第1章 - 第4話
あれから、数日が過ぎた。
ドラゴはトジの家に居候させてもらいながら、店を手伝い、試験までの日々を過ごした。
手の空いた時には、二人で王都アルビオンを歩き回ったり、山や広場でともに修行をした。
◆◆◆
そして、試験当日。
守護者の演習場は、見たこともない人の数で埋め尽くされていた。
入り口で渡された金属のプレートには、それぞれ「334」「335」と刻まれている。
「なあトジ、これ……三百人以上いるってことか?」
「みたいだね。さすが、四年ぶりの開催だから」
「四年ぶり? 守護者試験って、毎年やってんじゃねえのか?」
トジが、きょとんとした。
「何言ってるのドラゴ。守護者試験は不定期だよ。前回が四年前。昔は八年近く空いたこともあったって」
「マジかよ。かーちゃんは、毎年やってるって……」
「それ、たぶん国軍兵のことだね」
「国軍兵? 守護者と違うのか?」
トジは、少し呆れたように、それでも丁寧に教えてくれた。
「国を護るために戦うって意味なら同じだね。でも役割が違うんだ。国軍兵は、あくまで大勢の中の一兵卒。どんなに強くても、基本は集団で戦う」
トジは、ぐるりと会場を見渡す。
「でも守護者は違う。隊長として大隊を率いたり、強い人なら一人で任務に就いたりする。個の力が優れた、いわばエリートみたいなものなんだ。だから、守護者になるのは、ずっと難しいって言われてる」
「へえ……」
「それもあって、守護者になる前に国軍兵で力をつけるって人もたくさんいるみたい」
言われて見渡せば、あちこちに腕章をつけた者がいる。
隙のない佇まいをした女性騎士、岩山のように分厚い筋肉の大男。
その他にも、風貌は様々だが、歴戦の者たちが放つ、ピリピリと張り詰めた気配を放っている。
おそらく彼らが国軍兵なのだろう。
「あの二人なんて、まさに国軍兵って感じだね」
「うおー、でけえな、あの男。強そう……」
その時、後方がにわかにざわついた。
人垣が、波の引くように左右へ割れていく。その中心に――一人、少女が立っていた。
黒い帽子と、深いローブ。彼女の周りだけ、ぽっかりと空間が空いている。誰もが、近づこうとしない。
ふと、こちらを向いた。
帽子の影から覗いたのは、吸い込まれるように美しい、緑色の瞳。
ざわめきの中で、その瞳だけが、まっすぐ前を見据えていた。
「……あれ、魔人族だ」トジが小さく言った。
「魔人族? そんなに珍しいのか?」
「珍しいっていうか……あんなふうに緑の瞳を隠さない魔人族は、珍しいかな。――というより、ドラゴ、魔人族のこと知らないの?」
「うーん、聞いたことあるようなないような……」
「ドラゴ、守護者になったらもう少し常識とか歴史とか勉強したほうがいいよ……」トジが苦笑する。
「魔人族はさ、昔からひどい扱いを受けてるんだ。王都はまだマシなほうだけど、それでも、ああやって遠巻きにされる」
「なんでだ? なんか悪いことしたのか?」
「……魔人族は、魔獣を生み出した一族だって言われてるんだ」
ドラゴが目を丸くした。
「僕の銃もそうだけど、魔具の多くは魔人族が作っているんだ。それは、膨大な魔力量があって、魔力の扱いに長けてる魔人族だからできるんだけど……」
トジは続ける。
「魔具が作れるなら、魔獣だって生み出せるはずだ、なんて噂が昔からあって……。あくまで噂なんだけど、魔獣に恨みを持っている人は世界中に山ほどいるから、噂だけに留まらず、その矛先が向いちゃってるんだよ」
ドラゴは、ローブの少女をまっすぐ見た。
「ふーん。……別に、悪い奴には見えねえけどな」
そんな話をしていると、一人の男が受験者たちの前に進み出た。
髭面に、坊主頭。鍛え上げられた、分厚い筋肉。前に立っただけで、会場の空気がぴんと張り詰める。
「えー、本日はよく集まってくれた。今回の試験監督を務める、パウルだ」
低く、よく通る声が、隅々まで響き渡った。
「この中で試験を突破できるのは、ほんの数名だろうが、よろしく頼む。――では、時間も惜しい。試験の内容を説明する」
ざわめきが、ぴたりと止んだ。
「まず、魔力測定と体力測定を行う。両方の結果を総合し、一定の水準に満たない者は――その時点で失格とする」
魔力測定。
その言葉に、トジの肩が、びくりと跳ねた。
魔力が、まったくない。総合と言われても、魔力でゼロを背負わされる以上、体力でよほど並外れた成績を出すしかない。
顔から、すうっと色が引いていく。トジは、ぎゅっと拳を握って、俯いた。
その背を、軽く小突く者がいる。
「心配ねえって。トジなら、大丈夫だ」
ドラゴだった。屈託なく、笑っている。
根拠なんて、どこにもない。それなのに――なぜだろう。俯いていた顔を、トジはそっと上げた。
胸につかえていた重たい何かが、ほんの少しだけ、軽くなる。
「……うん」
パウルの声が、再び響いた。
「では、魔力測定から始める。番号順に、前へ」
いよいよ、運命の測定が始まろうとしていた。




