなれるのなら――誰も、苦労はしませんよ」




 ドラゴの大剣が。


 ガロウの刀が。


 同時に、地を蹴った。



 最強の敵へと。最高に、相性の悪いコンビが。


 真っ向から、向かっていった。



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