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ドラゴ・ライズ ―最強の守護者を目指す少年と、十の星辰の絆―  作者: 岡山ミロウ
第5章 ──「カイトと、純粋な誓い(後編)」

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第2話 ──「信じたく、なかった」



 「さあ、こちらへ。ここなら安全です」




 ハングラルに促され、スイ姫は、城の奥の一室へと足を踏み入れた。


 窓の少ない、薄暗い部屋。人の気配は、ない。




 「ここで、しばらくお待ちを。すぐに、事態は収まりますゆえ」




 重い扉が、ぎい、と閉じる。


 その音を、背中で聞きながら。スイ姫は、振り返らずに、静かに言った。




 「……ハングラル。ひとつ、聞いてもいいですか」




 「なんなりと」




 「……やはり、この国を裏切ったのは、あなただったのですね」




 部屋の空気が、ぴたりと、凍りついた。



 スイ姫が、ゆっくりと、向き直る。


 恐怖で、声は、少し震えていた。けれど、その背筋は、ぴんと伸びている。


 大きな瞳は、まっすぐにハングラルを見据えて、決して、逸らさなかった。



 ハングラルは――ふ、と、困ったように、眉を下げた。




 「……これは、異なことを。姫様、いったい、何を、おっしゃっているのですか」




 その顔は、いつもの、頼れる騎士団長のものだった。


 穏やかで、誠実そうな。




 「この身は、長年、この国の王家にお仕えしてまいりました。それを、裏切りだなどと……あんまりな、お言葉です」




 よどみのない、弁明だった。並の相手なら、信じてしまうだろう。


 だが、スイ姫は、首を、横に振った。




 「もし、裏切り者が仕掛けてくるなら。それは、この式典の混乱に乗じてくるはず。……だとすれば、いちばん怪しいのは。この騒ぎの中で、真っ先にわたしへ近づいてきた、人間です」




 一歩、踏み出す。




 「そして、あなたは言いました。『安全な場所へ』と。……でも、連れてこられたのは、護衛の目も、人の気配もない、城のいちばん奥。本当にわたしを護るつもりなら、こんな場所を、選ぶはずがない」




 「……偶然、でございましょう。たまたま、この部屋が、近かった。それだけのこと」




 「では、これも偶然ですか」




 スイ姫の声が、鋭くなった。




 「わたしは、ある情報を、あなたに伝えていましたね。一般の者では、決して知りえない、この国の機密。……なのに、それを、敵は知っていた」




 「……それは、私以外の幹部が、漏らしたのでは?」




 スイ姫は、首を横に振る。




 「いいえ、実は、その情報は……あなたにだけ、伝えていたものです」





 ハングラルの、眉が。ぴくり、と動いた。




 「あなただけが、知っていたこと。それが、外に漏れた。……これでも、まだ。偶然だと、言い張るおつもりですか」




 沈黙が、落ちた。


 ハングラルは、しばらく、無言で、スイ姫を見つめていた。



 やがて――その口元が。


 くっ、くっ、と、震え出す。




 「……くく。ふ、はははっ」




 低い笑いが、薄暗い部屋に、こぼれ落ちた。


 それは、あの誠実な騎士団長の声では、なかった。




 「……お見事です、姫様。まさか、あの情報が。この私を、試すための、罠だったとは」




 顔を上げた、ハングラルの表情は。もう、別人のように、いびつに、歪んでいた。




 「ええ、ええ。認めましょう。この国を、内側から食い破ってきたのは――この、私です」




 あっさりと、認める。開き直った、その顔で。



 スイ姫の胸が、ぎゅっと、締めつけられた。


 分かっていた。分かっていたはずなのに。


 本人の口から聞かされると、こんなにも、苦しい。



 だが、ハングラルの濁った目に、ふと、わずかな疑念が、よぎった。




 「……しかし、妙ですなあ。あの罠を、あなたは、なぜ仕掛けた? はなから私を疑っていなければ、あんな真似は、できますまい。……いつから、この私を、疑っておられた?」




 「……正直、ずっと。信じたくはなかったんです」




 スイ姫は、目を伏せた。




 「レガリスへ発つ、少し前から――あなたの体に、黒いモヤのようなものが、視えるように、なりました」




 「モヤ、だと……?」




 「はい。でも……それが、何なのかは、わたしにも分からなかった」




 その声が、かすかに、揺れる。




 「わたしの『浄化』の力は、汚れた水を、清めるための力です。人に、そんな『汚れ』が視えたことなんて、一度もない。一族の記録にも、そんな力は、どこにも記されていませんでした」




 「……だから最初は、ただの気のせいだと、思おうとしました。疲れているんだ、目の錯覚だって、何度も、自分に言い聞かせて」




 うつむきかけた顔を、それでも、ぐっと、上げる。




 「……あなたは、わたしが小さな頃から、ずっとそばで護ってくれた、大切な人でしたから。疑うなんて、したくなかったんです」




 「でも――そのモヤは、消えるどころか。日に日に、濃く、黒くなっていきました。そして、それと、まるで歩みを合わせるように……この国のクーデターの動きも、少しずつ激しくなっていった」




 スイ姫の、瞳が、揺れる。




 「偶然だと、思おうとしました。何度も。……でも、どうしても、拭えなかった。あのモヤと、この国の異変が、どこかで繋がっているような気がして」




 「だから……確かめることに、したんです。あなたにだけ、嘘の機密を、伝えて。どうか、外れてほしいって、祈りながら」




 スイ姫は、唇を、噛んだ。




 「そして、先日。わたしが、この国へ帰ってきたとき。……あなたにまとわりつくモヤは、もう。どす黒い、別のものに、変わっていました」




 まっすぐに、ハングラルを、見つめる。その瞳に、悲しみと、覚悟が、宿っていた。




 「その時に、確信したんです。――ああ、この人はもう。わたしの知っている、ハングラルじゃ、ないんだって」




 「……ならば、なぜ」




 ハングラルが、目を、細めた。




 「気づいていたのなら、なぜ、すぐに動かなかった。私を、捕らえる機会など、いくらでも、あったでしょうに」




 「証拠が、なかったからです。機密情報の漏洩も、盗み聞きや特殊な魔具を使えば、他の人間にもできないことはないですから。それに――裏切り者が、あなた一人とも、限らない」




 スイ姫は、静かに、首を振った。




 「うかつに動けば、その動きは、すぐに敵へと伝わってしまう。だから、待ったんです。あなたたちが、必ず動く時を。……王族が、皆の前に姿をさらす、この『成人の儀』を」




 まっすぐに、ハングラルを、見据える。




 「ここで、すべてに決着をつける。『もう、大丈夫だ』と――怯えるこの国に、そう、示すために」




 「……ふ。ふはは。なるほど、なるほど。その細腕で、国そのものを、背負っておられたか」




 ハングラルが、肩を揺らして、笑った。




 「……どうして、なんですか」




 スイ姫の声が、震える。




 「あなたは、この国を、誰よりも愛していた。父も、母も、あなたのことを、心から信頼していました。それが……どうして、こんな」




 「愛していた。ええ、今も、愛していますとも」




 ハングラルの、濁った目が、ぎらりと、光った。




 「……だからこそ、なのですよ、姫様。私は、恐ろしくてならんのです。この、あまりにも、なまぬるい国が」




 その声が、熱を帯びて、ふくれあがっていく。




 「湖に浮かぶ、美しい国。結構。実に、結構。ですが、姫様。美しさで、剣は防げますか? 景色で、腹は、満たせますか? この世界は、力がすべてだ。力なき国から、順に、喰われていく。……それが、覆しようのない、理なのですよ」




 「そんなことは……!」




 「陛下は、それを、分かっておられない!」




 ハングラルが、声を、荒げた。




 「武力を持て、兵器を作れと、進言しても。あの方は、聞く耳を持たぬ。この美しい景色を、護るためだと……そんな、寝言で! 国が滅んでしまえば、護る景色も、民も、何もかも、消えてしまうというのに……っ!」




 ぜえ、ぜえ、と、肩で息をする。


 その姿は、もう、あの沈着な騎士団長では、なかった。




 「だから、私が、変えるのだ。この手で。……たとえ、王家を、裏切ってでも」




 「……それは、あなたの言葉ですか」




 スイ姫が、静かに、問うた。




 「それとも――あなたに、そう、吹き込んだ。“誰か”の、言葉ですか」




 ハングラルの肩が、びくり、と跳ねた。




 「……私は、私の信念で、動いている」




 うわ言のような、響きだった。




 「力こそが、正義。力こそが、この国を、護る唯一の道……。ああ、そうとも。私は、自分で考え、自分で、たどり着いたのだ……」




 焦点の合わない目が、虚空を、さまよう。



 そして、その手が、ゆっくりと。腰に差した、一振りの剣へと、伸びる。


 黒く、にぶく光る、不気味な刃。


 柄に触れた指先に、どす黒いモヤが、ぞわりと、絡みついた。



 「まあいい、どうせ、あなたは。……ここで、死ぬ運命なのですから」



 薄暗い部屋に、ハングラルの、狂気を帯びた声が、低く響く。


 スイ姫は、後ずさりも、しなかった。ただ、まっすぐに、その凶刃を、見据えていた。



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