第1章 - 第5話
「では、説明する」
パウルが、巨大な結晶を指し示した。会場の中央に、五つ。
人の背丈ほどもある透明な柱が、ぼんやりと淡い光を湛えている。
「これは古代魔具のひとつだ。触れた者の魔力に反応して、光を放つ。その光の大きさで、魔力量を測る。番号ごとに五つに分かれて、測定しろ」
ドラゴとトジは、右端の結晶へと案内された。それぞれの脇には、記録用の紙を抱えた補助試験官が控えている。
あちこちで、声が上がり始めた。
眩い光を放って飛び跳ねる者。大した光も灯せず、「こんなのインチキだ」と喚く者。
歓声と怒号が、入り混じる。
その時だった。
ドラゴたちとは別の結晶が、突然――会場全体を、真昼のように照らし出した。
あまりの眩しさに、誰もが目を細める。ざわめきが、ぴたりと止んだ。
光の中心に立っていたのは、あの黒いローブの少女だった。
顔色ひとつ、変えていない。当たり前のことをしただけ、とでも言うように。
パウルが、低く唸る。
「……現時点で、断トツのトップだ。おそらく、歴代で見ても十本の指に入る魔力量だろう」
感嘆の声。だがその裏で、ひそひそとした囁きも漏れる。
「おい、本当に同じ人間かよ……」
「魔人族の作った魔具だろ。ズルしてんじゃねえのか」
少女には、聞こえているはずだった。それでも、眉ひとつ動かさない。
光が消えるのを待って、静かに結晶から離れていく。
「すげえ……あいつ、本物だな」
ドラゴの目が、らんらんと輝いた。ぜひ戦ってみたい、そんな目であった――。
そんな闘志を燃やしているうちに、彼の番が来た。
わくわくしながら、結晶に手のひらを押し当てる。
次の瞬間、結晶が、あの少女に負けず劣らずの強い光を放った。
周りの受験者が、おおっ、とどよめく。
「なあ試験官! オレの魔力、どうだ!?」
「……ああ、さっきの嬢ちゃんほどじゃないが、かなりのもんだ」
「ちぇ、オレのほうが負けてんのか」
ドラゴが悔しそうに唇を尖らせる。だが、パウルはある一点を凝視していた。
光ではない。結晶そのものだ。
ドラゴの放つ魔力に耐えきれず、巨大な結晶が、物理的に震えている。
今にも砕けそうに、悲鳴を上げていた。
「量だけなら、あの魔人族が上だが、密度なら――」
パウルは誰にも聞こえない声で呟き、髭の奥で、わずかに目を細めた。
そして、とうとうトジの番が来た。
ぎゅっと唇を結び、結晶の前に立つ。祈るように、勢いよく手のひらを押し当てた。
――。
光は、灯らなかった。
待つ。待つ。沈黙が、痛いほど長く引き伸ばされていく。
結晶は、冷たく透き通ったまま、ぴくりとも反応しない。
「……どうした、故障か?」パウルが補助試験官に問う。
「いえ……魔力が、一切感知されません。魔力、ゼロです」
その一言が、引き金になった。
近くの受験者たちが、堪えきれずに笑い出す。
「おいおい、魔力ゼロで守護者になろうってのかよ!」
「馬鹿すぎんだろ、無理に決まってんじゃねえか!」
笑いの波が、じわじわと広がっていく。トジの背中が、ぐっと強張った。
その瞬間、ドラゴの手が、背中の大剣の柄にかかった。
「てめえら――いい加減に……っ!」
今にも飛び出しそうなドラゴ。そんな友人をトジは制した。
「ドラゴ! 僕は大丈夫!」
振り返ったトジは、笑っていた。
悔しさも、屈辱も、ぜんぶ呑み込んだような――それでも、まっすぐな笑顔だった。
こんなことには負けない。その目が、はっきりとそう言っている。
ドラゴは、ぐっと拳を握りしめ、柄から手を離した。
トジは何事もなかったように、静かに結晶のそばを離れていく。
なおも続く嘲笑を、断ち切ったのは――
「やかましいッ!!」
パウルの腹の底から響く一喝が、会場全体をビリビリと震わせた。笑い声が、一瞬で消し飛ぶ。
「さっきも言ったはずだ。この試験は、魔力と体力の両方で判断する! 魔力がゼロでも、関係ねえ! ……分かったら、次の奴、さっさと計測しろ!」
パウルの一睨みに、もう誰も口を開かなかった。計測が、粛々と再開される。
その横で、パウルだけが、引っかかっていた。
「……この結晶は、どんな微弱な魔力でも拾う。それなのに、一切反応しないだと? 一体、どういうやつなんだ――」
答えの出ない疑問を、ひとまず胸の奥にしまい込む。
やがて、全員の魔力測定が終わった。
魔力ゼロという、最悪の現実を背負わされたトジ。
残された望みは、ただ一つ――体力測定だけだ。
受験者たちは、次の会場へと移されていく。
そこでトジたちを待っていたのは、見上げるほどに切り立った、巨大な絶壁だった。
第1章はここでちょうど半分です。
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