第9話 ──「観光の、名目で」
背を向けて歩き出したガロウの肩を、ぽん、と誰かが掴んだ。
コーリーだった。
「まあ、待て。そう急ぐな」
穏やかな声に、ガロウが、じろりと振り返る。
「離せ。俺は――」
「いいから聞け。レンジ、伝えてやれよ」
コーリーが、ちらりとレンジを見た。
ドラゴたちも、何事かと足を止める。
レンジは、ふう、と一つ息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。
「……出発する前に、パウルさんから、伝言を預かってる」
「パウル教官から? しかも出発する前って……」
「ああ。せっかくだ、そのまま読み上げてやる。よく聞いとけ」
レンジは、軽く咳払いをして、言葉を続けた。
「『任務は、無事に完了した。よくやった。――そこでお前たちには、今日から一週間、休暇をやる』」
「……は? 休暇?」
ドラゴが、きょとんとする。
「『せっかくの友好国だ。この美しい国を、たっぷり観光してこい』」
「観光って……こんな状況で、何のんきなこと――」
言いかけたサシャを、レンジが、すっと手で制した。
まだ、続きがある。
「『ただし――もし、その観光の最中に。お前たち自身に、何か火の粉が降りかかるようなことがあれば』」
レンジの声が、少しだけ低くなる。
「『その時は。各々の判断で、好きに対処していい』」
しん、と、静かになった。
ドラゴたちは、ぽかんと、その言葉の意味を考える。
休暇。観光。火の粉。各々の判断で、対処していい――。
「……あ」
最初に気づいたのは、カイトだった。
いつもの眠たげな目が、ゆっくりと、大きく見開かれていく。
じわじわと、その意味が、全員の頭に染み込んでいく。
つまり――こういうことだ。
「任務が完了した俺たちは、もう、ただの観光客だ」
レンジが、にやりと笑った。
その隣で、コーリーとランデルも、口の端を持ち上げる。
「観光客が、たまたま街を歩いてたら。たまたま、悪いことを企む奴らに出くわして。たまたま、そいつらが俺たちに襲いかかってきたら……」
「そりゃあ、仕方ねえ」
「身を護るために、対処するしかねえな!」
三人が、悪そうに――けれど、どこか温かく、ニヤリと笑った。
ドラゴの、ぎゅっと握りしめていた拳から、ふっと力が抜けていく。
「……そっか」
ぽつりと、こぼれた。
「そっか……! なんだよ、それ!」
ぱあっと、ドラゴの顔が輝いた。
「最初っから、誰も、見捨てる気なんてなかったんじゃねえか! オレが本気で怒ったの、バカみてえじゃねえかよ!」
照れ隠しみたいに、わっはっはと大笑いする。
サシャの目には、いつのまにか、涙が浮かんでいた。
けれど、それはもう、さっきまでの絶望の涙じゃない。
「……ほんと、もう。最初から、そう言いなさいよ」
ぐいっと涙を拭って、彼女は笑った。
「けっ」
立ち去ろうとしていたガロウも、足を止めた。
肩越しに、じろりと振り返る。
「観光に興味はない。だが……この国で強い奴を探すのも、悪くないだろう」
ふん、と鼻を鳴らして、踵を返す。戻ってきた。
その背中に、レンジが、ふっと口元をゆるめた。
それから、すっと真顔に戻って、頭を下げる。
「……だますような真似をして、悪かったな」
申し訳なさそうな、低い声だった。
「本当はな。もしお前たちが、『任務なんだから仕方ない』って、あの人を見捨てるような奴らだったら――この伝言は、伝えないつもりだった。その時は、俺たち三人だけで、勝手にやらせてもらうってな」
レンジ、コーリー、ランデルの三人が、ふっと顔を見合わせる。
それから、レンジは、まっすぐにドラゴたちを見た。
「だが、お前たちは――レガリスの守護者としての“正解”を、自分の力で手繰り寄せた。胸を張っていい。さすが、パウルさんが今回の任務に選んだだけのことはある」
ドラゴが、サシャが、ガロウが。どちらからともなく、フッと笑みをこぼす。
そして――。
ずっと黙っていたカイトが、ゆっくりと、顔を上げた。
いつもの眠たげな目に、今は、はっきりとした光が宿っている。
「……決めたっす」
腰の水筒を、ぽんと叩く。
「おいら、サボるの大好きっす。休暇も、世界で一番大好きっす。だから――」
にっと、口の端を上げた。
「せっかくもらった、大事な休暇っす。この国も、式典も……そんで、スイ姫も。ぜーんぶ、おいらが最前列で、観光させてもらうっすよ!」
それは、いつものぼやきとは、まるで違う声だった。
誰よりも面倒くさがりだった男が、誰よりも熱く、そう宣言したのだ。
「……ふっ。そうだな! やってやろうぜ!」
ドラゴが、にっと笑って、拳を突き出す。
ばらばらになりかけていたチームが、もう一度、一つにまとまっていく。
白い城を見上げる、四人の目に、同じ炎が燃えていた。
「さあ――」
カイトが、ぐっと伸びをして、明るく言った。
「明日から、ずいぶん忙しい観光になりそうっすよ!」




