第10話 ──「祝祭が、地獄に変わる」
それから、休暇、という名の護衛が始まった。
ドラゴたちは、手分けをして、王都のあちこちに散った。
表向きは、のんきな観光客。
だが、その目当ては遊びではない。
カイトがいたのは、王城を囲む、大きな湖のほとりだった。
そこには、ちょっとした公園がある。
日中には、水遊びをする子どもたちで賑わう、のどかな場所だ。
「ほーら、見ててくださいよ」
浅瀬に腰を下ろしたカイトが、指先を、くいっと動かす。
すくい上げた水が、ふわりと宙に浮かび、小さな水の魚になって、子どもたちの周りを、すいすいと泳ぎまわった。
「わあ……っ!」
「お兄ちゃん、すごい!」
歓声を上げて、はしゃぐ子どもたち。カイトは、次々と水の生き物を作っては、その小さなてのひらに、ちょこんと乗せてやる。
傍から見れば、子ども好きの、気のいい旅の兄ちゃん。ただ、それだけの光景だ。
だが――子どもたちと笑い合いながらも、カイトの眠たげな目は、湖の向こうを、ちらちらと捉えていた。
湖の中央に、水の上へ浮かぶように建つ、白亜の城。
陸地とその城とをつなぐ、一本の大きな橋。
橋のたもとに構える、城の正門。
見張りの兵の数と、その立ち位置。
……城まで渡れるのは、あの橋一本きり。何かあったら、あそこが要になるっすね
のんびりと水と戯れながら、その実、カイトは、この街でいちばん城に近いこの場所から、ずっと城を観察し続けていた。
「お兄ちゃんは、明日の式典、見にいくの?」
「んー、まあ……特等席で、見物させてもらう予定っす」
子どもの頭を、ぽんと撫でて、カイトは、へらりと笑った。
同じころ。ドラゴは、式典が行われる、あの広場にいた。
串焼き片手に、群衆に紛れて歩きながら――その目は、広場の隅々をしっかりと捉えている。
湖に面した、大きな広場。
その中央には、湖へ張り出すように、式典用の壇が組まれつつあった。
明日、あの上に、スイ姫が立つのだろう。
……もし、あそこでスイ姫が襲われたら――
難しいことは考えない。守るべき場所と、そこへの最短ルート。
もし何か起きたら、迷わずそこを駆け抜ける。
ドラゴは、それだけをイメージしていった。
一方、ガロウが歩いていたのは、広場から少し離れた、街の裏手だった。
賑わう広場に、背を向けるように。ガロウは、たった一人、入り組んだ路地へと足を踏み入れていく。
人通りのない、細道。荷物の陰。
閉ざされた空き家。
物陰から物陰へと、その鋭い眼光がなめるように走る。
……この街の死角、抜け道はこのあたりか
どこに身を隠し、事を起こしたあと、どこへ逃げるか。
街の“裏側”を読んでいく。
ガロウは、その一つひとつを、無言のまま、目に焼き付けていった。
そして、宿の一室。
サシャは、レンジ、コーリー、ランデルと共に、机に広げた王都の地図を囲んでいた。
「……正直、相手が何を狙ってくるのか、それが読めません」
サシャが、眉をひそめる。
「姫様を人質に取るのか。式典をぶち壊して、王家の面目を潰すのか。それとも――」
「命を、狙ってくるか。だな」
レンジが、静かに、言葉を継いだ。
「スイ姫は言っていた。王族の命を狙う者まで現れた、とな。……相手は、もう、そこまで踏み込んでる連中だ」
地図の広場を、こつ、と指で示す。
「そして明日、王族が大勢の国民の前に、その身をさらす。仕掛けるなら、これ以上ない好機だ。だから――最悪の場合も、想定して動く」
「最悪、というのは」
「王族の、暗殺だ」
部屋の空気が、ぴりっと、締まった。
「起きないなら、それでいい。だが、起きてから慌てるようじゃ、守護者失格だ。何が来ても動けるように、あらゆる筋を、頭に入れておけ」
サシャは、ごくりと唾を飲み込み、地図の上の城を、じっと見つめた。
明日。この平和な街が、戦場に変わるかもしれない。その緊張が、部屋の空気を、張りつめさせていた。
◆◆◆
そして――式典の当日。
朝から、王都は、すさまじい熱気に包まれていた。
色とりどりの旗が、青い空にはためく。
国中から集まった、人、人、人。
屋台からは甘い匂いと香ばしい匂いが漂い、あちこちで、子どもたちの笑い声が弾ける。
一年で一番の、晴れの日だった。
湖に面した広場の、湖へ張り出すように設けられた壇。
その後方には、国王と、王妃の姿もあった。
だが、この晴れの日の主役は、あくまで一人。
中央へ進み出た、スイ姫。その姿に、群衆の視線が、いっせいに集まった。
ざわめいていた広場が、しん、と静まり返る。
純白の礼装。その裾には、水の国を象徴する、淡い青の刺繍。
碧い髪には、花と、透きとおった水色の宝石をあしらった冠。
陽の光を受けて、その全身が、きらきらと湖の水面のように輝いている。
そして、彼女の背後には――湖の中央に浮かぶ、白亜の城。
水面に映る城と姫の姿が、二重になって、静かに揺らめいていた。
旅の道中で見た、あの気さくな女の子とは、まるで別人だ。
背筋を伸ばし、まっすぐ前を見据える横顔には、一国の王女としての、凛とした気品が満ちている。
「……うわ」
群衆に紛れていたドラゴが、思わず、間の抜けた声を漏らした。
「なんつーか、その……あれだな。すげえな……」
少し離れて立っていたサシャも、小さく息をつく。
「……きれい」
その目は、しばし、壇上の姫に見とれていた。
カイトは、何も言わなかった。いや、言えなかった。
ただ、いつもの眠たげな目を見開いたまま、まっすぐに、その姿を見つめている。
だが。
……いや。見とれてる場合じゃ、ないっすね
カイトは、ぱちりと、目を覚ますように瞬きをした。
美しい式典。晴れやかな群衆。祝福の空気で、満ちた広場。
――こういう時こそ、危ない。
この浮かれた空気の、どこかに。
もしかしたら、とんでもない“何か”が、紛れ込んでいるかもしれない。
カイトは、そっと、群衆の顔を、一人ひとり目で追いはじめた。
ドラゴも、ガロウも、サシャも。それぞれの持ち場で、笑顔や無表情の裏に鋭い視線を隠しながら、周囲へ気を配っている。
やがて、壇上のスイ姫が、ゆっくりと口を開いた。
国民に向けた、感謝の言葉。
その澄んだ声が、静まった広場に、まっすぐ響きわたる。
誰もが、聞き惚れていた。平和で、あたたかな、幸せな時間。
――その、はずだった。
突然、広場の端で、爆発が起きた。
焦げ臭い匂い。もうもうと立ち込める、土煙。きん、と耳鳴りがする。
一瞬で、お祭りが、地獄に変わった。
「きゃああっ!」
「逃げろ!」
悲鳴。怒号。群衆が、波のように、いっせいに逃げ惑う。
その混乱の、土煙の向こうから――。
スイ姫の眉間めがけて、鋭く光る一発が、まっすぐに飛んだ。
スイ姫を狙った一撃。誰もが、気づくのが遅れた。
だが。
たった一人、それより速く動いていた男がいた。
いつのまにか壇上へ飛び込んでいたレンジが、スイ姫の前へ体を割り込ませ、その一撃を、まとめて弾き飛ばしていた。
「――最悪の想定が、当たったか」
レンジの目が、ぎらりと光る。
彼は、襟元につけた小さな魔具に、短く、鋭く告げた。
「全員、聞け。『プランB』だ」
その一言が、合図だった。
逃げ惑う群衆。
誰もが広場の外へと殺到する中、たった四つの影だけが、その流れに、真っ向から逆らって走り出す。
ドラゴ。サシャ。カイト。ガロウ。
迷いは、一切なかった。爆発した、その瞬間に、全員の頭が、ぱちんと切り替わっていた。
人波をかき分け、まっすぐ城の橋へ。あらかじめ、決めておいた動きの通りに。
壇の上は、騒然としていた。
近衛たちが、国王と王妃を素早く囲み、城の奥へと下がらせていく。
そして別の衛兵たちが、駆け寄って、スイ姫を取り囲んだ。
「姫様! こちらへ! ここは危険です!」
衛兵に連れられ、スイ姫が、橋の向こうの城へと運ばれていく。
その光景を、走りながら、カイトは鋭い目で見ていた。
……あの衛兵たち。本当に、味方っすかね
頭上では、コーリーとランデルが、屋根から屋根へと飛び移り、狙撃のあった方角へ、風のように消えていく。
そして、ドラゴたちとレンジは、城の門へと迫っていた。
爆発の混乱は、橋の向こうの城門にまで及んでいた。
避難してくる要人、駆けつける衛兵、指示を求める兵たちで、門前はごった返している。
警備はまともに機能していなかった。
「――レガリスの守護者だ! 姫様の護衛で来ている! 通るぞ!」
レンジが、隊長の威厳を込めて、鋭く言い放つ。
護送の任にあたっていた、その顔と声。
門番の衛兵は、一瞬迷ったものの、この混乱の中、友好国の護衛団を押し留めるまでの判断はできなかった。
その、わずかな隙。
ドラゴたちは、レンジに続いて、開いたままの門の内側へと、一気に滑り込んだ。
門をくぐった、その瞬間。
ドラゴが、剣の柄を、ぎゅっと握りしめる。
「待ってろよ、スイ姫。……オレたちが、全部まとめて護ってやる!」
第4章は一旦これで終わりです。
前編ということで、後編となる第5章からさらに盛り上がっていきますので、
引き続きお楽しみください。
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