第5話 ──「誰が、敵か分からない旅」
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翌朝。
守護者本部の大きな門の前に、ドラゴたちは集められていた。
空はよく晴れている。
昇ったばかりの朝日が、石畳を白く照らしていた。
ひんやりとした朝の風が、ドラゴの赤い髪を、さらりと撫でていく。
門の前には、一台の立派な馬車。
スイ姫を乗せるためのものだ。
その周りを、アクア・ヴィータ護衛団の兵士たちが、ぐるりと固めている。
揃いの青い制服が、朝の光を受けて、きりっと引き締まって見えた。
ドラゴは、ぐっと拳を握る。
昨夜、パウルに再び集められ、作戦を告げられた時のことを思い出す。
――いいか、お前ら。今回の隊長はレンジだ。コーリーとランデルが副隊長。細かい指示は、こいつらに従え。
厳しい顔のパウルが、低い声で続ける。
――それから、表向きはこうだ。「新人に、護衛任務の経験を積ませてやりたい」。先輩三人は、お前らのお守り役。アクア・ヴィータの連中のメンツを潰さねえように、その建前で通せ。
――けどな。本当の狙いは、別にある。
パウルの目が、すっと鋭くなった。
――何でもいいから理由をつけて、最低でも一人は、必ずスイ姫のそばにいろ。そんで、残りはこう思って動け。『この護衛団の中に、裏切り者がいるかもしれねえ』――ってな。
その言葉を思い出すだけで、ドラゴの背中に、ぴりっと緊張が走る。
目の前で笑っている兵士たち。この中の誰かが、姫の命を狙っているかもしれない。
そう考えると、爽やかなはずの朝の空気さえ、どこか張りつめて感じられた。
ちらりと、隣を見る。
レンジたち先輩三人は、護衛団の兵士と、にこやかに言葉を交わしていた。
だが――その目は、笑っていない。
愛想笑いを浮かべながらも、レンジの視線は、ちらちらと動いている。
兵士の立ち位置。腰に差した剣の数。馬車の周りの、わずかな隙間。
そのすべてを、鋭く、見逃さずに数えていた。
……さすがっすね
少し離れたところで、カイトもそれに気づいていた。
いつもの眠たげな目を、ほんの少しだけ細める。あくびはもう、出てこなかった。
しばらくして、馬車のほうから、人影が近づいてきた。
先頭を歩くのは、スイ姫。その隣には、レンジ隊長。
そして――いかにも歴戦の騎士、といった風格の、大柄な男が一人。
「みなさん、おはようございます」
スイ姫が、柔らかく微笑んで頭を下げた。
「少し長い旅になりますが……どうぞ、よろしくお願いしますね」
その隣で、大柄な男が、よく通る声を上げる。
「よし! では、今からスイ姫様の護衛を開始する!」
それから、男はドラゴたちのほうへ、まっすぐ向き直った。
「聞いているぞ。今回は、レガリスで先日、守護者になったばかりの若者たちが、一緒に来てくれるそうだな」
大きな手を、自分の胸に当てる。
「私は、アクア・ヴィータ護衛団長のグランヴェルだ」
その顔に、にっと、温かい笑みが浮かんだ。
裏も表もない、真っ直ぐな笑顔だった。
「友好国の未来を担う、大事な若者たちだ。この旅で、ぜひいろいろと経験してくれ。困ったことがあれば、いつでも何でも言ってくれていい」
そう言って、深々と頭まで下げてくる。他国の、しかも新人相手に、だ。
ドラゴたちも、慌てて敬礼を返す。
「……なかなか、誠実そうな男ね」
サシャが、ぼそりと小声でつぶやいた。少し感心したような声だった。
「そうかぁ?」
だが、ドラゴは腕を組んで、首をかしげる。
「ああいう、いかにも『俺はいいヤツです』って面したヤツに限ってよ……裏切り者かもしんねえぞ?」
「ちょっ……声が大きいわよ、馬鹿!」
サシャが、慌ててドラゴの脇腹を、ぐりっと小突いた。
「失礼にもほどがあるでしょ! まだ何も分かってないのに!」
「いてっ。だ、だってよぉ……」
ひそひそと言い合う二人。
それを少し離れて見ていたカイトが、「平和っすねえ……あの二人だけは」と、半ば呆れたようにつぶやいた。
そんな中、スイ姫が、馬車へ乗り込もうとしていた。
ステップに足をかけたところで、ふと、その動きが止まる。
碧い瞳が、ドラゴたちのほうへ、ちらりと向けられた。
そして、カイトと目が合った。
スイ姫の口元が、ほんの少し、ほころぶ。
「……」
カイトは、何も言わない。
ただ、腰の水筒を、ぽんと一つ、てのひらで叩いてみせた。
任せとけ、とでも言うように。
その仕草に、スイ姫は、くすりと笑う。
それから、こくりと小さく頷き返して、馬車の中へと、その姿を消した。
たったそれだけの、言葉のないやりとり。
けれど、張りつめていたカイトの肩から、ほんの少しだけ、力が抜けた気がした。
やがて、全員の準備が整った。
馬車を引く馬が、ぶるると鼻を鳴らす。
兵士たちが、それぞれの持ち場についた。
グランヴェルが、大きく息を吸い込み、青い空に向かって、号令を放つ。
「――それでは、出発だ!」
馬車の車輪が、ごとりと音を立てて回りはじめた。
馬のひづめが、石畳を叩く。
風が、一行を追い越すように、さあっと吹き抜けていった。
ドラゴは、サシャとカイト、そして無言のまま隊列に並ぶガロウと、そっと目配せを交わす。
誰も、何も言わない。
けれど、その目の意味は、全員にしっかりと通じていた。
――ここからは、任務だ。
誰が敵かも分からない、長い旅の始まり。
朝日を背に受けて、護衛の隊列は、ゆっくりと門の外へと進み出した。




