第3話 ──「次は、お姫様の番」
その時だった。
閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いた。
「……ハングラル、団長」
グランヴェルの声だった。
「……ちっ。邪魔が入ったか」
ハングラルが、舌打ちをする。
次の瞬間、グランヴェルと数人の護衛団の兵士たちが部屋へと入ってきた。
「姫様、お下がりを!」
グランヴェルが、剣を抜き、スイ姫を、背にかばう。
「グランヴェル……。貴様、なぜ、ここにいる」
ハングラルの、濁った目が、細くなった。
「貴様の隊は、今日、城の外周の警備に、配置したはずだ。この、城の奥に、いていい道理がない」
「……ああ、そうだ。あんたの、命令でな」
グランヴェルが、剣を構えたまま、絞り出すように言う。
「あんたは、俺の隊だけを、わざわざ外へ回した。……あの時は、何も思わなかった。だが」
その目が、悲しげに、ハングラルを、射抜く。
「出発の前、姫様から、こっそり、言付かっていたんだ。『何があっても、わたしの後ろを、離れずについてきて』と。……姫様は、最初から、見抜いておられた。あんたが、俺たちを遠ざけようとすることも、何もかも」
「……なるほど。姫様の、差し金か」
ハングラルの、口元が、歪む。
「忌々しい、その“目”だ。何もかも、見透かしてくる」
「俺も信じたくなかった……まさか、あんたが……」
グランヴェルの声が、怒りと悲しみで震えた。
「ハングラル。俺は、あんたを……あんたを、止める!」
「――囲め! 姫様だけは、何としても、お護りしろ!」
グランヴェルの、号令。
訓練された護衛団が、さっと散開し、四方から、ハングラルを包囲する。
多対一。連携も、練度も、申し分ない。
本来なら、騎士団長とはいえ、一人を取り押さえるなど、造作もない、はずだった。
「かかれっ!」
左右から、二人の兵士が、同時に、斬りかかる。
ハングラルは、腰から、あの黒く濁った剣を、無造作に、引き抜いた。
ガキンッ!
二人の剣を、たった一振りで、まとめて、弾き返す。
その凄まじい膂力に、兵士たちが、たたらを踏んだ。
「……っ、な、なんて力だ……!?」
「怯むな、続けろ!」
グランヴェルが、その隙に、背後から、斬り込む。
だが、ハングラルは、振り向きもせず、黒い剣で、無造作に、それを受け止めた。
剣と、剣が、噛み合う。
「……ぐっ! お、重い……っ!」
押し合う、その、最中。
ハングラルの黒い剣が、ぶわりと、どす黒い光を、放った。
次の瞬間、グランヴェルの剣が。みしり、と、嫌な音を、立てる。
「なっ……剣から、力が……吸われて……っ!?」
握った剣から、まるで、魔力そのものが、吸い取られていくようだった。
ぞっとして、グランヴェルは、慌てて、飛び退く。
なんだ、あの剣は……っ。触れた得物から魔力を喰らうのか……!?
それでも、護衛団は、諦めなかった。
一人が斬られて、膝をつけば。すかさず、別の一人が、前へ出る。
傷を負いながら、血を流しながら。彼らは、必死に、食らいついた。
――だが。
……駄目だ。この剣、まともにやり合っても、勝てない……っ
握った剣から力を吸われる、その感触に。グランヴェルは、悟ってしまった。
相手は、全盛期を過ぎた騎士団長。
護衛団長である自分と、複数の兵がいれば、討ち取れる。そう、算段していた。
しかし、あの黒い剣が、それを、覆した。
斬り結ぶたび、こちらの力ばかりが、削られていく。
このままでは、ハングラルを、討つことは、できない。
「……総員、聞け!」
グランヴェルが、声を、張り上げた。
「体勢を立て直す。まず、姫様を、お逃がしするぞ! 我らが命に代えても、道を、こじ開けろ……!」
もはや、勝つためでは、ない。
その身を、盾にして。姫が逃げる、わずかな隙を、作るために。
護衛団は、なおも、死力を尽くした。
だが、スイ姫は。
動けなかった。
この作戦を立てたのは、自分だ。
その自分のために、傷つき、血を流し、倒れていく者たち。
それを、見捨てて、逃げることなど――彼女には、どうしても、できなかった。
「……お願い、もう……もう、やめて……!」
そして――その、わずかな、迷いの間に。
戦況は、決してしまう。
「もう、いい。……茶番は、終いだ」
ハングラルの剣が、ひときわ、大きく。黒い光を、噴き上げた。
薙ぎ払われた、その、一閃。
残っていた兵士たちが、まとめて、宙を、舞う。
壁に叩きつけられ、次々と、崩れ落ちていった。
「ぐあっ!?」
「が……っ!」
最後に、立っていたのは。
グランヴェル、ただ、一人。
全身、傷だらけ。肩で、荒く、息をしている。
それでも、彼は、折れかけた剣を、まっすぐに、構えていた。
「……まだ、だ。俺は、まだ……姫様を、護るまでは……倒れるわけには、いかない……っ」
「見上げた、忠義だ。だが――もう、いい加減に、終われ」
ハングラルが、無造作に、剣を、振り下ろす。
ガキィンッ!
受け止めた、グランヴェルの剣が。今度こそ、耐えきれずに――根元から、砕け散った。
「――が、はっ……!」
がら空きになった、胴を。黒い刃が、したたかに、打ち据える。
グランヴェルの体が、宙を舞い、壁へと、激突した。
ずるずると、崩れ落ちる。
「ぐ……っ、ぁ……。ひめ、さま……にげ、て……くだ、さ……」
それだけを、言い残して。彼の意識は、ふつり、と、途切れた。
「グランヴェル……! そんな……っ」
スイ姫が、悲鳴のように、叫ぶ。
もう、この部屋に。立っている者は、いなかった。
倒れ伏す、兵士たち。傷つき、動かなくなった、グランヴェル。
そして――スイ姫と、ハングラル、ただ、二人。
その、姫のほうへ。
ハングラルが、黒い剣を、ずるり、と、引きずりながら。
ゆっくりと、歩み寄って、くる。濁った、焦点の、合わない目で。
スイ姫は、後ずさろうとして――背中が、冷たい壁に、突き当たった。
もう、逃げ場は、どこにもない。
「さて」
ハングラルの口元が、いびつに、歪んだ。黒い刃が、ゆっくりと、持ち上がる。
「次は――お姫様の、番ですよ」
◆◆◆
同じ頃。城の、別の一室――国王の間。
王と王妃のそばを護るのは、四人の護衛だった。
グランヴェルの指示で、各隊から選ばれた、副隊長たち。
国王夫妻の身を案じ、特に信頼の置ける精鋭を、と配置した四人である。
その四人が今、王の間になだれ込んだ味方であるはずの兵士たちを相手に、奮戦していた。
「陛下……っ。どうか、我らのために、死んでくだされ!」
「これは、この国のためなのです! 弱い王など、もう、必要ない……っ!」
兵士たちは、口々に叫ぶ。信じきった目で。まるで、それが、正義であるかのように。
彼らは、気づいていない。国を護ると言いながら、その王を、手にかけようとしている。
その、恐ろしい矛盾に。
「くっ……この者たち、正気ではないぞ! 殺すな、峰で打て……っ!」
反旗を翻した兵たちは、恐れを知らなかった。
まるで、何かに、突き動かされるように。
焦点の合わない目で、次々と、斬りかかってくる。
だが――さすがは、選び抜かれた副隊長たち。
無駄のない動きで、その一人ひとりを、峰打ちで、的確に沈めていく。
一人、また一人。うつ伏せに、崩れ落ちる、正気を失った兵たち。
十人、いや、それ以上か。
やがて――王の間に、立っている敵は、いなくなった。
「……ふう。陛下、もう、大事ございませぬ」
副隊長の一人が、額の汗を、ぬぐう。
四人に、安堵の色が、浮かんだ。
その、一瞬の。油断を。
ずぶり、と。
鈍い音が、した。
「……っ、が」
副隊長の一人が、目を、見開く。
その背中から――隣に立っていた、同じ副隊長の剣が、深々と、生えていた。
「ロ、ロドリグ……貴様っ!? 味方を……なぜ……!」
「味方? ……ああ、そうとも。おれは、この国の味方だ。この国を護るために、こうして戦うのだ」
ロドリグと呼ばれた男が、うっそりと、笑う。崩れ落ちる同胞を、見向きもせずに。
その隣で、もう一人の副隊長もまた、剣を抜き、ぎらついた目を、王へと向けていた。
――この二人もまた、そこらに倒れる兵士たちと同じ。
矛盾を抱えたまま、己の歪んだ“正義”に、取り憑かれている。
「おのれ、貴様ら……っ! 正気か!」
残る、一人の副隊長が、血相を変える。
だが、対する裏切り者は、二人。
「陛下から離れろっ!」
正気の副隊長が、裏切り者のロドリグへと、斬りかかる。
刃が噛み合い、火花が散る。
だが、それでは――もう一人の裏切り者を、止められない。
「ぐっ……しまっ……!」
「……国のためだ。老いた王よ。どうか、退場していただこう」
最後の裏切り者が、うっそりと、王の前へ、進み出る。
その目は、狂気に、ぎらついていた。
己の凶行を、正義だと、信じきった目で。
「お前まで……っ。長年、仕えてくれた、お前まで……なぜだ!」
「これが、国のため、国を護るためだ!」
剣が、高々と、振り上げられる。
「さあ、陛下。この国の、新しい夜明けのために――!」
王妃を、背にかばう、国王。その眼前で。
白刃が、振り、下ろされる。




