第6話 ──「息を、合わせろ」
街を出て、しばらくは何事もなかった。
馬車はのどかな街道を、ごとごとと進んでいく。空は青く、道の両側には草原が広がっていた。
このまま平和に進めば――そんな空気が漂いはじめた、その時だった。
「異常な魔力を感知! 右前方、林の向こうから……一気に近づいてくる!」
護衛団の兵士の一人が、鋭く声を張り上げた。
「魔獣の可能性あり! 数は……十五!」
ぴりっと、空気が一変する。
「よし、陣形を組め!」
グランヴェルの号令と同時に、護衛団がまたたく間に前方へ展開した。
馬車を後ろにかばい、ずらりと壁のように並ぶ。さすがの手際だ。
少しして、敵の姿が見えてきた。
草原を、低い姿勢で駆けてくる、狼の群れ。
だが――その中の三体だけが、明らかに様子がおかしかった。
普通の狼の、ゆうに二倍はある巨体。毛皮は、毒みたいにぎらついた紫色。
口からは、泡のようなよだれを垂らし、ぎょろりとした赤い目が、こちらを睨んでいた。
……あの三体、明らかにヤバそうっすね
カイトの頬が、ひくりと引きつる。
グランヴェルが、ちらりとレンジを見た。
「レンジ殿。どうだろう、せっかくだ。あの魔獣の討伐、そちらの若い衆にやってもらうというのは?」
レンジは、一瞬だけ馬車のほうへ視線をやった。
……姫様のそばを離れたくはないが
だが、「新人の経験のため」という建前で来ている以上、断る理由もない。
「……そうだな」
レンジは頷くと、ドラゴたちを呼んだ。
「お前ら、行けるか。なんなら、コーリーたちも――」
「いらねえいらねえ!」
ドラゴが、にっと笑って大剣を担いだ。
「あんなの、オレたちだけで十分だ! なあ!」
「ほう……」
グランヴェルが、静かにつぶやく。その目は、若者たちの実力を、じっと見極めようとしていた。
ドラゴとガロウが前へ。サシャとカイトが後ろへ。さっと陣形が組まれる。
まず動いたのは、ガロウだった。
「雑魚に用はない」
ぼそりと言うなり、群れの真ん中へ一気に踏み込む。
鬼人族の脚力。地面が、爆ぜるように抉れた。
漆黒の刀身が、すうっと持ち上がる。
「――『鬼哭啾啾』」
刀が、横一文字に振り抜かれた。
その瞬間。
まるで、たくさんの亡者が一斉に泣き叫ぶような、ぞっとする音が、草原に響き渡った。
空気が、びりびりと震える。
斬られた狼が倒れる。だが、それだけじゃない。
直接斬られていない狼たちまでもが、ぴたりと足を止めた。
全身の毛を逆立て、がたがたと震えている。
そして次の瞬間――きゅうん、と情けない声を上げて、一斉に尻尾を巻いて逃げ出した。
たった一振り。たった一つの音で、群れの大半が、戦う気力をへし折られたのだ。
「うへぇ……あいつの技、何度見ても気味悪いっすね」
カイトが、ぶるっと身を震わせた。
だが――何匹かは、なおも牙をむき出しにして、まっすぐこちらへ突っ込んでくる。
「……どうせならみんな逃げてくれればいいのに。仕方ないっすね」
真っ先に動いたのは、意外にも、カイトだった。
腰の水筒から、すうっと水が伸びる。
それが、空中でいくつもの小さな球になり――次の瞬間、銃弾みたいに、まっすぐ撃ち出された。
鋭い水の弾が、突っ込んできた狼たちの胴を、次々と撃ち抜いていく。
数匹の狼が地に沈んだ。
「サシャ、右っす!」
「言われなくても、見えてるわよ!」
サシャが、杖を、すっと前に構えた。
その先端に、まばゆい光が、次々と、きゅっと集まっていく。
「――『光の矢』」
放たれた光の矢が、二本、三本。空気を裂いて、一直線に飛ぶ。
狙いを外すことなく、駆けてくる狼たちの眉間を、正確に撃ち抜いていった。
百発百中。狼が、次々と地に伏す。
残るは、一匹。
「よっしゃ、オレもいくぜ!」
ドラゴが、大剣を、真っ向から振り下ろした。
小難しい技もいらない。ただの、一撃。
だが、その豪快な斬撃が、突っ込んできた狼を、勢いごと、地面へ叩き伏せた。
あっという間の、出来事だった。
ガロウが群れの気力を折り、残りを三人が瞬く間に片づける。
そして、草原に立っているのは――あの、巨大な魔獣。三体だけになった。
さすがにこいつらは、逃げない。
低く唸り、三体が、ばらけるように、こちらへ迫ってくる。
「よし……まずは一体、オレがもらう!」
ドラゴが、地を蹴った。
「喰らえ――『竜の爪』!」
真っ向から、大剣を振り下ろす。
魔獣が前脚で受けようとするが――重い一撃が、その腕ごと、頭を、まとめてかち割った。
巨体が地面へと沈む。
一体、討伐。
「ちっ、こいつらも大したことなさそうだな」
ガロウも、動いていた。
鬼人族の脚力で、別の一体の懐へ、一瞬で潜り込む。
漆黒の刃が、閃く。
魔獣は、悲鳴を上げる間もなく、真っ二つになって崩れ落ちた。
二体、討伐。
――ここまでは、見事だった。
だが、問題は、最後の一体だった。
「よし、残りもオレが――」
「どけ。そいつは、俺が斬る」
二人の声が、ぴたりと重なる。
そして、二人同時に、最後の一体へと突っ込んでいった。
「はぁ!? オレが先だ!」
「知るか。俺の獲物だ」
互いに、一歩も譲らない。
ドラゴの大剣が右から、ガロウの刀が左から、同時に魔獣に襲い掛かる。
だが――その切っ先が、魔獣に届く寸前。
ガキンッ、とぶつかり合い、味方同士の刃が火花を散らした。
弾かれて、ともに体勢を崩す二人。
「おい! 邪魔すんなよ!」
「お前こそ、魔獣より先に叩き斬ってやろうか!?」
魔獣を前に、互いに反発しあう。
その、一瞬の隙。
魔獣は、ぐっと身を沈めたかと思うと――次の瞬間、ぶわりと、急加速。
ドラゴとガロウの、ちょうど真ん中を、すさまじい勢いで、すり抜けていく。
「なっ……!?」
二人が、振り向く。だが、遅い。
魔獣が、まっすぐ向かった先。そこにいたのは――後衛の、カイトだった。
カイトが、とっさに水の壁を張ろうとする。だが、間に合わない。
振り抜かれた鋭い爪の先が、ぴしっと、肩をかすめる。
「いってぇ!」
それでも、魔獣は止まらない。
カイトの脇を抜けて、なおも、まっすぐ突き進む。
その先には、護衛団と、スイ姫の乗る馬車。
ドラゴたちの戦いぶりを観察していたアクア・ヴィータの兵士たちが、剣を構えようとした――その時。
二つの影が、音もなく、魔獣の前へ滑り込んだ。
コーリーとランデル。
危なっかしい二人の戦いをじっと見ていた先輩たちが、見かねたように動いていた。
「――コーリー」
「ああ」
コーリーが、すっと、地面に手をかざす。
次の瞬間、魔獣の足元の土が、ぼこりと盛り上がった。
地面を突き破って、太い木の根が、何本も、一気に噴き出す。
それが、うねりながら伸びて、魔獣の四本の脚に、がっちりと絡みついた。
「ガアッ……!?」
突進の勢いが、ぴたりと止まる。
根に縫い止められた魔獣が、暴れ、もがく。
だが、太い根は、びくともしない。
「さすが!」
そこへ、ランデルが、踏み込んでいた。
大柄な体が、ぐっと沈む。
肩に担いだ、大きな斧。その全身に、ぶわりと魔力が満ちていく。
強化された筋肉が、丸太みたいに膨れ上がった。
「どっせぇいっ!」
振り下ろされた斧が、唸りを上げる。
足を止められ、逃げ場のない魔獣。その巨体を、たった一撃が、脳天から真っ二つに叩き割った。
地面が、揺れる。
まっぷたつに沈んだ魔獣は、もう、指一本、動かなかった。
見事な連携。
護衛団に近づける前に、あっさりと倒して見せた。
その様子を、グランヴェルは黙って見ていた。
「なるほど……」
顎に手を当て、静かに呟く。
「あの二人はさすがだな。安心して見ていられる。……一方で、新人たちは」
その目が、すっと、ドラゴとガロウへ向いた。
「一人ひとりの力は、本物だ。だが、チームとしては……まだまだ、未熟だな」
その隣で、レンジが、こめかみを押さえる。
「……面目ない。あとで、みっちり説教しておきます」
一方、肩を押さえてしゃがみ込むカイト。
「痛っ……たた。もう、前衛のお二人さんは、もうちょっと息を合わせてほしいっすよ……」
呆れたように、傷口をさする。大した怪我ではない。ただのかすり傷だ。
だが、血は、じわりと滲んでいた。
と、そこへ。
ぱたぱたと、軽い足音が駆け寄ってくる。
「カイトさん! 大丈夫ですか!?」
スイ姫だった。心配そうに、大きな瞳で、カイトの肩を覗き込む。
護衛団の兵士たちが、慌てて姫を囲み、周囲へ鋭く目を配った。
「姫様、お下がりを!」
「まだ魔獣が残っているやもしれません!」
だが、スイ姫は動かない。カイトの傷から、目を離さなかった。
「どうか――わたしの馬車へ、来てください」




