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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第5話 ──「こいつを、どうにかしないと」


◆◆◆


 ハングラルが、一歩、また一歩と、スイ姫へ近づいていく。


 黒い剣を、引きずりながら。濁った目で。




 「……っ、待て」




 壁際で、グランヴェルが、震える手を床について、立ち上がろうとしていた。


 全身、ボロボロだった。



 もはや、剣を握るだけで、精一杯だった。


 それでも彼は、よろよろと、ハングラルとスイ姫の間に割って入ろうとする。



 勝てないことは、分かっていた。


 あの黒い剣の前では、何をしても、無駄だということも。



 だが――それでも。




 「姫様……っ。今のうちに、お逃げ、ください……!」




 しかし、ハングラルが、無造作に黒い剣を振り上げた。




 「もう、いい。……終わりだ」






 グランヴェルめがけて。とどめの、一撃。




 ……今の、自分に、できることは




 迫りくる、黒い刃。


 グランヴェルは、その刃を避けようとしなかった。



 斬られるのと、引き換えに。


 彼は、渾身の力を、たった一点――ハングラルの、足へと注ぎ込んだ。



 ザンッ。


 黒い剣が、グランヴェルの、肩から胸へと、深々と斬り下ろす。



 だが、その、同じ、刹那。


 グランヴェルの切っ先もまた、ハングラルの太ももを斬り裂いていた。




 「――が、はっ……」




 グランヴェルの体が、力を失い、崩れ落ちる。


 血だまりの中に、伏して。もう、動かない。




 「……ほう」




 ハングラルが、自らの太ももに走った、赤い線を見下ろす。




 「己の命と引き換えに、この私の足を狙ったか。……見上げた、忠義だ」




 感心したように、呟く。


 だが、その口元は、すぐに、いびつに、歪んだ。




 「――が。この程度の、かすり傷では何も変わらん」




 濁った目が、倒れ伏したグランヴェルから、スイ姫へと、移る。




 「無駄な、あがきだったな」




 「グランヴェル……! そんな……っ」




 スイ姫の顔から、血の気が、引いた。


 命を懸けて、自分を護ろうとしてくれた人が、目の前で、倒れていく。


 悲しみと、恐怖が、一気に、押し寄せた。




 「さあ。今度こそ、お別れです。姫様」




 ハングラルは、部屋の、ただ一つの出口――扉を、背にして、立っていた。


 逃げ道は、そこしかない。


 そして、そこには、この男が立ちはだかっている。



 スイ姫は、じり、と後ずさる。


 しかし、そこは小さな部屋。


 すぐに後ろの壁へとぶつかった。




 「……っ!」





 ハングラルが、黒い剣を、高々と、振り上げた。


 濁った瞳に、スイ姫の姿が、映る。


 剣が――振り下ろされる。



 その、瞬間だった。




 「『水弾(すいだん)』!」




 鋭い、水の弾丸が、窓を割り、外から飛び込んできた。


 

 虚を突かれた、ハングラルは、黒い剣を弾き飛ばされる。




 「何者だ……?」




 ハングラルが、飛んできた方向を向く。



 すると――


 パリィンッ! と、スイ姫の、すぐ隣の窓が、内側へ砕け散った。


 割れたガラスの、その向こうから、一人の少年が、水の勢いに乗って、部屋の中へと飛び込んでくる。




 「……いやー、危ない危ない。ぎりぎり、間に合ったっすね」




 カイトだった。


 間延びした、いつもの声。


 着地と同時に、すぐ目の前にいたスイ姫に、へらりと笑って、こう言う。




 「やっぱり、最前列で観光しといて良かったっす」




 「カイト、さん……っ! どうしてここに」




 突然の登場に驚きを隠せないスイ姫。



 「城の中は、兵士だらけで、動きづらかったんで。……仕方ないから、外の壁を、伝って。窓から、一部屋ずつ、覗いて回ってたんすよ。お姫様を、探して」




 カイトは、ちらり、と。倒れたグランヴェルへ、目をやった。


 そして、ふう、と、軽く、ため息をつく。




 「護衛団長さんが、こんなにボロボロに、される相手っすか。……うわー。こりゃ、おいら一人じゃ、無理っすね」




 あっさりと、そう、言い切る。




 「結論。――逃げるっす!」




 「ちっ、させるか!」




 だが、もう、遅い。


 カイトが、スイ姫の体を、ひょい、と抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。




 「ひゃっ……!?」




 「あ、舌、噛まないでくださいよ」




 そのまま、カイトは、あの割れた窓へと飛び込んだ。




 「なっ……!」




 ハングラルが、慌てて、その背を、追う。



 だが。


 二人の体が、宙へ、投げ出される――その足の下に。


 カイトの水筒から、水が噴き出した。



 その水が、城の外壁に、ぴたりと、貼りつく。


 細い、水の階段のように。


 一段、また一段と、二人の足元に生まれては、また次が生まれる。




 「うおっと。……よし、っと」




 湧き出す水の足場を、蹴り、また、蹴る。


 カイトとスイ姫の体が、その一段ずつを跳ねるように、城の外壁を、軽やかに駆けのぼっていく。


 使った水は、そばから、水筒へと、するすると、戻っていく。



 窓から、身を乗り出したハングラルが、見上げる。


 だが、届かない。


 水の階段は、あっという間に、二人を、はるか頭上へと、運んでいった。



◆◆◆



 屋上に、ふわり、と降り立つ。


 吹き抜ける、高い風。


 眼下には、白い街と、きらめく湖が、広がっていた。




 「……ふう。とりあえず、一息、っすね」




 カイトが、そっと、スイ姫を、下ろす。




 「……どうして」




 スイ姫が、呆然と、カイトを見上げた。




 「どうして、カイトさんが、ここに……。任務は、もう、終わったはずじゃ」




 「ちょっと観光をしてただけっすよ。この美しい国を見たかっただけっす」




 カイトは、へらり、と笑って、頭をかく。



 その言葉に、スイ姫は全てを悟った。


 大きな瞳が、みるみる潤んだ。




 「……ありがとう、ございます」




 だが、彼女は、ぐっと、その涙をこらえた。


 そして、カイトの腕を掴む。




 「……でも、駄目です。カイトさん、逃げてください。あなたまで、巻き込むわけには……っ。わたしのことは、もう、いいんです」




 「あー、それはできないっす」




 カイトは、あっさりと、首を振った。




 「さっき、式典を見てたら、たまたま空を飛んでた(・・・・・・・・・・)、うちの隊長が撃たれちゃったんっす。もちろん、隊長は強いので、簡単に防いだっすけど、さすがに、おいらたちも、それで黙ってるわけにはいかないっす」




 「それって……」




 自分は、知らないうちに、既に護られていたのだ。


 その言葉に、また涙が溢れてくる。




 「まあ、このまま、逃がしてくれるような感じじゃなさそうっすし。……こうなったら、最後までやるっすよ」




 その口調は、相変わらず、あっけらかんとしていた。


 けれど、その言葉は、腹を括っていた。




 「ってわけで、お姫様。一個、教えてほしいんすけど」




 カイトが、真顔になる。




 「あのおっさん……ハングラル、っすか。あれ、明らかに、様子がおかしいっすよね。それに、あの黒い剣。なんか、あれも、異様な雰囲気を放ってたっすけど……いったい、何なんすか」




 「……はい」




 スイ姫が、こくり、と頷いた。




 「ハングラルは……我が国に昔から仕える、騎士団の団長です。ただ、あの人は、どこか、おかしい。本来は、あんな人じゃないんです。まるで、何かに、取りつかれるみたいに……。それに――あの、黒い剣も。グランヴェルが、力が吸われる、ということを言っていました。普通の剣ではないようです」




 「おかしい、っすか」




 カイトが、眉をひそめる。


 おかしいのは、黒い剣が関係しているのか、はたまた別の理由か。




 「そのあたり、もうちょっと、詳しく――」




 言いかけた、その時だった。



 ズンッ――!


 屋上の床が、足元から、激しく揺れた。


 何かが、ものすごい勢いで、下から跳び上がってきたのだ。



 ばっと振り向くと、カイトの視界に、それが映る。


 黒い剣を構えたハングラルが。



 人間離れした跳躍で、下の窓から屋上へと舞い降りてきた。


 濁った目を、ぎらつかせて。




 「……うわ。マジっすか。ここまで追ってくるとか、しつこいにも、ほどがあるっすよ」




 カイトが、腰の水筒を、ぽん、と叩く。


 へらへらした口調とは、裏腹に。


 その足は、もう、戦いの構えに入っていた。




 「まだ、全然、謎は解けていないっすけど」




 水筒の蓋が、かちり、と開いた。




 「まずは――こいつを、どうにかしないとっすね」



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