第8話 ──「任務は、完了した」
城門の前に、馬車が停まった。
間近で見上げる白い城は、想像していた以上に大きかった。
長い旅もこれで終わり。スイ姫を、無事に送り届けたのだ。
「護衛団、そしてレガリスの守護者諸君。ご苦労だった」
門の奥から、一人の男が歩み出てきた。
立派な甲冑をまとった、大柄な騎士。
鋭い目つきと、引き結んだ口元。
全身から、ぴりっとした厳しさがにじみ出ている。
「私は、この国の騎士団長を務める、ハングラルだ」
低く、よく通る声だった。
「遠路はるばる、姫をお守りいただき感謝する。ここから先は、我ら本国の騎士団が引き継ごう。あとのことは、何も心配いらん」
堂々とした、頼もしい騎士だった。
馬車から降りたスイ姫が、くるりと振り返る。
その顔には、いつもの、やわらかな笑みが浮かんでいた。
「皆さん。ここまで、本当にありがとうございました。おかげで、無事に帰ってくることができました」
深々と、頭を下げる。非の打ちどころのない、王女の礼だった。
「これにて、護衛の任務は――完了です。どうか、お気をつけてお帰りくださいね」
完璧な、笑顔だった。
完璧すぎて――どこか、作りものめいて見えた。
「え……完了? ちょ、姫さ――」
カイトが、思わず声をあげる。
だが、スイ姫は、もう背を向けていた。
その一瞬。振り返りざまに伏せられた目が、ほんの少し、寂しげに揺れたのを。
カイトだけが、見た気がした。
引き止める間もなく、スイ姫は、まっすぐ城の奥へと歩いていく。
二度と、こちらを振り返ることは、なかった。
「では、城内は、騎士団に任せて、護衛団もゆっくり休んでくれ」
ハングラルの号令で、アクア・ヴィータの護衛団が、いっせいに姫のあとへ続く。
長い旅の護衛を終えた兵士たちが、次々と城門をくぐっていった。
ハングラルもまた、レンジたちへ深く一礼すると、姫を追って、城の奥へと消えていく。
あとに残されたのは、七人のレガリスの守護者たちだけ。
開いていた城門が、重い音を立てて、ゆっくりと閉じていった。
その、閉ざされた門を前に。
「……え?」
カイトが、ぽかんと立ち尽くす。
「ちょ、ちょっと待つっす。どういうことっすか? 裏切り者のことも、式典のことも、まだ何にも……」
「――ここまでだ」
レンジの声が、静かに、割って入った。
「任務は、完了した」
その一言に、ドラゴが、ぱっと振り向く。
「は? 何言ってんだよ、隊長! 完了って……まだ裏切り者も捕まえてねえし、式典だってこれからだろ!? オレたちは、スイ姫を最後まで護って、その裏切り者をぶっ倒すために来たんだろうが!」
「それは、お前たちが勝手にそう思っていただけだ」
レンジは、目を伏せた。
「今回の任務は、最初から一つだけ。――『スイ姫を、アクア・ヴィータの城まで、無事に送り届けること』。それだけだ」
「……なっ」
ドラゴの言葉が、詰まる。
「姫は、たった今、城の中へ入った。騎士団に、無事に引き渡した。……つまり、俺たちの仕事は、もう終わってる」
「そんな……っ」
サシャの顔が、こわばった。言われてみれば、その通りだった。
パウルの指示も、契約の内容も「送り届ける」まで。
その先のことなど、一言も、頼まれてはいない。
だが。
「ふざけんな!」
ドラゴが、吼えた。
「じゃあ何だよ!? この国に裏切り者がいて、式典で姫が狙われるかもしれねえって、分かってるのに! それを、『はい任務終わりです』って、見捨てて帰れってのか!?」
「……ここから先は、この国の問題だ」
レンジの声は、どこまでも淡々としていた。
「他国の人間が、勝手に首を突っ込んでいい話じゃない。それが、国と国との、決まりだ」
「決まりって……っ」
「カイト。お前だって、分かってるはずだ」
レンジが、静かにカイトを見る。
「俺たちがここで剣を抜けば、それは“他国の軍が、アクア・ヴィータに手を出した”ってことになる。姫を助けるどころか……あの人の立場を、もっと危うくしかねない」
カイトは、ぐっと、唇を噛んだ。
何も、言い返せなかった。
理屈は、正しい。正しすぎて、腹が立つほどに。
「それに――スイ姫が、あえてそっけなく背を向けた理由も。お前たちを、この国のごたごたに巻き込まないためだろう」
あのそっけなさには、そんな意味があったのか。
……何ひとつ気づけなかった自分が、カイトはたまらなく情けなかった。
しん、と、重い沈黙が落ちる。
その静けさを、ドラゴの声が、引き裂いた。
「……納得できるかよ、そんなの」
拳が、震えている。
「目の前で、助けを求めてる奴がいる。命を狙われてる奴がいる。それを、『決まりだから』『任務じゃないから』って、見て見ぬふりして帰る……そんなのが、守護者かよ!?」
「ドラゴ――」
「オレは、そんな守護者になるために、ここまで来たんじゃねえ!」
ドラゴの叫びが、城門の前に、びりびりと響き渡った。
「もし、それが守護者だってんなら――」
大剣を握る手に、ぎりっと力がこもる。
「だったらオレは、守護者なんて、やめてやる!」
しん、と、その場が静まり返った。
レンジも、コーリーも、ランデルも。先輩三人は、何も言わなかった。
反論もしない。ただ、静かに――不気味なくらい静かに、ドラゴたちを見つめているだけだった。
「……どうにか、ならないの!?」
サシャが、たまらず声を上げた。すがるように、レンジを見る。
だが、答えは、返ってこない。
「ちっ」
ガロウが、ふいと背を向けた。
「……俺は、勝手にさせてもらう」
肩越しに、そう吐き捨てる。
チームが、ばらばらに、壊れかけていた。
誰も、どうすればいいのか分からない。
最悪の空気だけが、白い城門の前に、重く立ち込めていた。




