第4話 ──「魔人族の、魔力」
白刃が、王の脳天めがけて、振り下ろされる。
間に、合わない――誰もが、そう思った。
その、瞬間。
ガキンッ!
甲高い音とともに、その一撃が、真横から、弾き飛ばされた。
「……なっ!?」
裏切りの副隊長が、目を、見開く。
王と、その男の間に。
いつのまにか、一人の男が、割って入っていた。
背に、大きな翼。手にした剣で、軽々と、凶刃を受け止めている。
「――危ないところ、でしたね」
レンジだった。
「な、なんだ、貴様は……っ!」
「レガリスの、守護者です。……陛下。ご無礼を、お許しを」
裏切りの男が、剣を振るってくる。
だが、レンジは、それを、剣で受け止めた。
「――邪魔だ」
そのまま、鋭い蹴りを、男の腹へ、叩き込む。
「ぐあっ……!?」
男の体が宙を舞い、背中から、壁に、激しく打ちつけられた。
骨の軋む、鈍い音。
「……っ、く……」
魔力で強化した、蹴り。並の相手なら、それで、意識を失うはず。
しかし、男は壁に手をつき、ぐらり、と立ち上がった。
ぎらついた目は、少しも光を失っていない。
……ほう。なかなか、タフだな
レンジが、わずかに、目を細める。
男が、ただの一般兵ではないことを悟った。
――だが、それだけでは、終わらなかった。
床に、倒れ伏していた兵士たちまでもが。
一人、また一人と、ゆらり、と起き上がりはじめたのだ。
一度は、打ち倒されたはずの兵たち。
だが、その歪んだ“使命感”が、倒れた体を無理やり起き上がらせるのか。
ふらつきながら、それでも立ち上がってくる。
その目は、うつろに、焦点を失ったまま。
少し離れた場所では、もう一人の男が、必死に剣を振るう護衛と、斬り結んでいる。
その男もまた、同じ、ぎらついた目をしていた。
「……なるほど。ここにいる連中、揃いも揃って、正気じゃないか」
レンジの、目つきが、鋭くなる。
と――起き上がった兵士たちが、いっせいに、手をかざした。
その手のひらに、火が、水が、風が。
色とりどりの魔力が、渦を巻いて、収束していく。
「まずい……っ、この数の、魔法を、一度に……!」
レンジの顔が、こわばった。
十人以上の、一斉掃射。
護るべき、国王と、王妃。庇いきれる範囲を、はるかに、超えている。
自身の魔法でも防ぎきれる量には限界がある。
どうやっても、間に合わない。
極彩色の、魔力の奔流が、国王夫妻めがけて、殺到した。
「陛下ッ!」
もう、駄目だ。誰もが、そう思った、その刹那。
「――『光の盾』ッ!」
凛とした、声が、響いた。
まばゆい光が、部屋いっぱいに弾ける。
国王夫妻の、目の前。
そして、四方八方。降りそそぐ、すべての魔法の、その手前に。
きらきらと輝く、幾重もの、光の壁が、出現していた。
無数の魔法が、次々と、その光の盾に、叩きつけられる。
だが――一発たりとも、通さない。
火は散り、水は砕け、風は逸れる。
すべてが、光の壁の前で、空しく、かき消えていった。
「……おいおい、まじかよ」
レンジが、呆然と、呟く。
この数の魔法を、ただの一つも、通さずに、防ぎきる。
光の、出どころ。
扉の前に、一人の少女が、立っていた。
杖を高く掲げ、その全身から、あふれんばかりの、まばゆい光を、放ちながら。
「ふう……。間に合ったわね」
サシャだった。
「王族に向かって、一斉射撃だなんて。……ずいぶん、派手なこと、してくれるじゃない」
額に、汗をにじませながら。それでも、その光の壁は、微塵も、揺らがない。
「な……っ、この数を、たった一人で防いだだと……!?」
起き上がった兵士たちが、たじろいだ。
サシャは、ふっと、口の端を、上げる。
その緑の瞳が、きらりと、光った。
「――ふんっ、魔人族の魔力を、なめないでよね」
次の瞬間。
光の壁が、いっせいに、形を変えた。
無数の、細い光の帯となって、兵士たち一人ひとりに、しゅるりと、巻きついていく。
「――『光の檻』」
光の枷に絡め取られ、魔力を練り上げていた兵士たちが、次々と、その場に拘束されていく。
もがいても、振りほどけない。
「この人たちは、わたしが、まとめて押さえておきます」
サシャが、光を保ったまま、レンジのほうを、振り返った。
「レンジ隊長は――そっちをお願いします」
その視線の先。
魔法攻撃を放った兵士たちとは違う、ひときわ、濃い狂気を、まとった二人。
……あの二人は別格だな
二人が、何者かは分からないが、この場を収めるにも、まずは、あれを止めるべきだ。
「……良くできた後輩だ。任せろ!」
レンジが、翼を大きく広げる。その目が、鋭さを増した。
「あとの掃除は――俺が、引き受ける」
◆◆◆
同じ頃。城の、いちばん奥。
漆黒の刃と、見えざる糸が、幾度も交錯していた。
「――は、はははっ! いいぞ、いい……っ!」
ガロウが、笑っていた。
全身に、切り傷を刻まれながら。
それでも、その顔には、獰猛な喜びが浮かんでいる。
「久しぶりだ……。俺の刃が、届かねえ相手なんざ、なあ……!」
地を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り。
あらゆる角度から、漆黒の刃が、自らを商人と名乗る男へと殺到する。
だが。
その、ことごとくが、指先から伸びた、見えざる糸に絡め取られ、軌道を逸らされていく。
「おやおや。ずいぶん、楽しそうですねえ」
男は、その場から、一歩も、動かない。
ただ、指を、優雅に躍らせるだけ。
それだけで、ガロウの渾身の斬撃が、全ていなされてしまう。
「楽しいさ……っ! こういうのを、待ってたんだ……!」
ガロウの、目が、爛々と輝く。
「――『百鬼夜行』!」
その姿が、ぶれた。一人が、二人。二人が、四人。
凄まじい殺気をまとった、いくつもの残像が、一斉に男へと斬りかかる。
四方八方、逃げ場のない、斬撃の嵐。
「……ほう。これは、これは」
だが、男は慌てない。
両手の、指が大きく開かれた。
次の瞬間、無数の糸が、蜘蛛の巣のように、彼の周囲に、張り巡らされる。
百の斬撃が、その糸の壁に次々と絡め取られ、弾かれていく。
残像が掻き消える。
ガロウの必殺技すら、男には、かすり傷ひとつ与えられない。
「……ちっ、化け物が。貴様は一体、何者だ」
ガロウの笑みが、わずかに引きつった。
楽しさよりも、少しずつ、ひりつくような焦りが、胸の奥に滲みはじめる。
「ふふ。……申し遅れました」
男が、ゆったりと、口を開いた。まるで、ガロウの焦りを、味わうように。
「私の名前は、ルシアン。以後、お見知りおきを」
「ルシアン……だと」
「ええ。……商人として、このお城に出入りしております。――ただ、物を売るだけではつまらないので、ここの兵士の方々に、いろいろなお話をさせていただいております。他国の動き、とか、この世界がいかに武力に満ちているか、とか……この国が、いかに弱いか、とか」
「……それが裏切り者につながるのか」
「裏切り者、だなんて人聞きが悪いですねえ」
ルシアンが、くすり、と笑う。
「誰も裏切ってなどおりませんよ。……ただ、あのお方に教わった話し方をすると、少し、本能を刺激してしまうようで。まあ、それが国の方針と食い違うようになるかもしれませんが」
その目が、すう、と細くなった。
「おかげで、今頃。……あの、優しいお姫様も。信じていた者の手で、冷たくなっている頃でしょうねえ」
その言葉に、ガロウの脳裏を、馬車の中で屈託なく笑っていた、あの姫の顔がよぎった。
「……強い奴さえ倒せれば、この国のことなんて知ったこっちゃねえ、と思っていたが、なんか気に入らねえな、てめえ」
ガロウの、全身から。黒い、殺気が。ぶわりと、噴き上がった。
「――ぶっ殺してやる」
激昂のまま、地を蹴る。だが。
「おやおや。剣が乱れていますよ? 頭に、血が上りましたか?」
ルシアンの、指が一斉に動き出す。
見えざる糸が、鞭のようにしなる。
それが、ガロウの、全身を、四方から、切り裂いた。
「ぐ、あっ……!?」
斬られた。だが、どこから斬られたのかすら、分からない。
剣筋どころか、糸の一本すら、見えないのだ。
「がはっ……!」
膝をつく。
全身から、血が、したたる。
「暴れるだけの獣は、見ていて退屈ですね」
ルシアンが、ゆっくりと、歩み寄る。
指の間の糸を、きらり、と光らせて。
「せいぜい、いい余興でした。……では、そろそろ。おやすみなさい」
無数の糸が、ガロウの首へと迫る。とどめの、一手。
ガロウは、それでも刃を握りしめた。
――その目には、闘志の火が残っている。
「……舐めるな。まだ、俺は……立ってるだろうが……っ」
「……本当に、度し難い」
ルシアンの、糸が。ぴんと、張りつめた。
その、瞬間だった。
部屋の壁が、爆発するみたいに、内側へ、吹き飛んだ。
もうもうと、立ち込める粉塵。その向こうから。
巨大な大剣を、担いだ影が、のっそりと、姿を現す。
泥だらけの、赤い髪。
不敵な、笑み。
「よお、ガロウ」
ドラゴだった。
「姫様を探してたんだが、……ずいぶん、派手にやられてるじゃねえか。手ぇ、貸すぜ」
ガロウが、目を見開いた。
「……ちっ、余計な真似をするな……」
「文句なら、後で、たっぷり聞いてやるよ」
ドラゴが、大剣を、どっしりと、構える。
その視線は、まっすぐルシアンへと注がれていた。
ルシアンは、それでも――薄い笑みを、崩さなかった。
「おや。元気な羽虫が、もう一匹。……にぎやかに、なってきましたねえ」
「――いくぞ、ガロウ!」
最悪に、相性の悪い二人。
だが、今、その二人が、最強の敵を前にして、並び立った。




